第28話 魔法少女が抱えるもの

 息を吐き、改めてレヴィさんの顔を見る。

 相変わらずの微笑みを浮かべた美女がそこにいた。


「すいません、もう一度聞いてもいいですか?」

「はい。大量発生したスライムテンタクルの討伐をお願いします」

「それは、一体だけとかですか?」

「そうですね。元々スライムテンタクルは一体ですからね。その一体があまりにも大きくなりすぎた身体を分裂させて、今の小さなサイズになったと聞いています。オクトさんには、元々一体だったスライムテンタクルを討伐して欲しいのです」

「それって、つまりスライムテンタクルを全滅させろってことですよね?」

「はい」


 目を閉じて思い出すのは今日のこと。

 今日俺が見たスライムテンタクルたちでもかなりの量だった。あれでさえ、全体の一部。

 ……無理じゃね?

 今日、普通に俺負けたし。ステラがいたから助かったものの、下手したら死んでしまうんじゃなかろうか。


 断ろう。命より大事なものなんてない。


「申し訳ありま――」

「ちなみに、先ほどオクトさんが了承した時点であなたと私の間に契約魔法がかけてあります。契約に違反する、例えば、スライムテンタクルを討伐しないと言い出せば、オクトさんの大事なところが消し飛びますので、言葉は慎重に選んでくださいね」


 一瞬で口を紡ぐ。

 なんて恐ろしいことをするんだこの女は! くっ。冷静に考えたら最初の時点でおかしかったんだ。

 もっと慎重に返事するべきだった!


「さて、オクトさん。お願いできますよね?」


 さっきまでレヴィさんの笑みは柔らかくて綺麗な笑みに見えていたが、今では裏のある笑みにしか見えない。

 ちくしょう! これだからババアは嫌なんだ! 年齢ばかり重ねて、純真さを失っ――。


 ヒュン。


 俺の頬を火の玉が通過し、背後の壁が大きな音を立てながら崩れ落ちる。


「お願いできますよね?」

「イエス! マム!!」

「ありがとうございます。では、早速お願いしますね」

「え? 今からですか?」

「なにか不満でも?」

「とんでもありません! 直ぐにでもスライムテンタクル共を血祭りにあげてまいります!!」


 圧倒的な力を前にして、人は無力だ。


 その事実に涙を吞みながら、部屋を飛び出る。向かうはスライムテンタクルがいる草原。



*****



 オクトが部屋を飛び出た後、部屋に残されたステラはレヴィを珍しく非難めいた視線で見つめていた。


「ステラ、そんな顔しないでください。これはあなたのためでもあるのです」

「心配してくださるのは嬉しく思います。でも、ステラは魔法少女。悲しき被害者が生まれぬよう、民衆を守ることはステラの役割。過去にもそう言ったはずです」


 魔法少女ステラ。

 齢十三で魔法少女としての才能を開花させた彼女はそれから一年と少し、一人で戦い続けてきた。

 スライムテンタクルは特殊な個体だ。生半可な魔法は通用せず、物理攻撃も通じない。

 それこそ、スライムテンタクルでさえ吸収出来ないほどの圧倒的威力を誇る魔法か、テンタクルモンスターに特効を持つ勇者のような力を持つ者だけが抗える。

 そして、ステラはそのどちらにも該当する。

 邪王を封印することに成功した勇者パーティーの一人である魔法少女の血を引く、紛れもない純正の魔法少女。


「ステラ、分かっていないのはあなたの方です。私は歴代の魔法少女たちの末路をこの目で見てきましあ。あなたが扱う力はあなたの未来を奪う力です。まだ少女のあなたが無闇に振るうべきものではありません」

「では、スライムテンタクルによって犠牲者が生まれてもいいと?」

「そういうことじゃありません。私はただあなたにも仲間がいることを知って欲しいだけです。それは私たちもそうだし、これからあなたが出会っていく人たちもそう。一人で抱え込まないで。一人で遠くに行かないで……」


 魔法少女という存在を知っているからこそ、レヴィは願う。

 ステラの幸せを。ステラの未来に光があることを。

 だが、悲痛な表情を浮かべるレヴィの言葉がステラを止めることは無かった。


「……すいません。それでも私は立ち止まらない。スライムテンタクルも、邪王も私が倒す。そうすれば、少なくとも私以外の大勢が救われる。人のために戦い続けるのが魔法少女ステラです」

「そう……」

「はい。オクトにも私から伝えます。どうせ契約魔法などかけてないのでしょう?」


 レヴィは何も答えない。

 その沈黙が答えだった。失礼します、と小さな声で呟いてからステラはオクトを追いかけるべく、部屋を後にする。

 残ったのは疲れた表情のレヴィだけだった。


「はぁ……難しいですね」


 椅子の背もたれに体重をかけ、レヴィはため息をつく。

 魔法少女と人々は言うが、レヴィからすれば、彼女たちは皆共通の天恵を与えられただけのただの人間だ。


「力がある者はそれを使う義務がある」


 レヴィがポツリと呟く。

 その言葉が正しいことをレヴィは理解している。

 だが、それでも納得は出来ない。何故、十代の子供たちが過酷な運命を背負わなくてはならないのか。

 先代の魔法少女はステラを生んで早々にこの世を去った。彼女の代わりにレヴィはステラを育てた。

 ステラに魔法を教えたのもレヴィだ。

 だが、レヴィはステラに過酷な運命を背負わせたくて魔法を教えたわけではない。


「ただ健康で、幸せに生きていて欲しいだけ。思い通りにはいきませんね」


 十代の子供に背負わせることしか出来ない自分たちの無力をレヴィは何度も恨んできた。

 長生きしたところで、たかが数年魔法を学んだ少女に劣る自分に何の価値が

あるのか。

 だが、いくら嘆いてもステラを助けることが出来るわけではない。

 自分では無理。その事実を認めた日からレヴィは探していた。

 誰でもいい、ステラを守れるくらい強くて、彼女が安心して背中を預けることが出来る存在はいないのか、と。

 そんな時だった。

 ルミエール王国の勇者アリエスが惚れた男がいるという話がレヴィの耳に飛び込んできたのは。


 勇者のことはレヴィもよく知っている。ステラ同様、十代にして世界の命運を託された少女。

 会って話したこともあるが、責任感が強い印象だった。

 勇者の名に相応しい、全てを救いたいと願う愚かな少女。勇者であるために、少女であることを捨てた悲しき女の子。


 その勇者が惚れた? あの勇者を女にした男がいるのか?


 八方ふさがりの状況に一筋の光が差し込んだ気分だった。

 すぐさまレヴィは情報を集めさせた。その結果、分かったことが一つ。

 タコルの街、そこにいるセクハラ男と勇者アリエスは一時的に仲間になっていたらしい。


 この男だ。

 この男なら、勇者を変えたこの男ならステラも救ってくれるのではないか。


 そして、その男はやって来た。ステラに連れられ、ステラとやけに仲良さそうにしていた。

 運命。レヴィは心からそう思った。

 だから、託した。


「頼みますよ、オクトさん」


 お礼ならいくらでもしよう。この身体一つでステラを救ってくれるなら、好きにしてくれていい。

 だから、どうか――この世界の平和を願う、誰よりも優しく、強く、そして、孤独な少女を一人にしないであげて欲しい。

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