小人間

ズルロウ

短編

バシャア!バケツで上から冷水をかけられる。こうして人は物心がつくのだ。


そして大体の事を告げられる。我々が生きられる期間は2年であると。生きるためにやるべき事、生きている間にやれる事、どれも数々の行いがあるが選択の機会はほとんどない。


とりあえず、食糧を獲得する者達は人類の王の様に崇められ良い待遇を得られる。あと自身の配偶者はあらかじめ定められているとのこと。自らの何倍も雄大に存在している自然との戦いが今の人類のテーマだ。


亀が街の中心に飼われている。今の人の何代も前からいるらしい。亀は鈍重で穏やかで、見守る様に人々と自然のシンボルとして居座っている。

どうやら指名手配されているアニマルがいるらしい。そいつは山の中で狩りに来た人間を狙って獲っているとのこと、常習犯のようであだ名と被害の数と討伐計画が貼り出されていた。

危険な地域と植物も知らされている。それはアニマルよりも人を喰った数が多かった。安心して活動できる範囲は狭く、恐怖と好奇心が底から湧いてきた。

死んだ者は例の危険帯にある熱泉に消化される。骨すら残さないらしい。遺体の有効活用……を考える事は良しとしない。数が無限に膨らんでいくし、悲しみの暗い心地は寿命取りであり去る者を追うことは無い。それに、数ヵ月後の自分の姿だとは誰も思いたくもない形になる。

大地を広く見渡せる場所に来ると、街の近くにある大樹が特に目立っていた。大樹は亀よりも長い命を保っている。雲と森、太陽と地面、遠方に見える山脈、どれも壮観であり我を忘れる程見上げた。先導者は山の向こうには見もしない幸せがあると言った。俺は初めてこの世界からの祝福を受け取った気分になった。




自分の配偶者である女性と出会った。その人はどうも周りの人間とは違い、不思議な考えを持っていた。

「死んだ後、私達はどうなると思いますか?」

「死んだ後?溶かされて、何も無くなるってさ」

「その後です。いや、その前とも言えるのかな。例えば、アニマルに狩られた瞬間、谷底に落ちた瞬間、毒キノコを食べた瞬間……

今、色んな想像をしたけどそれもその瞬間に食べられたり、砕けたり、蝕まれたりするのかな?」

俺は何を言っているのか理解できなかった。その人は死後に何らかのサプライズがあると語った。生まれつき思考が良く、「智者」の職に就いていた彼女は色んな事を知った後、「神」という存在に気付いたのだと言う。


「2年という期間は余りにも短い」

人間以外に、人間のように頭が良い生物はいないらしい。彼女は人類の将来の予測を描いていた。大樹のように大きく、頑強な家…収穫の周期が途切れない、多彩な農園…硬い体と俊敏、屈強さを持つ新たな人類……

それと同時に、それらが「自分が生きている間に実現し得ない」という事実に襲われた。彼女はそれは不合理だと述べた。世界にある数々の現象と、それを観測し別の物を組み立てられる人間の思考、その二つは無限の可能性を持っている。彼女は、人間のどこにそんな機能を収容できるのかが気になったので人間の解体研究に参加した。結果、人体は世界にある物の種類と同じくらい複雑で難解だったのでこれの解明も実現し得ないと分かった。結論として、「不合理である」と。


率直に言うと怒りが収まらないらしい。しかし何に対して怒ればいいのか分からなかったし、怒りか失望か悲しみか悔しさか絶望かも判別がつかない、狂乱の状態に陥ったという。自分はその感情も理解できない。「智者」の話はあまり聞かないが皆こうなのか?

彼女は怒りが頂点に達したかのような時、その矛先が「神」に向かっていると気付いたのだ。

「見えないし感じられない存在を識ったのです!つまり私達は神に支配され、試されている!私達はここでの生を終えた後、新たな世界へ向かうのでしょう。人間の思考は引き継がれ、新たな身体を与えられるのです!」

俺は「へぇ」と言った。これは毒であると思った。この女の言う事を聞いていると変な気分にさせられる。明日にも仕事があるのにこの話のせいで不調をきたしたらどうしてくれる?

「そうなると亀や大樹なんかを信仰する必要もない。人間の思考と神だけが人類を超越、世界を超えるものなのです!」

「俺には分からん話だ、それじゃ……」

「既に多くの智者の賛同を得ています。この件はもうすぐ街全体に広められ、誰もが神を識ることになるでしょう。人々の生活が一変するかもしれません。あなたも変わるかもしれませんね。」

「じゃあ、俺は長生きの術を編み出そうかな!」

毒への精一杯のカウンターだった。彼女は驚きとも嫌悪とも失望とも取れるえも言われぬ表情をして話し終えたのかその後は黙っていた。




────数万年後


「完成した。これが『長生』だ。」

俺はある漫画を描き終えた。「長生」の命を持つ人類の話だ。そこには2年で天寿を全うする人間はおらず、全ての人々が色んな可能性を実践でき、多彩な技術が発達して自然との戦いは決着がついたようで、人間が独自の想像力を存分に発揮していた世界がある。




「駄目だね、こりゃあ」

「はあ……君はこの一年間、何をしてたのか?まあはっきり言うとありきたり、新鮮味がない、そういう所だよ。」

「君一人の勝手な感性と勝手な経験で作られたものなんて、たかが知れてる。」

「僕たちが如何にして作品を作っているか知らないわけじゃないだろ?ちゃんと人類として培った『生産ライン』があってね。」

「会社の理念と計画と技術、それらから成るラインの引き継ぎ、人類としての生産方法が…画期的で、ドラマの要点を押さえて、人々に愛される作品を創り出す。まあ確かに外部の人間がゼロから作ったものと我々のものとで競争させるのは酷な話だけど。」

「まあ、慰めるならここに生まれなかったことが悪いと言おう……」

「しかし、君はもう時間が…無いのでは?」

「…愚かな人だ。まあ、君だけじゃないさ……」

……


世界には、もはや原始の姿は影も形も無かった。

「引き継ぎ」の理念はあらゆる宗教、国政に適用され様々な形を持ちながらも皆同じ結果を得ていた。そしてそれは人類を自然との戦いに完全に勝利させ景色を一変させた。世界に遍在する無限の可能性を超え、人はミクロな物体に有限を見出した。


「間違っていたんだ」

「どうすればよかった?」

「どうして…こうなった?」

しかしもうどうでもいいことだ。直に死に至る。体毛は色素を失い、皮膚は皺くちゃになり、体は動かせず眼も見えなくなっていく。これが老衰である。


「俺も…誰かが引き継いでくれるのか」

「俺の…失敗を……しかし、そんなものは…」


「掃き捨てる程に価値がない」




────

「大人間」は売れた。寿命を扱った話は古典的で今でも大量に作られるようなものだが、それは人々に受け入れられ易いとも言えるのかもしれない。

「大企業には作れない独特さ」

「一人の人間の貴重な結晶」

「やはり、既存作品との違い」

批評家はそんな風に言っている。実のところ、何故売れたのかの確実な根拠は明確になっていない、イレギュラーである。またこの研究を引き継ぐ必要がある。つまり…


「私は間違えるために生きたのか?」


動かない体がそれが結果だと教える。一度突っぱねた事に対する非難を受けながら私は老衰を迎え死に至る。

これが最期?

「いや違う……」

「人類が語っている、これは最期ではないと。」

「私は引き継がれる…次の人間へと」

これは最期ではない…

私は引き継がれる……次の人々に


失敗した人間として




────


バシャアと水をかけられ人として目覚める。目の前には生まれたばかりの自分とは似ても似つかない人間がいる。


「ようこそ…人類へ。」









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小人間 ズルロウ @Rousan

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