第七部「猫の目」第5話(第七部最終話) (修正版)
「え? そうなの?」
電話の相手は
『そりゃそうですよ。あんな情報、現地じゃなきゃ無理ですって。
「やっぱり使えるねえ…………報酬は私の体で払ってもいい?」
少し間を開けて聞こえて来た声は背後から。
「
二人が振り返るとそこには
その
「大丈夫よ。私が後でお仕置きしとくから…………おつかれ」
「お二人もお疲れ様です」
そう応えて
「そもそも二人だけなのになんで隣同士で座ってるんですか?」
「いつも
平然とした顔でそう言う
「結構、
「そう?」
「そうですよ」
「で?」
そう言って二人に挟まった
「今朝の事件でマスコミは盛り上がってるみたいだけど…………何か裏情報は?」
「そうですねえ」
そう言って前のめりになった
「警察は分かりませんけど、マスコミは当然のように縁恨説一色です。元々集落の地上げに地元の暴力団が関わってたことまでオープンに全国ネットで話題になってます。あの県議会議員の過去も根掘り葉掘りと出て来てるので、もう止められない感じですね。暗黙の了解だった県警も動かざるを得なくなるんじゃないですか。このままじゃ自分たちの信頼にも関わりますし、今のネット社会じゃ昔のようにはいきませんよ」
すると、
「昨日もらった
「私がかき集めてまとめたものですけど、なんとなく疑ってる人はいるかもですよ。地元の人たちがたむろするような居酒屋とかも行きましたけど、結構みんな話に乗って来てたんで」
「へえ…………結構お金かかったんじゃないの?」
「じゃあ、ここの美味しいコーヒーご馳走するから、もう一つ調べてくれない?」
テーブルの上のお札を素早くジャケットの内ポケットに入れた
「報酬が体じゃないならいくらでも」
☆
小ぶりな部屋だったが充分な広さはある。
そこに夕方の四時から押し込められていたのは
元住民の五人がホテルの裏口にこっそりと到着したのは夜の七時。
同じ頃、
ミーティングルームには
真ん中に座った
「今日は改めて皆さんにお集まり頂きましたが、最初に結論から…………今夜でこの事件は解決させて頂きます」
向かいの五人がザワつき出す。
「今回の事件の首謀者は…………
五人全員が一番端に座る
それを無視するかにように
「ええ……分かってますよ。おかしいですよね────実行犯の皆さん…………犠牲となった六人を殺したのはあなたたち五人です」
五人はそれぞれ視線を落とし、落ち着かない。
その内、
「茶番なら…………帰らしてもらう!」
「今朝のさあ」
椅子に片足を乗せて膝を立てた
その
「六人目の犠牲者……
「やめないか! こんな侮辱はマスコミからだってないぞ!」
「自殺した奥さんの…………息子さん…………」
そして室内の空気が凍り付いた。
「……そんな……バカな…………」
その低くなった
「あの議員の
萌江は小さく息を吐くと、
「少し話を戻そうか」
すると
犠牲者六人の名前を順番に書いて、六人目────〝
そこに
「六人目はさっき言った通り。例え勘違いでも殺害の理由は想像出来た…………二人目の
「あの職場の従業員からいくつも証言が出てる。
そして
「そして三人目の銀行員の
誰も何も応えない中、六人中五人にバツ印。ペンを置いた
次は
「どうしても最後まで分からなかったのはこの人────
萌江はホワイトボードに書かれた一番上の名前────〝
すると、僅かに顔を上げたのは
そこに
「最初のターゲットとするには丁度良かった? まだ力の弱い子供だしね。でもどんな個人的な恨みがあってターゲットにされたのか…………その理由を知っていたのは、家に誰もいない時間を知っていた人…………進入経路を割り出せた人…………子供の実の母親だった
すると、
ついで大粒の涙を流し始めた
「────仕方なかったんです! 血を
「そうだよね…………」
そう言って続ける
「
その声に
「あなたの隣に座ってる
「…………
「
「カラクリを説明する。まず基本的な部分として、あなたたち五人と
ただ、目の前の冷めたコーヒーを見つめるだけ。
そして
「負い目もあったんでしょうね…………何気に行政に嘆願書まで作って出してる。もちろん遠くの一般人の訴えなんて、目の前の公共事業に鼻の下を伸ばした連中が聞いてくれるはずもない。そして、五人の訴えていた〝
しばらく静寂が続く。
それを破ったのは
「
僅かに
それを察した
「あんたは死なせない…………あんたが一人で罪を背負って生きていけ。自分の力をそんなことにしか使えないなんて…………私はあんたみたいな身勝手な奴が大っ嫌いだ」
そして
そして
「
すると、静かに
そして口を開く。
「…………あなたは…………何者……ですか?」
顔を上げ、その不思議な色の目を向けた
「私は99.9%呪いも
ドアまで歩く
「警察の人には、アイマスクをかけさせるように──目を見ないように言ってあるから…………さ、行こう…………」
ドアが開いた直後、
「
──……やっぱり……分かってるんだ…………
そして小さく、
それだけが
そして、ドアが閉まった。
それでもいいのかもしれないと、
──……あとは……あの人の物語…………
「この水晶を見てて…………あなたたちは人を殺せるような人たちじゃない…………私を信じて…………凶器も靴もただのゴミ…………すぐに捨てて…………あなたたちは誰も殺してなんかいない…………あななたたちは殺人者じゃないの…………静かに生きてっていいんだよ…………」
「今夜はありがとうございました。お陰で事件は解決です。
五人は呆然と
そして
「
ドアを開けて入ってきた
「裏にタクシー二台……札束掴ませて待たせてるけど、もうマスコミが嗅ぎつけてる可能性がある。こちらの五名を確実にタクシーで送り出してあげて」
──……とんでもない人たちに関わっちゃったのかもね…………
その
「分かりました」
☆
「早いんだよねマスコミの人間ってさ」
「あの人を警察の二人が連れて行こうとしたら、どっかから突然現れてさ…………」
それに応えたのは
「いつもそんな目立つゴスロリファッションだからじゃないの?」
「私のスタイルなんだからいいでしょ。それよりあの五人は大丈夫だった?」
ベッドの上でキャリーバッグに荷物を詰め込んでいた
「そう思って
「って、あれ? もう帰るの? 今夜はせっかくなんだからお祝いしようよ」
それに返したのは
「人一人刑務所に送って何がお祝いよ。それに…………もっと早ければ最後の一人は救えたかもしれない…………」
その
解決はした。
しかし良くも悪くも予測した通り。綺麗な終わり方ではなかった。
「…………ごめん」
すかさず
「最後の一人は私の責任…………」
その
「どうして…………
「もちろん殺人事件を継続させることで行政とマスコミを動かしたかったっていうのはあるだろうけど、多分、
「……大丈夫かな…………みんな…………」
「大丈夫だよ。もう呪いは終わった…………それに、言ったでしょ? 我が家にも〝
まるでそれに応えるように、返す
「そういえば、そんな話してたっけ」
「それとこれ、頼むよ」
そう言って
「明日神社にお願い。
「あ、そっか」
「私たちの取り分も足せば結構な金額になるんじゃない? 新しい
すると封筒を覗いた
「いや……これだけでも…………」
「いいから……足しといて」
「……うん…………分かった」
「みんなに約束したからね…………問題は場所じゃないよ。大事なのはその人たちの〝想い〟。
「やっぱり、事故にも呪いが関係してるの?」
「さあね、あるとしたら、かつてあの村に暮らしてたたくさんの人たちの〝念〟みたいなものじゃないかな。〝呪い〟は人が作るもの…………変わるものもあれば、変わらないからいいものもあるんだよ」
そう呟くように言った
☆
思えば、おかしな家だった。
世の中のことなど何も知らない。
知らないからこそ、何も疑問になど思わない。
家族は両親だけ。
それが
そのためか、中学に通うようになっても学校で会話をしていいのは教師だけ。
小学校も中学校も小さな学校だった。生徒は
ずっと、与えられる情報は両親からだけ。
中学を卒業してからは、家庭教師の男性だけが
家庭教師だけが、
以前は学校で教師をしていたという。
家庭教師はことあるごとに、
確かにその家庭教師は
「先生のお車は、だいぶ変わった形をされているんですね」
そう聞いたことがあった。
「ああ、私は車が好きでしてね。しかも古い外車に目がない。最近の車とは違って味があって…………まあ、周りからは変わり者扱いですよ」
そう言って笑顔を見せる家庭教師に、
「周り…………ご家族ですか?」
「家族もですが、友達にも笑われますよ」
「……友達…………」
この頃には、
そして、自分には〝友達〟という存在がいないことを知っていた。
「……友達ですか…………私にはよく分かりません…………」
その寂しげな声に、家庭教師は気持ちのどこかを揺らされたのだろう。もっと
世の中にはもっと楽しいことや美しいものが溢れている。
それを見せてあげたかった。
両親から
それは
「なぜ……継承しなければ…………誰も知らなければいいことではありませんか…………」
両親に対し、
そんな過去のこと、誰も知らなければいい。知らなければ忘れられる。そう思えたからだ。
しかし母の答えは違った。
「……先代の母上は……私に継承することを拒みました…………しかし両親とも毎晩悪夢にうなされたそうです…………そして母上は気がおかしくなり……自ら命を絶ちました…………恐れた父上が私に歴史を継承したのです…………これは……〝呪い〟なのですよ…………
何か、大きなものに縛られているかのようだった。
逃れられない。
自分の子供以外には口外してはならない。
自由に生きるなど、夢でしかない。
しかし、家庭教師の男性は明らかに違った。
自由だった。
そして
そうまでして守るものがなんなのか、それは家庭教師には到底理解の及ぶものではない。しかしあまりにも残酷すぎるその現実に、気持ちが揺さぶられた。どうしてそんな〝過去の罪〟に囚われなければならないのか。
ある日、家庭教師は
そのまま、
燃える屋敷を車の助手席で見ていた
〝……血を絶て……終わらせろ…………〟
誰の声かも分からないまま、それでも
無意識の内に、
屋敷が全焼。両親が死亡。
そして、自分が普通の人間ではないことを知った。
家庭教師と共に細々と暮らした。
裕福ではなかったが、決して
家庭教師だった夫は、常に優しかった。
やがて、子供が出来た。
しかし、二度目の流産で二人は子供を諦める。
〝……血を絶て……終わらせろ…………〟
──……私は……
そして、四〇を過ぎた頃、テレビのニュースに釘付けになった。
〝
涙が出た。
止まらなかった。
──…………
そして、夫と共に、総てを終わらせることを誓った。
──……
ホテルのロビーで刑事に腕を掴まれた時、
☆
新幹線が駅に到着したのは、すでに深夜近く。
木曜日から金曜日へと日付が変わろうとしていた。
二人は
駅を出た時から、やけにピリピリとした寒さが空気を包んでいた。
二人の中に不安が過ぎる。仕事を終わらせた開放感よりも、気になるのは家に住み着いていた猫のことばかり。何日も家を開けたままでは縁側の下は寒いままだろうと予測は出来た。
自然と
山道に入った頃から、小さな雪が舞い始める。
「今シーズン最初の雪を二人で見れるのはいいけど、何もこんな時じゃなくても…………」
駐車場に車が停まった途端に
まだ縁側に立て掛けていた段ボールはそのまま。
その姿を追いかけた
「……良かった…………頑張ったね…………」
そう
小さく
「……そっか…………だから動かなかったんだ…………」
「来るかな…………」
「ご飯は無くなってた……多分大丈夫…………」
「……寒い中で……一人で頑張ったんだね…………暖かい部屋で休ませてあげたいけど…………」
その時、段ボールが小さく揺れる。
更に段ボールが揺れ続け、やがて動きが止まる。
小さく母猫が鳴き声を上げる。
「……いらっしゃい…………」
段ボールをそのまま部屋の隅に置くと、
不思議とお酒の気分ではなかった。
色々な思いが頭を巡る中、二人はコーヒーを飲みながら、なぜか言葉少なに寄り添うだけ。
外の雪はしだいに大きな粒となり、外を白く染めていく。
しかし冷たかったその雪が、なぜか暖かく感じられた。
二人は丸くなる猫を見ながら、言葉のいらない時間を過ごし続けた。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第七部「猫の目」終 〜
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