第45話 付き合った記憶はございません その①

 意気揚々と合宿に参加すると宣言をした翌日、俺はその宣言を現実のものとするために放課後になると真っ先に生徒会室に訪れ、そのこころざしを伝えに言ったのだが……


「君さ、さっきやっと参加者の名簿が作り終わったところなんだけどこの意味わかるかな?」

「す、すいません……」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、俺はまるで蛇に睨まれたモルモットのように怯えた表情で謝罪の言葉を口にした。

 そんな自分の目の前にいるのは、長テーブルに一人腰掛けている3年生の女先輩。

 彼女は呆れたかのように大きくため息をついた後、今度はきらりと怪しく眼鏡を光らせる。


「まあ今回は特例で許してあげるけど、えーと……萩野はぎのくんだっけ? 代わりに当日は生徒会の仕事をたーっぷりと手伝ってもらうから覚悟しといてね♡」

「……」


 はい、としか答えることができないこの状況。

 そして今の会話からお察しの通り、本来であれば合宿の参加申し込み期限は今日の昼休みまでだったらしく、そんな期限が設定されているとは露も知らなかった俺は、その頃呑気に恋愛成就の言い伝えについて必死にリサーチを行っていたのだ。


「さてさて、当日は君の身体で何してもらおっかなー」とまるで歌うかのような軽い口調で恐ろしいことを呟いている先輩を前に、これ以上ここにいたら危ないと本能的な危機感を感じた俺は、「し、失礼します!」と慌てて頭を下げるとそのまま逃げるように生徒会室を出た。


「あの先輩、マジでやばかったな……」


 昇降口で靴を履きかえながら、思わずそんな言葉が口からこぼれ出る。

 顔はけっこう綺麗な人だったが、それ以上にあの独特というかただならぬ雰囲気は、何だか深入りしてしまうとかなりヤバそうな性癖が飛び出してきそうな気がして怖かった。 

 一応生徒会では会長をやっていると言っていたので、頭のほうはかなり良いとは思うのだが……


 まあ天才と変態は紙一重っていうしな、と俺はそんな格言で今日の学校生活を締めくくると、疲れ切った足取りで通用門を出て校舎を後にした。

 とりあえず滑り込みで合宿参加のチケットは得ることができたので、あとは当日どうやって真理愛さんと二人っきりで過ごすかをこれから考えなければいけ……


「えっ、それやったら俺らの後輩やん!」


 急にバカでかい男の声が聞こえてきて、思わずビクッと肩を震わせるとその場で足を止めた。

 そして声が聞こえた方を見てみると、おそらく大学生ぐらいだろうか、私服姿のちょっと柄の悪そうな男二人組が1人の女子高生に絡んでいる。


「俺らも去年まで北新高校に通っててんで」

「まあコイツはそんな風に見えへんってよくバカにされてるけどな!」

「……」


 自分たちよりも年下の女の子を捕まえて、何やらペチャクチャとカッコつけながら話す男たち。

 対する彼女はといえばあからさまにうんざりとした表情を浮かべながら、早く立ち去りたそうにしているご様子。

 それにしても前回朱華がナンパされた時といい、大阪の野郎どもは結構気軽に女の子に声をかけるんだな。


 そんなことを呆れながら思っていると、視線の先では勝手に盛り上がっている男どもが「ちょっと俺らと遊ぼや!」とさきほどよりも強引に女の子にアプローチし始めたではないか。


 仕方ない奴らだな……


 俺はやれやれと言わんばかりに大きくため息を吐き出すと、今度はピンチに颯爽と現れるヒーローのごとく力強く歩き出す。

 そしてキリッとした目つきで男たち……から視線を逸らすと、そのまま目の前に続く通学路を気配を消して歩いていく。

 ここは触らぬ神に祟りなしということで、女子生徒には申し訳ないがこのまま気づかないふりをしてそーと……


「あっ、やっと来てくれたんや!」


 不幸にも、チラリとその女子生徒と目が合った瞬間だった。


 どう見たって初対面のはずである彼女からまるで親友と出会ったかのように気軽に声をかけられて、俺は思わず「はい?」と間抜けな返事をしてしまう。

 すると直後、彼女はその赤茶色の長髪をきらきらと靡かせながら何だか嬉しそうな足取りで俺のところまでやってきたではないか。


「もうっ、いつまでうちのこと待たせるつもりやったん」

「え……い、いや、ちょっ……」


 えっ?? と、まったく状況が理解できない俺は、ただ狼狽えながら意味のない声を漏らすだけ。

 そしてそうこうしている間に柄の悪そうな野郎どもまでこちらへとやってきてしまい、「この男誰やねん?」とあきらかに敵意と殺意を滲ませた声を放ってきたではないか。


「誰って、うちの彼氏やけど?」


「………………はい?」

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