隣のビッチの話
広晴
隣人はビッチ
あっ、あっ、はぁん、いいっ、いいのっ、そこっ、ああっ
ギシギシッギシギシッギシギシッギシギシッ
午後8時。
お隣は今日もお盛んだなあ。
青春満喫中かよ。
安アパートならではの、最近恒例の淫乱BGMを背にしてコートを引っかけ、外へ出てから自室のドアにカギを掛けて階段を降りる。
あ、あれはやべー。
隣人の彼氏さんが階段を上ってくるのが見える。
感じのいい彼は、笑顔で軽く会釈し、俺と階段ですれ違う。
手には何かリボンがはみ出してる紙袋。
俺も軽く会釈を返す。
あーあ。
でも知ーらね。
しょっちゅう別の男とヤリまくりのアホ女にはもったいない、いい彼氏みたいだからな。
早めにクソビッチのことは忘れて、新しい素敵な彼女を探してください。合掌。
俺が夜勤から帰るまでに修羅場終わらしといてねー。
帰ったらアパートがパトカーに囲まれてるとか勘弁なー。
◆◆◆
あっ、あっ、はぁん、いいっ、いいのっ、そこっ、ああっ
ギシギシッギシギシッギシギシッギシギシッ
午後8時。
今日も今日とてヤリ〇ン元気。
淫乱BGM、フルボリュームです。
俺も元気にお仕事行ってきまーす。
◆◆◆
午前7時。
寒い寒い。
冬の朝は気持ちいいけど、仕事明けには堪える。
今日はお湯張って風呂に浸かろう。
疲れた疲れた。
お湯を湯船に溜めてるとお隣から男性の声。
「……! ……!?」
何やら興奮している。
朝っぱらからお元気ねー。
「……ざけんなこのクソビッチが!」
バキッ(たぶんビッチを殴る音)
ガサガサッ(玄関で靴を履く音かな?)
ガチャ、バンッ(ドアを開け閉め)
コツコツコツコツ……(早足で廊下を遠ざかる音)
もー何人目かなー。知らんけど。
あの優しそうな彼氏さんと(多分)別れてからサイクル早いなー。
◆◆◆
午前8時。
仕事帰りに24時間営業のスーパーで見切り品の総菜を買えた。
ヒレカツ巻きが楽しみだ。
今日は少し残業したから早く寝たい。
……げ。ビッチだ。
こんな時間からどっか出かけるのか。珍しい。
いや、大学生は今から授業があるのか、本来は。
久しぶりに授業でも受けに行くのかな?
それとも男を引っかけに行くのかな?
いやあ、久しぶりに姿見たけど、この子、今こんなんなってるのかー。
引っ越して来たときは黒髪メガネちゃんで可愛かったのになー。
今は派手な化粧、ど金髪、でかい耳ピアスに胸元からタトゥーが見えている。
ちゃらいなー。まさにザ・ビッチって感じ。
でもまー美人だよね。見た目だけは。
何人目かの彼氏に殴られた頬っぺはまだ腫れてるみたいだけど。
俺の部屋は2階一番奥の角部屋、ビッチの部屋はその隣だ。
廊下ですれ違うことになる。
すれ違う時に無言で会釈する。
向こうも無言で会釈を返す。
ビッチは階段を降り、俺は部屋に帰る。
嫌なことを思い出すから、本当に心底、関わりたくない。
俺は風呂入って飯食って寝るぞ! ジョジョーッ!
◆◆◆
あっ、あっ、はぁん、いいっ、いいのっ、そこっ、ああっ
ギシギシッギシギシッギシギシッギシギシッ
午後9時。
なんか久しぶりだなー淫乱BGM。
今日から昼シフトに戻ったからしばらく聞かされる羽目になるかなー。
俺のオーディオテクニカで耳を覆って、汚れからしっかり耳を守ろうかね。
ブラウザ起動、動画配信のアーカイブを検索っと。
〇なたその声はかわいーなー。
◆◆◆
午後8時。
その日、仕事帰りに階段を上ったらクソビッチがアパートの廊下に倒れていた。
俺はビッチの顔色を見て、内腿に出血があるのを見てから、ビッチを跨いで自分の部屋に戻って、119番通報した。
はい。社会人の義務、しゅーりょー。
救急車のサイレンなんざ聞こえねー。
〇いちゃんは、今日も可愛い!
◆◆◆
午後9時。
ビッチの部屋に久しぶりに明かりがともっている。
ビッチが退院して自分の部屋に戻ったようだ。
階段を上って部屋に帰ると、年配男女とビッチの話し声がかすかに聞こえたが、良識のある人たちらしくトーンが控えめだったので、話の内容までは分からない。
興味もないのでさっさとヘッドフォンを付けて、いつものように音を遮断した。
〇ルカおるかー?
◆◆◆
午後8時。
雪ががっつり積もった。
この地方では珍しい大雪で見渡す限り真っ白だった。
仕事中は吹雪いていたが、今は風が無いのが救いだった。
ぎゅむぎゅむ言わせながら階段を上がると、ビッチが自分の部屋のドア前に目を閉じて座っていた。
金髪の頭に雪が積もっていた。
もう思い出にしか居ない女の顔が重なる。
舌打ち。こいつらはどこでも同じだ。
人の迷惑なんざ、ひとかけらも考えちゃいない。
雪に埋もれて綺麗に死ね。
クソビッチには上等の最期だ。
俺はその前を通って自分の部屋へ戻ろうとした。
「……きくん……ごめんなさい……たすけて……」
かすかな声が聞こえた。
ビッチの前で足を止め、しばらく眺めた。
ビッチの目は閉じられ、涙でマスカラがにじんで流れて、狸みたいな顔になっていた。
「……ごめんなさい……」
掠れた声のうわごと。
たすけて、ごめんなさい、か。
あの女が最期に口にした言葉。
もうひとつ舌打ち。
俺はビッチの体に積もった雪を軽く払い、背中側から両脇の下へ腕を通して抱え、俺の部屋に運んだ。
すぐに部屋の暖房と加湿器を入れ、濡れた服を全部脱がせて体を軽く拭き、押し入れからシュラフを引っ張り出してビッチを突っ込んで顔だけ出させ、電気カーペットの上に寝かせた。
額に触れるといくらか熱を感じたが、高熱という程ではなかった。
シュラフを少し開いて体温計をビッチの脇に挟み、少しでも冷えないようにタオルで露出した肌を覆い ながら電子音が鳴るまで押さえていた。38.2℃。油断はできない。
シュラフの前を閉じ、自分の飯を作って食べて風呂へ。
1時間後にアラームをセットしてベッドに横になった。
◆◆◆
「アンタ誰? ここどこよ!? アタシをどうするつもり?!」
ビッチが騒ぐ声で目が覚めた。
枕もとの携帯を手に取ると午前5時。
上半身を起こす。
電灯はつけたまま寝たので、シュラフから俺を睨むビッチとすぐに目が合った。
目が覚めてシュラフの中だから、混乱して拘束されてると思ってるのかもしれん。
なおも喚こうとするビッチに、俺は意識して低めの声でビッチに説明する。
「少し黙れ。大雪の中、ドアの前に倒れてたお前を俺の部屋に入れた。ここはお前の部屋の隣だ。」
ビッチが改めて俺の顔を見る。
隣人の顔を思い出したらしい。
そのまま黙っていたので言葉を接いだ。
「体が冷えきってたから寝袋に入れて体を温めた。首元のファスナーで中からも開けられるが、もう少しそのまま入ってろ。2時間前に計ったときは37℃くらいだったからまだ無理はするな。服は濡れてたから全部脱がして風呂場に干してる。質問は?」
「……アタシをレイプしたの?」
「してない」
「嘘よ。したんでしょうホントは」
俺は一つため息をつく。
「ああ、した。いい具合だった」
ビッチはそのまましばらく俺を睨んだが、ふっと力を抜いて天井を向いた。
「そう。まあいいわ、別に」
俺はベッドから立ち上がり、ビッチの横のテーブルに置いた経口補水液を手に取り、ペットボトルの蓋を開いてテーブルに戻す。
「喉が渇いたらそれを飲め。なくなったら言え。俺はもう少し寝る」
それだけ言って俺はまた横になった。
しばらくして、ごそごそとシュラフから出てくる音がしたが、俺は気にせず寝た。
◆◆◆
午前7時。
俺は仕事へ出る準備を整えて、ビッチに声を掛ける。
俺が支度をしている間に目が覚めたのは見ていた。
「俺は仕事へ行く。冷蔵庫の中のものは好きに飲み食いしていい。まだ乾いてないがお前の服は風呂場に干してる。風呂も使っていいが、できれば他の物には触るな」
それだけ言って返事を待たず、外へ出た。
雪はまだ降り続いている。
ぎゅむぎゅむ言わせながら階段を慎重に降りた。
◆◆◆
午後8時。
まだ雪は降り続いていて、積もった雪も溶けていない。
昨日はタイヤチェーンがチャリチャリ言ってたが、今は車もまったく走っていない。
帰ったらビッチはまだいた。
なぜか俺のベッドに移っていた。
「体調が戻ったら帰れ」
「……鍵をなくしたの」
両手の買い物袋を台所に置き、雪が付いたコートを脱ぎながら、俺はため息をつく。
こいつを拾った時、ドア前にビッチの荷物は何もなかった。ビッチは身一つでドア前にうずくまっていたのだ。
だから、鍵が無くて部屋に入れなかったんだろうと予想はしていた。
「管理会社に連絡してやる」
不動産管理会社の24時間受付に電話をかけ、ビッチと途中電話を替わって状況を説明させたが、どうやら大雪で誰も動けないらしい。
まあ、そうだろうな。
ビッチは粘ったが、最終的に途方に暮れたような表情で電話を切った。
「雪が溶けて業者が来るまではいていいぞ」
予想していた通りだ。
多めに買い物してきて正解だった。
俺は台所へ移動して食事の準備をする。
ビッチは何も言わずに俯いていた。
◆◆◆
午後9時半。
ビッチは俺が作った豚肉カレーを完食した。
もう体調はいいらしい。
互いに無言で食事を終え、洗い物をして風呂に入ったあとは、俺はPCチェアに座って携帯を眺めていた。
俺の部屋にはテレビはない。
ビッチが見ている前でネットサーフィンする気にもなれない。
俺からは何も話しかけない。話すことも特にない。
ビッチはベッドの上に座って黙って俯いていたが、急に服を脱ぎ全裸になってベッドに横たわった。
「ねえ、抱いていいよ」
ビッチは仰向けで股を開き、俺を見つめながら下品なポーズで俺を誘った。
男の欲求を刺激する方法をよく知っている。
「お世話になったお礼に、ヤらせてあげる」
そういいながら、自分の指で広げて見せる。
俺はあられもないビッチの姿に、欲情を感じた。
どうあれ美しい女ではあるのだ。
ロングの金髪だが、根本は黒が目立ち始めている。
整ったややきつめの顔立ち。
今はすっぴんで、以前見た時より幼く見えるが十分綺麗だ。
手足は細く、胸も小さめ。
へそにピアス。
乳首にもピアス。
右肩から胸元、下腹部にタトゥー。
秘部は濡れていない。
俺はビッチの全身を視線でゆっくりと犯しながら答える。
「病気とか無いだろうな」
「失礼ね。でもアタシが男をとっかえひっかえしてるの知ってるだろうし、当然か。壁薄いもんね、ここ」
ビッチは、足は閉じずに上半身から力を抜き、天井を向いて、薄く笑う。
「でも、今そういうこと聞くってことは、やっぱり昨日はヤってなかったんだね」
疑ってごめんなさい、と小さな声が聞こえた。
「ヤってからブルって確認してるのかもしれんぞ」
うそつき、と言ってからビッチは続ける。
「……アタシね、こないだ流産したんだ。その時に病院で検査されたから病気は無いよ。その後は誰にも抱かれてない。ホントよ。あと今日は大丈夫だから、生でいいよ」
天井を向いたままのビッチの声は、早口で、少し震えていた。
俺は少し考えてから椅子から立ち、部屋の電気を消してビッチに覆いかぶさった。
「ゴムは無いからそりゃ助かるな」
近くで聞く淫乱BGMは、いつもよりボリューム控えめだった。
◆◆◆
午前7時。
翌日は雪は止んでいた。
積雪も日中に溶けるだろう。
俺は仕事に行く支度をした。
「昨日も思ったけど、こんな大雪なのに、仕事休みじゃないの?」
ビッチがベッドに横になったまま尋ねる。
「看護師にシフト以外の休みはない」
俺は服を重ね着しながら答える。
「看護師? 似合わなーい。目つき悪ーい」
ビッチが笑う。
「うるせえ」
自覚はあるので、苦笑しながらコートを羽織って外へ出た。
◆◆◆
午後3時。
もうかなり雪は溶けていた。
管理会社から鍵の手配ができたと連絡があり、師長に頼んで少し抜けさせてもらった。
かなり早く帰ってきた俺にビッチは驚いていたが、鍵の手配ができたと話すと俯いて「そっか、ありがと」とだけ言った。
時間通りに俺の部屋を訪ねてきた業者から、ひとまず隣室の合鍵を受け取り、早いうちにドアの鍵そのものを付け替えるように追加で手配を頼んだ。
「そんなお金ないんだけど」
というビッチに、
「俺が立て替えておいてやる」
と答えた。
「体で払うね」
と笑いながらビッチは自分の部屋へ戻った。
俺も仕事へ戻った。
◆◆◆
午後9時。
仕事から戻った俺の部屋のドアの前に、ビッチがうずくまっていた。
街灯に照らされるビッチのコートの下は恐らく裸、左の頬が腫れている。
ビッチは弾かれたように顔を上げ、俺の顔を見るとぽろぽろと泣き出した。
「……っご、ごめんなさい……あの、アタシ……」
俺は手を差し出し、
「部屋には入れてやるから、ちょっとだけそこどけ。ドアが開けられん」
ビッチを立たせてドアを開け、部屋へ入れて鍵を掛けた。
それからビッチのコートを脱がせて風呂場へ連れていき、体を洗ってやった。
ビッチは何も言わず、されるがままだった。
体中に青痣ができていたが、傷の具合を見てみた感じ、すぐ病院へ連れて行かないといけないような、酷いケガはなさそうだった。
内腿には血が流れて固まった跡が付いていた。股間は小陰唇の外側が少し切れていたが、もう血は止まっていた。濡れていないのに無理やり入れられたんだろう。
男のあれが垂れてきたので、シャワーで流し、「少し指を入れるぞ」と断ってからできるだけ優しくかきだした。気分の問題だが、しないよりはマシだろう。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
その光景を見たビッチは、また泣きながら謝り始めた。
俺は「ああ」とか「大丈夫だ」とか適当に答えながら風呂から上げ、体を拭いてベッドへ横たえた。
左頬だけガーゼを貼ってやり、他の痣は多すぎたので手当は諦め、消毒と絆創膏だけは擦り傷の目立つところに貼ってやった。
手当しながら「お前の部屋から何か持ってくるか?」と聞いたが、「……もうめちゃくちゃだから、いい」とのことだった。
俺のスウェットを着せてやり、離れようとすると必死でしがみついてきたので、「メシ作ってくるから待ってろ」と頭を撫でたら、しぶしぶ手を離した。
レトルトの米をチンして鍋に入れ、青ネギ、玉ねぎ、卵に麵つゆで味付けをしておじやを作った。
「ほれ、とりあえず食え。右で噛めよ」
と言ってよそってやり、俺も自分の分をよそって食べた。
ビッチもスプーンを手に取り、のろのろと食べ始めた。
「いたっ」
と言って左頬を抑えるので、
「だから右で噛めっていったろ。アホ」
と言ったら、
「ひどい」
と答えて少しだけ笑った。
そしてさらに二口、三口と食べ、「おいしい……」と言い、またべそべそ泣きながら食べていた。
俺は「だろ?」とだけ答えて自分の分を食べきった。
◆◆◆
午後11時。
同じベッドに2人で横になり電灯を消した。
ビッチはすぐに俺の腕にしがみついた。
「……今日はしないの?」
「アソコをケガしてるやつにするかアホ」
「……お尻でもいいよ?」
「ケガ人は寝てろ」
「看護師さんみたい」
「看護師だ」
くすくすと笑い声が聞こえて、俺の腕を抱える力が強くなった。
足を絡めて体を擦り付けてくる。
「ちょろい女だな」
「……そうだったみたい」
ビッチが部屋着ごと俺の肩を甘く噛んだ。
俺の肩におでこを押し当て、甘噛みを繰り返す。
「ヤンデレかよ」
「ヤンデレビッチだよ」
「自覚はあるのか」
「うん」
「ビッチは嫌いだ」
「……じゃビッチやめる」
「ヤンデレは続けるのかよ?」
「……んー。続けるかも。嫌いになる?」
「元から好きじゃない」
「……金髪止めて、ピアスも外すよ。タトゥーはシールだからすぐ消えるよ。他はどうすればいい?」
「ヤンデレだなあ」
「乙女心だよ」
「まだあったのか」
「蘇ったんだよ。看護師さんのおかげで」
「看護師すげーな」
またくすくすと笑う。
「ね、バカ女のつまんない昔話、していい?」
「どうぞ。つまんなかったら寝るから」
「うん。ありがと」
無敵かよ。
ビッチはお構いなしに話しはじめた。
「……アタシ、大学に入ってからすごくモテるようになったの。しょっちゅう告白されて、食事に誘われてさ。イケメンから綺麗だってたくさん言われて。お酒飲んで気持ちよくなって、エッチして気持ちよくなって。ふわふわーってしてたら、エッチの現場を高校からの初めての彼氏に見られて、振られちゃった」
あの彼氏さんね。
こないだ可愛らしい子と歩いてるの見かけたな。
「すごいショックだった。アタシ、何やってるんだろうって思った。でももう、彼のもとには戻れないってことだけはっきり分かった。すごく彼を傷つけた。だからアタシも傷つかなきゃって思った。そんなことしたって、絶対にもう戻れないけど。謝ることすら自己満足でしかなくて。私の姿を彼に見せることすら許されないって思うけど。アタシがアタシを傷つけたかった」
肩が濡れて冷たくなってきた。
「髪を染めて、厚化粧して、ピアスして、タトゥーは怖かったからシール。半端だね。そんな女に寄って来る男はクズばっかりだったから、いっぱいアタシを傷つけてくれたわ。イケメンにも、おっさんにも、お金もらって、抱かれて、振られて、殴られて。隣に住んでるブアイソなお兄さんも、クズを見る目でアタシを見てくれた。でも最近はそんなのにも慣れちゃって、もうウザいなってしか、思わなくなってたんだぁ。『はい次ー』ってね」
おっといきなり俺くん登場。
「ずっと具合悪くて飲みすぎかなって思ってたら、急にお腹痛くなって、自分の部屋の前で倒れたの。昨日も言ったけど、流産しちゃったのね。酒か、セックスか、暴力か。全部かな、原因は。妊娠にも気づいてなかったんだけど、アタシなんかに子供が生まれなくてよかったって思ったから、申し訳ないけど、次のお母さんのところで幸せになってねってお祈りした。んでウケるのが倒れた時でさ、お隣のブアイソお兄さん、倒れてるアタシを跨いで無視して行っちゃうの」
げ。意識あったのかよあんとき。
「もうね。マジで。最高って思った。これがアタシへの普通の人の評価だって思ったわ。落ちるところまで落ちたら、こうなるんだって。大切な人を裏切るクズには、これがお似合いだって、思ったの。だから退院してから両親に全部話して、あなたたちの娘はクズだから勘当してくださいってお願いした。でも、『どんなにクズでも娘には違いない。できれば大学には通って欲しいけど、無理はしなくていい。いつでも帰って来い。孫の顔は見せに来い』とかいうの」
いいご両親だな。だからこいつも距離を置きたかったんだろうけど。
「どうしたらいいか、もう全然分かんなくなっちゃって。街をふらふら歩いてたら、明らかヤバげな人に、AV出ないかって声かけられて。あのスカウトの人って見る目あるよねえ。OKしてついてったんだけどさ、土壇場で両親に迷惑掛かっちゃうって思って、怖くなって逃げちゃった」
マジか。ひょっとしてヤ〇ザにやられたのかこいつ。
「着の身着のままで逃げ出しちゃったから、バッグ持ってこれなくて、鍵も携帯も財布も無いから、部屋の前で、何をする気力も出なくて、途方に暮れてたの。なんかすごい勢いで雪は降ってくるし、寒かったー。このまま凍死かなーって思いながら目を閉じて。目が覚めたら体がうまく動かなくて、あったかくって、知らない部屋で、男の人が近くで寝てて。何これって思って混乱したわー」
お、知ってる話に繋がった。
「で、ブアイソお兄さんのブキヨウな優しさにあっという間にほだされて、お兄さんに惚れたヤンデレクソビッチが出来上がりましたとさ。まる」
「端折ったなー」
「恥ずかしくなってきちゃった」
「乙女じゃあるまいし」
「乙女ですー」
「『アタシをレイプしたの?』」
「ごめんなさい」
「『嘘よ、したんでしょう』」
「お尻で勘弁してください」
「体で払うって思考がもう乙女からズレてるんだよなあ」
「もうお兄さんにしかさせないから、許して?」
「なら分かった。許す」
「ぇ……ぅ……お妾でもいいよ?」
「考えとく」
2人以上養うような甲斐性は無いわ。アホ女。
「しかしそうか。今日みたいのが続くとなると、引っ越すか」
「……ごめんなさい」
「謝んな」
それきり黙ってアホ女の頭を少しだけ撫でてやった。
肩に頭突きしてきてお代わりを催促されたが、無視して寝た。
◆◆◆
午前10時。
JRの特急に乗り込み指定の座席に座る。
じゃんけんに勝ったアホ女が窓際だ。
旅行鞄を棚に乗せ、駅で買ったパンを食い終わったらヒマになったので、タブレットを取り出してイヤフォンを付け、ブラウザを立ち上げる。
「また自分の女放っておいてVTuber見てるし」
うるせえなあ、窓から景色眺めてろ。
勝手にイヤフォンを片方取って、べったりくっついて一緒に見始めるアホ女。
長かった髪はセミロングになり、染め直した髪は金髪から明るい色合いの茶髪くらいになっていた。
タトゥーシールはアルコールで拭いたらすぐ取れた。
身体のピアスは、俺の好みで一部残した。
「船長よりアタシが可愛い」
「何様だテメエ」
「今度この服着て見せるね」
「それは頼む」
いつも通りのゆるい会話が、いつの間にか心地よいと感じるようになっていた。
俺に寄りかかる細い体が暖かい。
茶髪をそっと撫でる。
金髪じゃなくなったこいつは、もう会えないあの女とは何も似ていない。
きっとこれは傷の舐めあい。
でもそれでいい。
どうやったって消えない傷はあって、弱い奴らにできることは、限られている。
カタンカタンと、線路の継ぎ目の音が聞こえる。
俺たちは、あの街を出て、誰も知っている人がいないところへ逃げていく。
2人で。
<終>
隣のビッチの話 広晴 @JouleGr
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