第拾参幕 波濤

 廊下から激しい物音が響いた。


 妙に落ち着かない気分のまま横になっていたから、その不意さに対して反射的に腰のニューナンブM60に手を伸ばしてしまった。身体が無条件でそう動いてくれるのはありがたいが、海外じゃないから訓練以外で使う場面には出会していない。


 満君か……真耶さんが転んだのか?


 何だか前にも体験したような不安が心臓に届き、襖を開けようとした自分の手が止まった。何故だかは知らないけど、開けてはいけない、と自分の心臓が早鐘みたいに叫んでいる。


 その警告の正体はわからないけど、かぶりをふってそれを追い払った俺は襖を開けようとして――廊下からバタバタと足音が聞こえて来た。ずいぶんと乱暴な感じに聞こえたから、何か良くないことが起きたんじゃないか、という不安が沸き上がり、襖を少しだけ開けて様子を窺ってみた。


「うん……?」


 隙間から見えた光景に、俺は思わず襖を開けて廊下に出た。


 満君と西条さんが使っていたはずの上座敷の襖が薙ぎ倒されている。コントのように、映画のように、誰かが暴れて襖ごと倒れ込んだような感じで、畳に至っては重たいものを落としたような凹みがある。真っ二つになった襖には紙粘土みたいな白い欠片が大量に付着しており、壁には何かが這ったようなスジと――爪痕のようなものまである。加えて二人の荷物は置かれたままだ。


 あの足音は二人のもので……襖を壊してしまったから慌てて逃げた……。


 自分の阿呆な考えを一蹴し、二人がどこへ行ったのか見極めようと耳をすませてみた。すると、微かだけど二階の方からバタバタと足音が聞こえて来た。どうして二階にいるのかは後回しにして、俺もその足音を追いかけようと奥の階段へ向かい――。


「まったく……こうするのも何回目かしらね」


 背後からの呼び止めるような声。優しげな感じだが、どこかしら人を嘲笑しているような不快さが見え隠れする声だ。


 声の主を求めて振り返り――自分を狙う銃口に気付いて身構えた。だが、自分の愛銃には手を伸ばさず、咄嗟にそれを隠す姿勢を取った。


「あら、怖がらないの?」


 人形の奇怪な仮面から覗く奏の瞳はギョロギョロと落ち着かないが、その手に握られた自衛隊の9ミリ拳銃の銃口は、寸分の狂いもなく俺を捉えて放さない。


「……銃を下ろしなさい、誰に向けているのかわかって――」


「わかってるけど? 何回もあんたを撃ち抜いたこともね!」


 壊れたような嗤い声に混じった叫びが俺の耳に届いた瞬間――銃声が屋敷の静寂を切り裂いた。

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