おきつねさまとお目付け役

紫はなな

 空から見下ろすと、川が無数にわかれる、一本の大木のよう。あのあずまの国を一面花畑にしたいの。


 ほら、桜の木のようでしょう?


 東にふさわしい、春爛漫としたお国にしましょうね。


 




 ──そんなおとぎばなしのような睦みごとの先で、私の故郷は滅ぼされた。




 神と人が近しい御代ごだい

 海にかこわれたその陸地では、神がそうと決めた国に、神はそうと決めた血をあつめた。

 たとえば南は、雄々しく。北は、鬼々しく。

 そして、すべての国々の架け橋であるようにと、創られたちいさな首都が、御都みとと呼ばれる中立国だった。

 御都の中心点には、人が決して絶やしてはならない血、神の血を継ぐ、天子てんしの住まう内裏だいりがある。


 私は御都の八代目天子、弥嵩帝みかさていの寵妃として、後宮に華を添えていた。


 世に遺した呼称は、雷鳴かんなりの中宮。


 御都に雷が落ちる日、帝はかならず中宮の胸でお眠りになられる。見ていられないほどのご寵愛ですこと、などと言われていたのは、たった五年のことだ。


 病の痛みに困しむ死の床で私は、お付きの女房にょうぼうから淡々と、故郷の滅亡について聞かされていた。


 国に御都の軍兵ぐんぴょうが放たれたのは、三日前。川に沿い、建てられた舟屋に火の矢が降り注ぎ、炎にまかれていく様子を、城主である父上と母上は兵に抗うことなく、川上から見ていたという。

 にぎわいをみせた街と人々は焼け焦げ、煙となりくすぶる。そのすべてを見届けさせてから、斬首されたのだと。


みかどはそれを、許したというの」


 私のそのひと言は、女房の視線を外へ泳がせた。

 民の視線を吸い寄せる、月より明るい、後宮の灯り。


玉藻姫たまもひめのためならば、帝は国などいくつだって、滅ぼすことでしょう」


 大陸から渡ってきた身寄りのない娘、若藻わかもが下仕えとして後宮へ入り込んだのは一年前のことだ。帝に見初められ女官となり、その半年後には殿舎でんしゃが与えられた。

 その名も、玉藻の大殿おとど

 帝は晴れていようが、雷を落とされようが、その豪奢な殿舎へと毎夜のように通われている。

 女房は言った。


「この病は東から風にのってくる。国を燃やし尽くさねば、御都へ被害がおよぶのだと、玉藻姫は帝を言いくるめた。焼き野原には種をまき、花を咲かせ、美しく彩りましょうと、耳を疑いたくなるような綺麗ごとを吐いて」


 歯噛みする彼女の顔には、見るにたえない湿疹がひろがっている。


「更には、嫉妬に狂った姫さまが、わざと病をひろめたのだと嘘偽りを述べ、すべての責任を私たちに押しつけたのです」

「では、やはり宴の際に」

「はい。姫さまの御座だけに、病の種が撒かれていたのでございましょう」


 病は目で見えないが、触れれば火傷のように紅くただれ、やがて内を蝕み、腑を壊し、七日で死をもたらす。今日でちょうど七日。雷鳴殿のほかの女房や下仕えたちはすでに奥の間で、白妙に包まれ眠っている。

 悔やんでも悔やみきれない。


「私ひとりが毒を盛られるならまだしも、あなたやお国までも、巻き込んでしまうなんて」

「ご自分を責めることだけはおよしください。元凶はすべてあの、玉藻姫なのですから」


 流れ星とは異なる、激しい灯りが夜空をよぎる。

 女房はやわらかく笑った。


「共に参りますので。どうか姫さまは安らかに」

 

 その夜、故郷を燃やした同じ火の矢が、御用邸へと放たれた。

 女房の背後で白い几帳が溶けるように燃えていく。

 彼女のふるえた手を取るが、その肌にも紅くただれた湿疹がひろがっていた。

 仙女の白さと謳われた、東の肌が。


「ごめんね?」


 あなたは、ときの中宮の女房として、華々しい宮廷生活を送るはずだったのに。

 療養にと放り込まれた御用邸は、雨よけにもならないあばら屋。

 火の移るはやさも一瞬のことで。


 足から焼け焦げるのを感じながら、静かに涙をこぼした。


 私がなにをしたというのだろう。

 天子の母となるために育てられ、望まれるがままに参内し、中宮となったあともその位に恥じぬ振る舞いをしてきたつもりだったのに。


 待っていたのは凄惨な、死だった。


 肌を焦がす痛み、肉の焼ける匂い、気道の炎上。呼吸がとまり身体が溶けても、終わらない激痛への混乱。

 やがて訪れる冷静と孤独──。

 私の御魂は延々とくすぶる地獄のうずめ火となり、現世に灯りを点し続けた。

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