第3話 触手男と勇者
俺の名前はオクト。
しがない冒険者にして、世界中の女性の味方だ。
シーナとの会話を終えた俺は一人で悪魔の森に来ていた。
奥に行けば行くほど霧が濃ゆくなり、熟練の冒険者でも迷うと言われている悪魔の森は、俺にとって最高の狩場、もとい、困っている女性を助けることが出来る絶好のスポットである。
俺の天恵「タコ」の力を使い、木から木へと器用に触手を使って移動していく。
奥に行くほど霧が濃ゆくなっていくが、気にせずに突き進む。
「――ぁぁぁ」
木から木へと移動している途中に遠くから叫び声が聞こえた。
声の高さからして恐らく男だろう。男には興味が無い。
いや、待てよ。
もしかしたら、男の親族に綺麗な女性がいるかもしれない。
つまり……。
男を救う→家族を助けてくれてありがとう! 好き! (男の家族が俺に惚れる)→モテる
となるわけだ。
危ない。目先のことばかり見ていて、大局が見えていなかった。
待ってろ男! お前に興味はないがお前の家族とか知り合いの女性のためにお前を救うぜ!!
声のした方目掛けてぐんぐん加速していく。
それなりに時間はかかったが、漸く霧の中からモンスターらしきものの姿が見えた。
そして、霧を抜ける。
俺の視界に入って来たのは、角を生やしてドブのような色の触手をもったモンスターが気持ちの悪い笑みを浮かべているところだった。
うわ……。気持ち悪い。
それにしても、悲鳴をあげた男の姿が見えない。死んだか。
くっ! 俺がもっと早ければ、素敵な女性に出会えたかもしれないのに……!
しかし、神は俺を見捨てていなかった。
「ああっ!!」
可愛らしい悲鳴が耳に入り、顔を上げる。
モンスターの触手の先、そこには縛り上げられている一人の人がいた。パッと見では、少女か少年か区別につかない整った顔立ち。
だが、俺には分かる。
彼女は紛れもない美少女だ!!
おお、神よ。このような美少女を救う機会を俺にくれたこと、心の底から感謝します。
そういえば、俺に「追放されたら幸せになる」とかいう訳の分からないことを言っていた本好きの男も言っていた。
『追放されるとメインヒロインに会えるでやんす』
即ち、彼女こそが俺のメインヒロイン。
なるほど、どうりでこれまで俺がモテなかったわけだ。全ての始まりは今日だったということだな!
ひゃっほー! 今助けるぞ! 待ってろマイスウィートハニー!!
目から涙を流しながら高笑いするモンスターの触手を、俺の触手で引きちぎる。
「ギャアアアア!!」
モンスターが悲鳴を上げるが、美少女を無理矢理抱きしめるというセクハラを働いたのだ、自業自得である。
そして、俺は瞬時に髪を整え、宙に投げ出された美少女の身体を優しく抱き留め、微笑みかける。
「待たせたな」
「き、君は……?」
「俺はオクト。お前のヒーローになる男だ」
決まった。
我ながら完璧な登場ではなかろうか。美少女も俺に見惚れている。
「ヒ、ヒーローって――」
「タ……タスケ……テ……」
だが、美少女と俺の運命の出会いのシーンはモンスターの嘆きの声に邪魔された。
助けてとはどういうことだろうか?
あれか? 死は全ての生命にとって救いなのです、みたいな意味での救いを求めてるってことか?
仕方ない。なら、俺が今すぐやってやろう。
決して、美少女との二人きりのシーンを邪魔されたから怒っているわけではない。
「分かった。今すぐあの世に送ってやろう」
「ダメッ!!」
モンスターをボコボコにしようと思い、美少女を一旦地面に置き、モンスターと向かい合うが何と美少女が俺を止めた。
「彼は、モンスターじゃない。元々人間だったんだけど、デーモン・テンタクルに憑りつかれてあんな姿になったんだ。本体である少年を救わないと……」
そう言いながら、呼吸を整えた少女は立ち上がり金色に輝く剣を構える。その目は既に俺ではなくモンスターに向けられていた。
ふーん。なるほど。
つまり、あのモンスターは元人間ってことか。まあ、知ったことではないが。
「助けてくれてありがとう。でも、あいつは危険なやつなんだよ。君は安全なところに隠れていた方がいい」
「それはお前も一緒だろ」
「大丈夫だよ。ボクは強いから」
言葉の割に美少女の表情は硬かった。
そして、美少女が飛び出す。輝く金色の剣を片手に、モンスターの背後を取り、触手に剣を向ける。
しかし、モンスターはそれを読んでいるのか、振り向き腕で剣を防ごうとする。
バカだな。そのまま剣を振り切られれば貴重な腕を失うことになるぞ。
「くっ!」
しかし、美少女は何故か剣を止めて後ろに跳ぶ。
その美少女目掛けてモンスターが殴り掛かる。美少女は華麗な動きでその攻撃を躱すが、反撃はしない。
いや、何度も背を取り触手を斬り落とそうとしてはいるが、その動きを完全にモンスターに読まれており攻撃することが出来ないようだった。
「きゃっ!?」
突然、美少女の体勢が崩れる。その足元には木の根があった。
ここは濃霧が包み込む森の奥地だ。霧があるということはそれだけ湿気ているということでもある。恐らく、湿気た木の根で足を滑らせたのだろう。
そして、その隙をモンスターは見逃さない。すかさず、十本の触手を一斉に美少女目掛けて放つ。
「あ……」
呆然としている美少女に触手が迫る。
「悪いな。この人は俺の女だ」
そうなれば、当然美少女のナイトである俺の出番だ。
「GAア!?」
「オ、オクトさん……?」
十本の触手を八本の触手で弾き飛ばす。
残るはモンスターの身体のみ。
「ちっ。男を抱きしめることは趣味じゃないんだが、今日は仕方ないよな!」
「GYAAアアア!?」
八本の触手でそのまま目の前のモンスターの四肢を拘束する。このままこいつをぶっ飛ばすことも出来るが、というか、そっちの方が遥かに楽だが、美少女にお願いされると断れないのが、俺の悪いところだな。
「舞台は整えたぜ」
視線を後ろにやり、ウインクを一つする。
俺の男前すぎる姿に美少女も大喜びで、笑顔を浮かべていた。
「うん! ありがとう!」
身体を起こし、美少女が素早くモンスターの背後を取る。
モンスターは弾き飛ばされた触手を再生させ、美少女に襲い掛かるが、美少女はいともたやすくその触手を斬り落とす。
そして、美少女の持つ剣が一際強い光を放つ。
「ホーリー・フラアアアッシュ!!」
「GYAAAAAA!!」
斬られた触手は暫くの間モゾモゾと動いていたが、美少女が再びその触手に剣を突き立てると動きを止めて、消滅した。
そして、美少女が俺の方に顔を向け、こちらに駆け寄って来る。
なるほど。どうやら、「助けてくれてありがとう! 好き!」ってことだな。仕方ない。そちらから抱き着いてくるというなら受け止めようじゃないか。
「ああ、俺も好き――」
「大丈夫!?」
しかし、美少女は俺の横を通り過ぎていった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「う、うぅ……」
振り向くと、モンスターがいた場所に一人の少年が倒れていた。美少女は俺を無視して少年の身体を抱えていた。
くっ! 美少女に抱きかかえられるなんて、なんて羨ましいガキンチョだ!
少年に嫉妬した俺は美少女から少年の身体を奪い取り、背負う。
「あ……! ちょ、ちょっと!」
「ここは危ない。さっさと街に戻るぞ」
「あ、そっか。そうだよね」
それっぽい理由を言って、美少女を納得させる。
嫉妬心のせいで少しだけ素気ない言い方になってしまったが、まあ大丈夫だろう。
二人で横に並んで街に向けて歩き始める。
「あ、さっきはありがとう。ボクの名前はアリエス。よろしくね」
「おう。俺のことはオクトと呼んでくれ。こんな森の奥で可愛い女の子に出会えたんだ。感謝するのは俺の方さ」
「お、女の子!? ボ、ボクは男の子だよ!」
「おいおい、嘘つくなよ。俺の目は騙されない。こんなに可愛い男なんているかよ」
「か、可愛いって……」
言われ慣れてないのか、可愛いという言葉にあからさまに照れているアリエス。
チョロいな。
「は! ち、違うよ! とにかくボクは男なの! バカにしないでよね!」
頬を膨らませて俺を睨みつけるアリエス。身長が俺より低いせいで上目遣いになっており、アリエスには悪いがただただ可愛いだけであった。
やっぱりどう考えても女の子だ。だが、ここで俺に天啓が下る。
「そうか、それは悪かったな。アリエスは男だから、俺とは男同士仲良くやれそうだな」
「分かってくれたなら良かったよ」
「おう! 男同士だから、手を繋いだって問題ないよな!」
「え、ええ!?」
アリエスの返事を待たずにアリエスの手を掴み、横並びで歩く。
「なに驚いてるんだ? 仲の良い男同士が手を繋ぐのは普通のことだろ。それに、ここは森の中だ。迷子になったら困るしな」
「そ、そうなんだ……。それなら、仕方ないね」
仲が良くとも男同士で手を繋ぐことなど滅多にないが、アリエスは簡単に騙された。
そう、俺とアリエスは男同士。
なら、一緒にお風呂に入ったり、布団に入ったりしても何の問題もないのだよ。
くくく。どうやら俺は天才的な頭脳の持ち主らしい。うまくいけば美少女であるアリエスの身体は俺のものになる。
くくくっ! あーっはっはっはっは!!
********
「う……何か邪悪な気配がする……。ねえ、オクト。何か嫌な気配しない?」
テンタクルモンスターから感じる邪悪な気配を感じたアリエスがオクトに問いかける。
「何のことだ? 俺は全く感じないぞ」
だが、オクトは何も感じなかったらしい。おまけに、オクトから返事が返ってくると同時に、邪悪な気配も消えた。
勇者であるアリエスは幼いころからテンタクルモンスターから放たれる邪悪な気配を察知することが出来た。それは即ち、邪王が持つ気配でもある。
(そういえば、オクトの身体から触手が出てたような……。恩人のオクトが邪王の手先ってことは流石に無いと思うけど……)
「そっか……。あ、そういえばオクトって天恵持ちなの?」
「よく分かったな。アリエスの言う通り、俺は「タコ」っていう天恵を持ってるんだ。こんな天恵だから女性には距離を置かれやすいんだよな」
少し寂しそうに笑うオクトの表情を見て、心優しいアリエスは胸を痛める。
(そうだよね。テンタクルモンスターは女性から特に嫌われてるし、オクトもきっと苦労したんだろうな)
「ボクは怖くないよ」
「え?」
「だって、オクトの触手はデーモン・テンタクルからボクとその少年を守ってくれた優しい触手だもん。だから、ボクはオクトから距離を置いたりしないよ!」
オクトを元気づけさせるべく、アリエスはオクトの手を少し強く握って微笑む。
それを見たオクトはアリエスに抱き着いた。
「わわっ!? オ、オクト?」
「うぅ、アリエス。俺、本当は寂しくて……。ただ俺は皆の為に必死なだけなのに……皆がどんどん離れていって……」
嘘泣きである。
女性から距離を置かれている理由も天恵のせいではない。オクトの普段の言動のせいだ。
だが、この男はそれを全て天恵のせいにしてアリエスの同情を得た。
更には、アリエスの慈愛に満ちた心を利用し、アリエスに抱き着いて目尻を下げてニヤついていた。
「うんうん。きっと辛かったよね。でも、ボクはオクトの味方だよ」
しかし、純真無垢なアリエスはオクトの薄汚れた性根には一切気付かない。
ただ優しくオクトを抱き返すだけだった。
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