第11話 これ、服が透けます
あらすじ:心霊動画撮影の為の赤外線カメラを欲した
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佐治と別れた後も二人は街を少しぶらついて、足らなかった小物類を買ったり、ウィンドショッピングを楽しんだり。お店の商品を見ているだけで何時間でも時間が潰せると二人は言いながら、とても楽しいひと時を過ごし、そして。
「あ~、外はあんなに楽しいのに、なんで家に入るだけでこんなに緊張しなきゃいけないんすかね」
「それはね瑠香ちゃん、私達の住まう家が事故物件だからだよ」
「何か今日一日が楽しすぎて、すっかりこの事を忘れてましたよ。くっそう、一番の憩いの場のはずなのに、一番緊張しないといけないなんて……何か間違ってるっす!」
遊んでから帰宅したので、時刻は既に夜の七時だ。六月の太陽は沈み、気付けば夜空を星々が彩り始めていて。天の川が僅かに見え始めた頃に、二人はヘブンズガーデン栄久戸103号室の扉の前へと戻ってきた。
ゆっくりと差し込む鍵、それを回すと電子錠が解錠され、星空よりも暗い室内が二人の前に飛び込んで来た。殺人事件があったという玄関、病死したというキッチン、曰く付きのそれらが二人に牙をむくことはなく。瑠香は何事も無かった事に対して、胸に手をあて安堵の息を漏らす。
「玄関開ける度に緊張するんすけど、これいつかは慣れるんすかね」
「あはは、私は別に平気だけど」
いつもと変わらぬ笑顔のままに室内へと足を運ぶ良心を見て、瑠香は靴を脱がずに玄関に立ったまま腕を組んだ。
「ちょっと前から気になってたんすけど、良心さんって何でお化けとか心霊現象を怖いって思わないんすか? 全然平気って感じが伝わってきて、なんか温度差を感じるんすけど。ぶっちゃけ頼もしいっすけどね? でも良心さんだって女の子な訳ですし、そこら辺って何か理由があるんです?」
言われて見れば確かにそうだ、今の所お化け騒動で良心が怖がった様子は一切ない。ことある事に「平気」と言い、怖がる瑠香とお風呂を共にしようとしていたし、何なら一人でここに住もうと考えていた程だ。
買ってきたアイテムを部屋へと運ぶと、良心はキッチンへと戻りコンビニラーメンをレンジへと投入した。五百円で購入できるこのラーメン、最近の良心の中でのフェイバリットラーメンであり、コスパと味が最高のラーメンだと瑠香の分も購入してきた程の逸品である。
「ん~、前にも言ったと思うけど、私的には生きてる人間の方が怖いと思うんだ」
「確かにそう言ってましたけど、それとこれとは別物じゃありません?」
瑠香もバッグをベッドへと置くと、キッチンへと向かい椅子に座り良心を見ながら足を組む。
「別物……確かに、昔の私ならそう思ってたかもしれないけど、今の私はそうは思えないんだ。私ってさ、一回退職してるじゃない? 親に反発して稼業なんか継ぎたくないって言ってさ、ロクに勉強もしないで高卒で就職したんだけど。そこの会社がね、超が付くぐらいのブラック企業だったの」
「ブラックっすか」
レンジから離れると、良心は瑠香の前に座り、テーブルの上で自身の手を握り締める。祈る様な佇まいのまま、テーブルを見ながら良心は語った。
「うん、新人研修は山の奥の施設に放り込まれてね、自己啓発とか? 自分の限界まで叫んだり、集団否定から始まったり、何十回もレポート書かされたり」
「……な、なんすかそれ、え? 本気でそんな会社ってあるんすか?」
ひきつった笑いを浮かべた瑠香に対して、良心は「うん」と一言。
「二週間だよ? スマホも電子機器も何もかも没収されて、毎朝五時起床、掃除。それから山の中を五時間歩いて、到着した場所の穴を掘ったり、その穴を埋めたり」
「堀った穴を埋めるって意味ないじゃないっすか!」
「意味なんてないんだよ、むしろそれを教え込むのが目的なんだから。会社の命令には絶対だ、それを幸せに思えって感じ。そんな研修する会社だからさ、研修終わっても細かい事の一つ一つで突っつかれて。間違ってた私がいけないとは思うよ? でもさ、教えて欲しいって言っても『見て盗むもんだッ! そんな軟弱な新人はもう一回研修に行ってこい!』って怒鳴られて。それで見てたんだけど失敗するじゃん? そうすると『こんな事も出来ないのかッ!』って怒鳴られるんだ」
淡々と語る良心だが、その眉は次第に中央に寄っていき、目には涙が。
「そんな場所に二年もいたんだよ、二年。実際に研修施設に送り返されたりもしてさ、それで『あ、ここにいたら私は死ぬ』って思ったんだ。退職する時も『お前みたいな無能が他で通用するはずないだろうがッ!』って言われてとことんイビられたし」
「よ、よく退職出来たっすね」
「……うん、死ぬよりかはマシだと思ったから。最終日はね、退職まで逃げないで出勤した私を褒めてあげたんだ。あはは、そんな事しても何にもならないのにね」
レンジから温めたラーメンを取り出すと、良心は瑠香と自分の前に置いて。コンビニの袋から炭酸水と割り箸、おしぼりを取り出すと、良心は「頂きます♪」と手を合わせた。
「実際退職してから数日はさ、抜け殻みたいになってたんだよね。何にもする気が起きなかったの。毎日爆睡して、勤めてた時の夢なんか見て謝罪しながら起きたりしてね。あはは、こんな話しても意味無いよね。……あ、ラーメン美味しい♡ 冷めちゃうから、瑠香ちゃんも食べなよ。コンビニラーメン、本当に美味しいんだから」
良心の話を聞いていた瑠香は、無言のまま立ち上がると、良心の側へと行きぎゅっと抱き締めた。
「わわわ、なになに、どうしたの?」
「……いや、何となく、良心さんが可哀想で」
「ふふふっ、もう何ヶ月も前の話だから、もう平気だよ。そんな事があったからかなぁ、お化けだとかここが事故物件だとか言われても、別に怖くないんだよね。感情が壊れてるのかも? なんて」
「くぅっ! 泣かせないで下さいっす! 良心さんの事は私が護るっすからね!」
「あはは、ありがとう。私も瑠香ちゃんのこと大好き!」
人格否定から始まる自己啓発訓練は、事実存在する。山の奥へと行き、毎日大声を出して自分の心も体も限界まで傷つけるのだ。想像を絶する苦行、なのに最終日にはそれらが自分の中で美化されてしまうのだから、本当に恐ろしいものである。
研修中は弱音を吐き、こんなの人間の所業じゃないと言っている人達が、最終日には参加して良かったと涙してしまうのだ。そして感動した人達が自身の部下を研修施設へと送り込む、終わらないエンドレスワルツの様な地獄絵図、南無三である。
「あ~美味しかった、やっぱりニンニクマシマシラーメンは美味しくってヤバイ! これ絶対太るよね、月一のご褒美的な存在にしないと本当に危険かも」
「良心さんの場合、その太る成分が全部胸にいってる気がしないでもないっすけどね。アタシの成長期はどこにいったんすかね……おーい、もうちょっと大きくなってもいいんすよ?」
「まだまだ大きくなるでしょ、瑠香ちゃんの胸は。あ、そういえばさ、佐治さんから貰ったカメラ、試し撮りしてみない? ナイトビジョンの性能も見たいし、一度部屋を真っ暗にしてさ、それで撮影してみようよ!」
ニッコリ笑顔でカメラを手にした良心だが、瑠香の顔はあまり宜しくはない。
「部屋を真っ暗にしてって、マジっすか。いつも常夜灯は点けてるじゃないっすか、それで良くないっすか?」
「怖いんだ?」
「流石にこの家で真っ暗にするのはちょっと」
「ふふ、分かった、じゃあ常夜灯でやってみよ。瑠香ちゃん撮影宜しくね」
カメラを瑠香へと手渡すと、良心は手にしたリモコンで家の照明を常夜灯へと変更した。それまで白色灯で明るかった室内は、常夜灯のややオレンジ染みた暖色系の色へと変化を遂げる。全く見えなくなった訳ではないが、これだって十分に暗い。
「えっと……これが電源っすよね」
瑠香はなるべく周囲を見ない様にカメラに注視しながら、赤いボタンをぽちっと押し込んだ。短めの電子音が鳴ると、カメラの液晶部分に光が灯り、そこにはドアップになった良心の顔が。
「うわぁ!」
「あっははは! 瑠香ちゃん驚きすぎ!」
「な、なんでいきなり目の前にいるんすか!」
「だって全然こっち見てないから、驚かしちゃおってなっちゃうじゃん!」
「そんなん普通ならねっすよ」とぼやきながらも、瑠香は改めてカメラを良心へと向けた。ぱっと見にはあまり気付かなかったのだが、「ん?」と何かに気付いた瑠香がカメラの設定を操作し始める。
良心はというと、キッチンと南側の部屋の境に立って「やっほー」と手を振っていたのだが。先ほどよりもやや険悪な表情を浮かべた瑠香は「お兄ちゃんめ……」と僅かに溢す。
一体何に対して瑠香が険悪になっているのか理解の出来ない良心は、「どしたの?」と、とてとてと瑠香の側へと近づいた。
「……これ、あれっすね、ナイトビジョンで撮影する時は服装に気を付けないといけないっす」
「え? 何それどういう意味?」
「これ、服が透けます」
「……え?」
常夜灯の薄明りの中、瑠香はカメラを操作して録画した映像を再生した。
今の良心のファッションは家という事もあり、着るのに簡単な黒い薄手のワンピースだ。直前まで熱々のラーメンを食べていたという事もあり、その服は汗で肌に張り付いている。
肉眼で見る分にはそれは普通に見るのだが、ナイトビジョン……赤外線カメラを通して良心を見ると、ワンピースの部分が透けて、着用していた可愛らしい下着が薄っすらとだが視認出来てしまっていた。
「――ッ! な、なにこれ! 最悪じゃん!」
「危なかったっすね、こんなの流したら一発でエロチャンネルに早変わりっすよ」
ごくりと生唾を飲む良心。僅かに頬を赤らめながらも、その目は再度液晶へと移る。
「しかし、本当にスケスケだね。これもしかして黒い下着穿いてたら中まで見えちゃうんじゃないの?」
「ん~、どうでしょ。試してみます?」
「あはは……やめとく。逆にあれかな、白なら透けないのかな。ちょっと待ってね、着替えるから」
薄明りのなか部屋を移動し、真っ白な服へと着替えてきた良心が、先程と同じ場所でポージングする。白いTシャツに『煩悩』と書かれたあの服だ、下もピンクのハーフパンツへと変え、先程までの黒一色からは随分と変わったのだが、果たして。
「……、お、今度は透けないっすね。夜中の撮影は白基調にした方が良さそうっす」
「本当? ……あ、本当だ。はぁ~良かった、これで夜中の撮影も出来るね」
「一件落着って感じっすけど……でも、このことってお兄ちゃん知ってたのかな」
「あはは、佐治さんはそんな人じゃないでしょ。大体知ってたら私達に貸さないって」
「……それもそうっすね。妹が世間様の笑い者になるなんてこと、お兄ちゃんがする訳ないか」
部屋の照明を明るくすると、良心は「そうだよ」と笑顔に。
「しかし凄い性能だよね、服の件はともかくとして、あの明かりで部屋の中がほとんど撮影出来てたもん」
「そうっすね、残念ながら心霊現象は何も映ってませんが」
「あはは、まだ夜の八時前だよ? お化けが活動する訳ないじゃん」
「お化けの活動時間とかあるんすかね」
「それはお化けじゃないから分からないけど。改めて佐治さんにお礼の返事送っておこうかな」
それを聞いた瑠香は、起動させたままのカメラの画像を良心に見せながら「あ、じゃあこの画像も一緒に送ると喜ぶっすよ」と、下着が透けた良心の画像を表示させた。
「ちょっと、それ消してよ! そんなの送ったって佐治さん喜ぶわけないじゃん!」
「いやいやぁ~? ウチのお兄ちゃんだって男っすよぉ~?」
「もぉ、瑠香ちゃん! お姉ちゃん怒るよ!?」
「はははっ、良心お姉ちゃんこわ~い!」
――
次話「よるちゃんねる、第二話」
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