第27話 魔法皇

 魔法少女。


 無気力な目をした少女は、人類が生み出した最強兵器と呼ばれる存在だった。


「どうも、魔法少女ステラです。大丈夫ですか?」


 テンタクルスライムを一瞬で塵に変えた少女が倒れ伏す俺に近づいてくる。


「あ、ああ」

「無事なら良かったです。おや? どうやら魔力が無くなっているようですね。こちらをどうぞ」

「ああ、悪い。助かる」


 魔法少女が差し出してきた小瓶を受け取る。小瓶の中からは魔力を感じる。魔法皇国で流通している魔力を回復させる薬という奴だろう。

 俺も過去に一度だけ口にしたことがある。


 受け取った小瓶の中身を飲み干すと、倦怠感はまだ残るものの、身体を動かせる程度には魔力が回復した。

 それにしても……。


 改めて、目の前の少女をじっくりと観察する。身長は低め。

 魔法少女という存在について、その噂は聞いていた。


 曰く、一対一で敵う者はいない。

 曰く、国家戦力を相手にして何とか勝負になるレベル。

 曰く、化け物ゴリラ。


 それを聞き、俺は魔法少女とは少女を名乗る筋肉ムキムキな戦闘狂だと思っていた。

 ところが、どうだろう。

 本物はその名に違わぬ、見事なまでの少女。顔つきも幼さがまだ残る。

 そう、恐らく推定年齢は……。


「十二歳くらいか。ガキだな」

「えいっ」

「ぎゃああああ!!」


 目の前の少女に関して考察していると、突然全身に激痛が走る。

 慌てて顔を上げると、そこにはくるくるとステッキを回す少女の姿があった。


「触手さん、ステラは十五歳。ナイスバディなお姉さんです。近所の子供たちからも大人気。ふっ、モテる女は辛いぜ」


 そう言うとドヤ顔をこちらに向ける魔法少女。

 それに対して、俺は目の前のガキンチョのとある部分に視線を向ける。


「……スライムの方がまだ揺れて――目があああ!!」

「ステラは清楚なので、エッチな視線は事務所NGです。いやん」


 俺の目にステッキの先端を突き刺してきたガキンチョは悪びれもせずに坦々とそう言う。


 くっ!

 こ、こいつ、本当にあの魔法少女か!?

 魔法少女と言えば、人々を守るために戦う慈愛に満ちた伝説の戦士だ。だが、こいつは私情のために力を振るう子供じゃねーか!

 てか、事務所ってなんだよ。


「事務所のことが知りたいのですか? それは丁度良かった。では、一緒に行きましょう」

「は? 一緒に行く? いや、訳が分からないんだけど……」

「安心してください。人生とはそういうものです。突然、魔法少女になることもあれば、突然、触手に襲われることもある。突然、魔法少女に出会い一目惚れしてしまうこともあれば、出会った触手男にエッチな視線を向けられることもあります」

「いや、一目惚れしてないから」

「なっ、近所の子供たちにモテモテのステラに魅了されない男がいるのですか……!? ふっ、おもしれー男」

「多分たくさんいると思うぞ」


 いや、逆にこいつがモテモテなところが想像できない。出会ってまだ少ししか経っていないが、もう分かった。

 目の前にいるこのガキは、確実に変な奴だ。


「おお、まさかセクハラ魔と言われ、触手を操りし男に変な奴認定される日が来るとは思いませんでした。これには、ステラもびっくり」

「いや、その割には一つも表情変わってないじゃん」

「女は感情を押し殺して笑うんですよ。そんなことも分からないからモテない――あ、ごめんなさい」

「う、うるせえ! モテモテだし! 何なら結婚の約束をした相手だっているから! そもそもお前は笑ってすらいないじゃねーか!」

「ミステリアスな女は人気出やすいと聞いたので」

「無表情は不気味なだけだろ!」


 俺がそう言うと、突然目の前のガキンチョが俯いて黙りこくった。


 流石に言い過ぎたか?

 まだガキンチョとはいえ、一人の女の子だ。不気味とか言われたら嫌だよな……。

 タコルの街一の紳士と呼ばれた俺としたことが、子供とは言え女性のことを悲しませるとは、やってしまった。


「わ、悪い。ちょっと言い過ぎたわ」

「え? 何のことですか? それより、転移の準備出来ましたよ」


 謝罪した俺に対して、ガキンチョは相も変わらず無表情でそう言った。

 ここで、話を終わらせてもいい。だが、それは俺の流儀に反する。タコルの街一の紳士は己の失態から目を逸らさない。


「……いや、悪かったって思ったんだよ。さっきは大人げなかった」

「え? 触手さんって大人だったんですか? 年中女の子としか考えていない思春期迎えたての子供だと思ってました」

「ちげーよ!」

「それと、タコルの街一の紳士はギャグですか? だとしたら全然面白くないのでやめた方がいいですよ」

「ちくしょう! 一瞬でも申し訳ないと思った俺がバカだった!! てか、さっきから人の心の中を読むなよ! なんなんだ、お前は!?」

「魔法少女ステラです。イェイ」


 ステラが再び目の横でピースする。

 その瞬間、俺の中で何かがブチッと切れる音がした。


「そういうことじゃねえええ!!」

「それでは事務所へ行きましょう。テレポートっと」


 これが俺と不思議な魔法少女ステラの初対面であった。




**********



 浮遊感に一瞬襲われたかと思えば、次の瞬間、そこは草原ではなく赤い絨毯の上で、神聖な雰囲気を纏った大きな部屋の中だった。

 周囲に目を向ければ、杖と三角帽子を被った人々で溢れている。

 誰も彼も膝間突き黙っているが、身体から溢れる魔力量から紛れもなく一流の魔法使いしかいないことは明らかだった。

 そんな魔法使いたちは、俺に奇異の視線を向け何かをひそひそと話し合っていた。


「ステラ、ご苦労様」


 不意に、部屋の奥から艶めいた綺麗な声が響く。

 顔を上げると、そこには背もたれが異常に長い豪華な椅子に腰かける、大きな三角帽子を被った妙齢と思しき見た目の美女がいた。


 う、美しい!!!

 ボンッ! キュッ! ボンッ! の扇情的なボディ!

 セクシーな身体のラインを強調するような、大きく空いた胸元と太ももがチラリと見えるスリットが特徴的なパープルを基調としたドレス!

 

 目を奪われるとは、正にこのことだろう……。

 おお、天に召します我が神よ。このような素晴らしき美女に巡り合わせていただいたこと、心の底から感謝します。


「全身から下心が溢れ出ていますよ。いくら、ステラと魔法皇様という魔法皇国二大美女に挟まれているとはいえ、格好はつけてください」

「し、しし下心なんて出てないわい! 後、俺が見惚れていたのはあの美女だ……って、今魔法皇様って言った?」

「はい」


 ステラは何でもないように言うが、とんでもない発言である。

 魔法皇。

 魔法が発達した魔法皇国の統治者であり、優れた魔法使いがなると言われている。

 特に、今代の魔法皇は百年近く生きていると言われている伝説の魔女だ。

 つまり、目の前のこの美女は妙齢どころか結婚適齢期を遥かに超えたおばさん――。


 ヒュン。


 風切り音が鳴ったかと思えば、俺の頬から血が流れ落ちる。


「なにか?」


 俺に問いかける魔法皇様の表情は笑顔なのに、俺は背中に凍り付くものを感じていた。


「あ、いえ、なんでもないです」

「そうですか。ところで、ステラその方は?」

「この男はスライムテンタクルに襲われてた人です。事務所に来たいというので仕方なく連れてきました」

「じ、事務所? そう。まあ、わざわざあなたが連れて来たのだから、きっとそれなりの人物なのよね?」

「まあ、そうですね。身体から触手を生やしている人くらいには、重要参考人だと思いますよ」


 その瞬間、どよめきが沸き起こる。魔法皇でさえもその目を見開いていた。

 耳を澄ませば、辺りから「触手だと!?」や「テンタクルモンスターか?」

、「解体したぃぃぃ!!」という声が聞こえて来た。

 最後の奴、顔を覚えたぞ。この国にいる間は絶対に奴に関わらないようにしよう。


「静粛に」


 騒がしくなってきた空間が、魔法皇の一喝で静まり返る。

 一瞬で空間を支配する辺り、流石に一国を納める器といったところだろう。


「ステラがテンタクルスライムに襲われていた人と言ったでしょう。モンスター同士の争いはありますが、同じ邪王の血をひいているせいか、テンタクルモンスター同士の争いは無い。それは世界的に有名な話のはずです。それに、彼が邪悪な性質を有しているならステラが既に消し炭にしている。違いますか?」


 魔法皇の言葉に周りの人間たちの一部が「確かに」と呟く。それでもまだ、一部の人間は俺に疑いの目を向けている。

 いや、それよりもだ。


「え? 俺、お前に消し炭にされる可能性あったの?」

「私は邪悪なる者を倒す魔法少女ですからね。まあ、オクトは邪悪ではなく、悪くらいだったので今は見逃して泳がせようかなと」


 今は!? 泳がす!?

 不穏すぎる言葉が確かに聞こえたんだが……いや、きっとこれはステラなりのジョークに違いない。


「はは。ステラは冗談が上手いな。お兄ちゃん、びっくりしちゃったぞ☆」

「お兄ちゃんを名乗る不審者さん、ごめんなさい。でも、ステラは本気ですよ」


 冗談じゃないらしい。この国、さっさと出て行った方がいいかもしれない。


「ふふ。ステラ、随分とその人と仲良くなったのですね」


 俺たちのやり取りを見ていたのか、魔法皇様は口元に手を当てて微笑む。

 その美しさに見惚れてしまう。


「さて、改めて自己紹介をしておきましょう。私はレヴィ。魔法皇です」

「オクト、あなたの騎士です」


 キリッとした凛々しい顔つきをレヴィさんに向ける。

 魔法使いには騎士がセットで付くものだ。後衛のレヴィさんを守護する守護騎士。それが俺。

 

「オクト……そう、そうですか」


 俺の名を聞いたレヴィさんは、一瞬だけキョトンとした顔を浮かべた。

 そして、一度瞳を閉じてから口を開いた。


「マナ!」

「はい!」


 返事を返したのは眼鏡をかけた聡明そうな女性だった。

 目つきは鋭く、見た目もキッチリしている。


「この部屋に私とオクト、ステラの三人を残して、後の者を下がらせて頂戴」

「なっ!? で、ですが、魔法皇様、その男は正体不明な存在ですよ?」

「マナ、あなたの気持ちは分かりますが、その言い方は失礼ではありませんか?」

「も、申し訳ありません!」

「ははっ。気にすることはありませんよ」


 マナさんがレヴィさんに向けて頭を下げる。

 そこですかさず、マナさんをフォローするような発言。これにはマナさんもレヴィさんも、『なんて心の広い殿方なのかしら! 好き!』となること間違いなしだ。

 くくくっ。

 そう思っていると、何故かマナさんに睨みつけられた。何故だ。


「オクト、マナさんの眼鏡は魔道具です。あれ、確か人の感情を色で表して視覚情報に変換する機能が付いているので、オクトの下心はバレてますよ」

「なっ……!? い、いや、俺に下心なんてないし」

「どの口が言うんですか。まあ、私は分かりやすい男は嫌いじゃありませんけど。きゃっ、言っちゃった」


 横にいるステラが頬を抑えていやんいやんと身体をくねらせる。

 なるほど、そんな魔道具があるのか。

 でも、そんな魔道具があるなら誰が俺に好感を抱いているかとか分かるんじゃないか?

 いや、逆に俺がマナさんにどれだけ好感を抱いているか、マナさんは確認出来るとも言える!

 これはチャンス!!


 うおおおお!! マナさん美しい。キリッとした顔つきに、理知的な眼鏡。身体の線が浮かび上がるピチッとした服装も、素敵だし、控えめな胸もいい。

 後、レヴィさんに叱られて一瞬しょんぼりした顔も可愛かった!!

 届け! 俺の思い!!


「ひぃっ!!」


 おかしい。

 マナさんの思いを爆発させた瞬間、マナさんの表情が段々と恐ろしいものを見るような目に変わって、今ではすっかり怯えた表情だ。


「マナ、早く退出を促してください」

「は、はい」


 レヴィさんに指示されたマナさんが、部屋の中にいた多くの人物を退出させる。

 その間、マナさんが俺の方を見ることは一度も無かった。


「ふっ。流石オクトです。感情が見える魔道具を逆手に取って、女性を恐怖に貶めるなんて、並大抵の業ではありませんよ」

「それ、褒めてないだろ」

「いえいえ、褒めてますよ。ところで、先ほど私がオクトに惚れている可愛らしい女の子ムーブをしていたのに、他の子に好き好きアピールをするとはどういうことですか? ステラ、怒っちゃうぞ」

「悪いな。俺のストライクゾーンは十五歳以上だ」

「わお。実は私、今年で十五歳なんです。いやん、私も今年からオクトに狙われる乙女になっちゃう」


 両手で自身の身体を抱きしめるステラ。その表情は相変わらず無表情だった。

 いや、それにしてもこいつ今十四歳なのかよ。

 十二歳だと思ってた。


「んんっ」


 レヴィさん、ステラ、俺の三人だけになった部屋に咳払いの音が響く。ステラと供に顔を前に向けると、レヴィさんが微笑んでいた。


「二人とも、いいですか?」

「あ、はい」

「はい」


 わざわざ周りの人を退出させ、何を話すのか。

 レヴィさんの次の言葉に意識を向ける。


「オクトさん、あなたはタコルの街の冒険者ですね?」

「はい」

「やはり……」


 レヴィさんの反応を見る限り、どうやら俺のことを知っていたようだ。何故知っていたのかを聞くつもりはない。

 恐らく、俺の紳士さと実力が世界的にも認められたということだろう。

 ふっ。モテる男は辛いぜ。


「オクトさん、あなたはかっこよくて強くて優しい紳士な男性なのですよね?」

「当たり前です」

「そうですか、でしたらどうか私共の願いを叶えてくださいませんか? 勿論、お礼はさせていただきます」


 そう言うとレヴィさんは椅子から立ち上がり、見せつけるように豊満な胸を持ち上げる。

 一体どんなお礼をするつもりなんだ!?


「ええ、分かりました。喜んで引き受けましょう」

 

 気付けば俺は即答していた。

 横のステラからジト目を向けられているが知ったことではない。ここから先は大人の世界だ。

 ちびっ子はミルクでも飲んでな。


「ありがとうございます。では、魔法皇国の傍で大量発生しているテンタクルスライムの討伐をお願いしますね」


 美しい微笑を浮かべながら、レヴィさんはそう言った。

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