触手がラスボスの世界でタコの能力を授けられたが、ハーレムに夢を見る。

わだち

勇者編

第1話 「タコ」だから、という理由で追放された。


「オクトさん! あなたをパーティーから追放します!!」


 ある日の夜、今日も一日を無事に終えた冒険者たちで賑わう酒場の一角で、四人組の冒険者「黄金の翼」のリーダーであるダリはオクトに向けてそう言い放った。


「な、なんでだよ!」


 いきなり追放と言われてオクトが黙っていられるはずもない。テーブルを右手で強く叩き、ダリを睨みつける。


「何故? 本気で聞いているんですか?」

「当たり前だろ。自慢じゃないが、俺はお前らにこれまで貢献してきた。敵の捕縛、討伐、更には護衛依頼の時は護衛対象を俺一人で守り抜いたことだってある。特に、集団戦では俺の天恵がこれ以上ないくらい役立っていたはずだ!」

「確かに、あなたの天恵は有用だ」


 ダリの言葉にオクトは「そうだろう」と頷く。

 天恵。それはこの世界で限られた人間にのみ与えられるものだ。

 オクトの天恵は「タコ」というもので、タコという八本の触手を持つ海洋生物に出来ることは殆ど出来るようになる。

 その力が何度もダリたちのピンチを救ってきたことは事実である。


「だが!!」


 ダリがオクトに負けじとテーブルを強く叩く。そして、オクトをキッと強く睨みつけた。


「パーティーメンバーであるセイラとミアへのマッサージと称したセクハラ行為! 更には、護衛依頼の際に護衛するためと言いながら公爵家令嬢をその汚らわしい触手で包み込むなどといった不敬な行動の数々! はっきり言わせた貰う!! あんたみたいな女の敵をこれ以上このパーティーにのさばらせるわけにはいかないんだよおおおお!!」


 ダリの心からの叫びが酒場に響き渡った。

 それと共に、酒場中の視線がダリたちのもとに集まるが、冒険者たちはオクトが騒ぎの中心にいることに気付くと「またか」といった呆れたような表情を浮かべて飲み食いを再開する。

 一方、ダリに責め立てられたオクトは冷や汗を垂らしていた。


「セ、セクハラ……? な、なにを言ってるんだ? あれはマッサージだぞ。なあ、セイラ? ミア?」

「やめてと言っているのに太ももを触手で撫でまわす行為をマッサージと言うなら、あなたの頭にはウジ虫が湧いているとしか思えませんね」

「……マッサージ以外にも、モンスターから庇うフリしてオクトの触手に全身撫でまわされたことがある。……助けてもらった手前、あの時は言えなかったけど、正直気持ち悪くてやめて欲しかった」


 汚物を見るような目をオクトに向ける二人。

 この場にオクトの味方はいなかった。それでもオクトは諦めない。

 否、諦めるわけにはいかなかった。


 このパーティーはオクト、ダリの男二人とセイラ、ミアの女二人で構成されている。

 控えめに言ってもセイラとミアは美少女だ。

 セイラは金髪ロングの清楚な美女で、回復魔法や支援魔法を使う。何よりも素晴らしいのはその豊満な胸である。

 オクトは常々清楚のくせにけしからん身体だと思っていた。

 ミアは茶髪ポニーテールで斥候を務めている。小柄ながらも、素早い動きを生み出す太ももやお尻にはハリがあり、オクトは隙さえあればその下半身を撫でまわしたいと思っていた。


 むさくるしい男だらけの冒険者の中で華のある美少女がパーティーにいる。それも二人も。


(こんな美味しい状況、逃してたまるか……!!)


 オクトには夢があった。己の触手を持って、女性を撫で繰り回し、いずれはハーレムを作るという夢が。

 元々天恵持ちということもあり、あらゆるパーティーに勧誘されていたオクトが冒険者としては未熟だったこのパーティーを選んだ理由だってセイラとミアがいるからだ。


(ここで離脱なんて出来るか! それに、俺が抜ければダリのハーレム状態。それを許せるか? 否! 断じて否である!!)


 そうと決まれば、粘るだけである。

 ここから、オクトのプレゼン、もとい見苦しい言い訳が始まった。


「そ、それは勘違いだ! 本当に善意での行動だったんだ! なあ、ダリ、俺たち仲間じゃねーか。それに、駆け出しだったこのパーティーがAランクにまで上がったのは俺のおかげだろ?」


 オクトの言う通り、今やダリたちのパーティーは最高位と言われているSランクの次、Aランクである。

 そして、そこまで成長できた理由がオクトにあることも事実だった。天恵「タコ」によって生まれる八本の触手はあらゆる場面でダリたちをサポートしてきた。

 その度にセイラとミアの身体にさりげなく触れてもいたが。

 口から吐き出される墨は強力なモンスターの視界を奪い、撤退の時も戦闘の時も大活躍だった。

 その度に、セイラとミアの衣服に墨がかかり、オクトが「申し訳ないから洗って返す」と言ってセイラとミアの衣服も奪っていったが。


「確かにそうだね。だからこそ、僕は今まで君を追い出せずにいた。オクトを追い出せば僕らは落ちぶれるだろう。でも、僕は一番大事なことに気付いた! 僕にとって最も大切なのは、冒険者を始めた時から僕を支えてくれたセイラとミアだ! 二人と名誉。僕は迷うことなく二人を取る!!」

「「ダリ……」」


 ダリの言葉にセイラとミアが嬉しそうに微笑む。


「ヒュー! 兄ちゃんよく言ったぜ!!」

「かっこいいぜ、兄ちゃん!」

「仲間を大事にする。冒険者の基本だよなぁ」


 更には周りの冒険者たちもダリを応援し始めていた。

 自らの旗色が悪いことに気付いたオクトは醜く顔を歪める。


「ふ、ふざけんじゃねえ!! 俺がどんな思いで今までこのパーティーに貢献してきたと思っているんだ! それなのに、今更出ていけなんて言われて納得できるか! せめて、セイラの胸とミアの尻に顔をうずめさせろおおお!!」


 最早説得は不可能であることを悟ったオクトが取った行動は実力行使だった。

 かつて、「この触手は仲間を守るためにある。誰かを傷つけたりなんてするわけないだろ」と言ったオクトはもういない。

 

「ひゃっはああああ!! 貰うぜ! そのたわわに実った桃たちをよおおお!!」

「くっ! この二人は僕が守る!!」


 オクトの触手がセイラとミアに迫る。その触手から二人を守る様にダリが二人の前に立つ。


「俺の触手に勝てると思うなよ! ダリィィイイイ!!」


 口角を吊り上げてダリに迫るオクト。

 対するダリも一歩も引かない。その勇敢な姿に周りの冒険者は全員ダリにエールを送る。

 そして、遂にオクトの触手とダリがぶつかる。


「いい加減にしてください」

「うぎゃああああ!!」


 しかし、突然オクトの全身に水がぶっかけられ、オクトはモンスターのような断末魔を上げて力なく床に倒れ伏す。

 「タコ」という天恵を持つオクトの唯一の弱点が真水であった。そして、オクトとダリの対立に水を差したのは、冒険者ギルドの受付嬢、シーナだった。


「セクハラ発言に、セクハラ未遂。そして、ギルド内での戦闘行為。流石に見過ごせませんね」


 シーナは坦々とそう言いながら、オクトの首根っこを掴み、冒険者ギルドの奥へと歩みを進めていく。

 そして、シーナとオクトの姿が冒険者ギルドの奥の部屋へ消えた瞬間、歓声が沸き上がった。


「ダリ! やるなお前!! あのオクトに啖呵きるとは、痺れたぜ!」

「てっきりオクトの言いなりになってるかと思ったけど、そうじゃなかったんだな! 凄いぜ!」

「ダリー! ありがとう! 実は私もオクトにセクハラされたことあったのよねー!」

「女の敵と言われてたオクトに立ち向かったお前はこのギルドの英雄だぜ!」

「「「ダ・リ! ダ・リ!」」」


 歓声の中、ダリは照れ臭そうに頬をかく。

 そんなダリの手をセイラとミアが優しく包み込み、ダリに向けて微笑んだ。


 この日、Aランク冒険者パーティーである「黄金の翼」はその輝きを失った。

 だが、後にこの日の出来事を知る者は語る。

 この日こそが、後のSランク冒険者パーティーとなる「光の翼」が世界へとその翼を広げた時だったと。




********



 何故か知らないがパーティーを追放された。


 俺の名前はオクト。

 しがない冒険者だ。「タコ」という天恵を持ち、それなりの実力を持つ俺はつい先日まで「黄金の翼」というパーティーに所属していた。

 だが、同じパーティーメンバーのセイラとミアという二人の美少女を愛でていただけなのに、パーティーリーダーのダリという男に追放された。

 恐らく、俺の素晴らしい力に嫉妬したのだろう。セイラとミアからも冷たい視線を向けられたが、多分ダリに変なことを吹き込まれたせいに違いない。


 何とも可哀そうな俺。

 しかし、悲しむ必要はない。追放といえばざまぁ。そう知り合いの本好きが言っていた。

 何でも追放された人はその後幸せになれるらしい。逆に追放した側は落ちぶれていくのだという。


 つまり、俺は幸せになり、ダリたちはこれから辛く苦しい未来が待っているのだ。

 ダリはまあいいとして、セイラとミアが悲しむのはいただけない。彼女たちが辛い目に遭いそうな時は助けよう。


 そう思っていた。

 しかし、どうやら俺が追放された後、ダリたちは苦労してはいるみたいだが全員楽しそうに過ごしているらしい。

 おまけに新たに魔法使いの女の子をパーティーに加え、ここ最近は勢いのあるパーティーの一つに数えられているらしい。


「おかしいと思わないか?」

「いえ、元々彼らには実力がありましたし、特段おかしなことでもないかと。それより仕事の邪魔なのでどいていただけますか?」


 ギルドの受付嬢であるシーナに話しかけるが、シーナは凍てつくような視線を俺に向けてきている。

 この間、酔って尻を触ろうとしたことをまだ根に持っているのだろうか。


「でも、おかしいだろ? ダリは俺を追放した日から女性人気も出始めてるし、今だって公爵家令嬢の護衛依頼を受けてるらしいじゃねえか。対して俺はこんな日の高い内から、おっさんたちとギルド内で干し肉をしゃぶってる。美少女四人に囲まれて冒険者らしい日々を過ごすダリとおっさんに囲まれて依頼もこなさず肉を食べる俺。普通、逆だろう?」

「いえ、至極当然のことかと」


 シーナはジト目を俺に向けた後、手元の書類に目を向けて作業を始める。

 シーナは、水色の髪色に若干つり目がちなせいで冷たい人と勘違いされがちだが、実際はそうではない。

 よく冒険者のことをよく見ているし、こうして昼間に暇している俺の相手もしてくれる。


「いやいや、シーナは相変わらず冗談がうまいなぁ」

「ギルド内の女冒険者に数多のセクハラ行為、もしくはセクハラ未遂を働き、パーティーからも追放されたあなたと、仲間を守るためにあなたに勇敢にも立ち向かったダリ。どちらが素敵な人間かなど一目瞭然ですし、そう考えれば今の結果も納得のいくものです」

「え、じゃあダリは俺を追放されたからモテ始めてんの?」

「そうですね。それも理由の一端にはあるかと」


 それを聞き、俺は頭を抱えた。

 追放したことで落ちぶれるどころか、寧ろ追放したことで幸せになってるじゃないか。

 これじゃ、俺は本当にただ追放された問題児だ。


「ですから、あなたは問題児だと言っているではありませんか」


 心の声が漏れていたらしく、シーナはあきれ顔で俺を見ていた。


 バ、バカな……!?

 俺が問題児……? う、嘘だ! 俺はハーレムを作り、女の子にモテモテになる男!

 そんな俺が問題児のはずがない……!!


「そんなにモテたいものですか?」


 シーナが少しだけ興味深そうに聞いて来た。


「当たり前だろ。家に帰ってきた時にシーナやセイラ、ミアのような美少女たちが出迎えてくれたら滅茶苦茶嬉しいじゃないか」

「ですが、あなたが依頼を達成してギルドに戻った時、私はあなたを出迎えているではありませんか。それでは不十分なのですか?」

「依頼達成報告を聞くためにな。そういうことじゃない」

「分かりませんね」

「嘘つけ。シーナだってイケメンに囲まれたいと思うだろう?」

「いえ、別に」


 シーナは顔色一つ変えずにそう言うと、再び書類に目を向ける。

 相変わらず心の中が読めない女だ。俺がこの冒険者ギルドで活動を始めて三年が経つが、その三年間シーナだけは何故か俺のスキンシップにも耐えて俺と関わり続けてくれている。

 もしかして俺のことが好きなんだろうか。


「シーナって俺のこと好きなのか?」

「急にどうしたのですか?」

「いや、だってシーナって俺が触手で触れても全然嫌そうな顔しないじゃん」


 そう言いながら俺はシーナの頭に触手を伸ばす。そして、試しに頭を触手で撫でた。

 シーナは顔色一つ変えずに書類作業を続けている。


「あなたはこのギルド内でも屈指の実力者です。それにも関わらず、ギルド内の女冒険者や女性の職員から漏れなく「女の敵」、「次期邪王」と言われているあなたが余りにも憐れで可哀そうだから、せめて私だけは嫌がらないであげようなどとは考えていませんから、安心してください」

「え? 俺そんなこと言われてんの?」


 シーナはあからさまに視線を逸らして、書類作業を進める。

 ちなみに、邪王とは無数の触手を操り、この世界を支配しようとしていた最強最悪の存在のことだ。

 勇者、聖女、魔法少女、聖騎士の四人によって封印されたものの、邪王と様々な生物との交配で生まれた数多のテンタクルモンスターは今でも世界中の脅威となっている。


 衝撃的な自分の二つ名に軽くへこみながら、俺はシーナの頭から触手をどけた。


「俺、この街出て行こうかな……」

「ダメです」


 自業自得とはいえ殆どの女冒険者に避けられていることは間違いないし、それならいっそ別の街でやり直した方がいいんじゃないか。

 そう思って、何気なく呟いたのだが、意外にもシーナは食い気味に否定してきた。


「え……? それって、やっぱり俺のことが――」

「あなたがこの街を出て行けば私の業務成績が落ちるじゃないですか」


 好きだから? と俺が問いかけるより先にシーナは坦々とそう告げた。


「ですよねー」


 当然ながら、女性の職員に避けられている俺の対応を請け負っているギルド職員はシーナ一人だ。

 男?

 死ぬほど大変な任務こなした後に、男に「お疲れさまでした!」って笑顔で言われても嬉しくねーよ。


「はい。ですから、勝手にこの街を出て行くことは許しません。出て行くならせめて私を養えるだけの金額を用意してからにしてください」


 やだー。俺、シーナにとって完全に金づるじゃねーか。

 うわ、「シーナって俺のこと好きなの? (きめ顔)」とか聞いてたのが恥ずかしい。


「まあいいか。もしかしたらたまたま旅でこの街を訪れた超絶美女に出会うかもしれねーしな。それに、心変わりする人も出てくるかもしれないし」

「そんな都合よくいきますかね」

「さあな。とりあえず、無駄話に付き合ってくれてありがとな。じゃあ、ちょっこらピンチに陥ってる女の子でも探しに行くわ」

「またですか。今日も悪魔の森ですか?」

「おう」

「そうですか。噂では、邪王の復活の時期が近付いていて、それに伴い強力なテンタクルモンスターが各地で復活しているそうなので、気を付けてください。それとセクハラはしないように」

「はーい」


 シーナの鋭い視線を背に軽く手を振りながらギルドを後にする。そして、そのままいくつかの武器を持って悪魔の森と呼ばれる森に足を踏み入れた。

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