プロポーズ×プロポーズ

すずみ あきら

プロポーズ×プロポーズ

 彼との出会いは、友達と行ったゲームセンターだった。

 大好きなプーさんの特大ぬいぐるみに一目惚れしてしまった私は、クレーンゲームと格闘すること一時間以上。

「もう諦めたほうがえぇんちゃう?」

「いや……あと一回、あと一回だけ……!」

「それ三十分前にも聞いたんやけど……」

 軽いため息をついて友達は暇つぶしに何度目かわからないゲームセンター内散策に出て行ってしまう。

 申し訳ないと思いつつも、プーさんへの情熱には敵わない……というか投資金額はもう引き返せないところまで来てしまっている。

 五百円玉を二枚消費したところで友達が戻ってきた。見知らぬ男性を連れて。

「助っ人るれてきたでー」

 大学生だと思われる男性がどうやら助っ人らしい。右手に持っているビニール袋の中には赤いきつねと緑のたぬきが大量に詰め込まれていた。たしか二階のクレーンゲームには食品が景品とされていたから、おそらくそれだろう。

「いやな、このお兄さんめっちゃクレーンゲーム上手いねん。せやから思わず声かけてもうた」

 友達のありがた迷惑な行動に絶句してしまう。

 ゲームセンターにいる見ず知らずの男性に声をかけるなんてナンパの口実を与えているようなものだ。なんて面倒なことを。

「すみません友達が無理って。自分でなんとかするんで大丈夫ですから」

 この男性にお引き取り願おうとする。が、残念ながらその願いは通じなかった。

「いや、いいですよ。これなら二回くらいで取れそうですから。もちろんお金はあなたのを使わせてもらいますけど」

「いや、本当に大丈夫――って勝手になにやってるんですか!?」

 男性は積み上げられた百円玉を二枚投入し、勝手にゲームを始めてしまう。

 もしこのあと誘われたら何としてでも断ろう。それでもダメだったら友達をスケープゴートにしようそうしよう。連れてきたのは私じゃないし、客観的にみて友達のほうが可愛いし、男性も目当てもきっと友達だ。そうじゃなきゃ声をかけられても無視するに決まっている。だいたい一時間以上もクレーンゲームと格闘しているようなイタイ女なんて私が男だったら願い下げだ。

 などと考えていると、目の前にプーさんの特大ぬいぐるみがあった。

「はいどーぞ」

「あ……」

 受け取ったぬいぐるみは想像以上にもふもふしていて、触っているだけで気持ちいい。幸福感に包まれている中、理性は冷静に仕事をしていた。曰く、お礼を言ってすぐさまその場を立ち去るべし。私はその提案にすぐさま従った。

「ありがとうございます。それじゃ私たちは――」

「じゃ俺はこれで」

「兄さんありがとなー」

 男性は床に下したビニール袋をもってさっさと行ってしまった。


 そして時は流れ……

「で? マルちゃんといつ結婚するん?」

「さーねー」

 前々から行きたかったカフェでドリンクを飲みながら、私はおざなりに答えた。

 プーさんをとってくれた男性のことを友達が勝手にマルちゃんと呼んでいるだけで本名ではない。よほど赤いきつねと緑のたぬきが印象的だったらしい。

 彼とはあのあと大学の構内でばったりと会って、一個上の先輩だったと発覚。改めてお礼を言い、なぜカップ麺を大量GETしていたのかと友達が質問をしたことで会話に花が咲いてしまった。

 彼はいわゆる苦学生で学費以外の生活費を自力で稼いでいるらしい。食品を百円で大量に仕入れられるので、ちょくちょく利用しているそうだ。

 そんなこんなで気が付いたら付き合っていた。

「さーねーって、もう五年やんか。うちら今年で二十六やで? 来のこと考えてへんやったら区切りつけなあかんと思うで?」

 そういう友達は一年から二年のサイクルで彼氏が変わっている。なんでも結婚相手を厳選しているとかなんとか。モテる女は選択肢が豊富でうらやましい限りだ。

「これでも結婚したいアピールはめっちゃしてるんだけどねー」

「それ脈なしちゃう? 明後日の婚活パーティー、まだ申し込み間に合うはずやったと思うけど一緒にいく?」

「行かないし。結婚したいって言ってるじゃん」

「マルちゃんはどう思てるかしらんけどな」

「う……」

「でもうちは好きやで、あんたの好きになったらとことんゆう性格」

「……それはどーも」

 特に意識しているわけではないけど、狭く深くというのが私のスタンスだ。

 五歳の時から今に至るまでプーさんが大好きだし、友達も片手で数えられるくらいしかいない。当然、彼氏もそうだ。遊びで付き合っているつもりはまったくない。

「一途なのはえぇけどな。ときには決断も必要やで?」

「決断かぁ」

 決断ってなんだろう?

 スマホを取り出して検索してみたら『意思をはっきり決定すること』とでた。

 意識ははっきりしている。彼とと結婚したい。

 でも彼はプロポーズしてくれない。

 ……。

 …………。

 ………………プロポーズしてくれない……?

「あれ……、なんで私プロポーズ待ってるんだろ」

「そらプロポーズは男からするもんやからやろ?」

 友達の言葉を右から左に聞き流し、改めて検索する。

 キーワードは『プロポーズ』『女から』。

 検索結果に現れた言葉に思わず目を見張った。

 逆プロポーズ。

 馴染みのない言葉だ。違和感しか覚えない。

 世間一般的にプロポーズが男用の日本語だからだからだろう。

 看護婦が看護師と変わったように、あと五十年もすればプロポーズも男女共用の日本語に変わるだろうか?

 はたまた、主夫や育メンのように女用の日本語が生まれるだろうか?

「……決めた。彼がプロポーズしてこないなら、私からする」

 社会のイノベーションなんて待っていられるか。

 私はいますぐにでも私は彼と結婚したいのだ。


 緑のたぬきを啜る。

 美味い。やはり飲んだ後はラーメンではなく蕎麦だ。間違いない。

「好きだねぇ、それ」

「大学時代からお世話になってるからな」

 スマートフォンの画面には高校時代からの親友が呆れ顔をつくっていた。

「で? いつプロポーズする気よ?」

「おまえには関係ないだろ?」

「いやいや、関係なくなくね? 最近プロポーズしてアピールがハンパないんだけどどうしたらいいとか、婚約指輪ってどこで買うのとか相談してきたのって誰?」

「仕方ないだろ。社会人として上司の誘いは断れないって」

「限度ってもんがあるだろ。毎日とか異常じゃね? しかも割り勘とか。人としてどーよその上司?」

 そうなのだ。おかげで結婚指輪の費用がまったく貯まらない。

 そういえば、彼女と結婚しようと決意したのはいつだっただろうか。昨年のクリスマスだったか……あ、いや交際記念日だったような……。

「逃げられるぞ?」

「いやいや、それはないだろ」

 別れる? あるだろうか? 想像できないし、できれば想像したくない。

「そうか? 例えば……最近いつ会った?」

「三週間前かな」

「連絡は?」

「ちょいまち、いま履歴を………………」

 スマートフォンを手に取って、問題はそこじゃないと気が付いた。

 履歴を見ないと分からないほどに彼女と連絡をとっていないのだ。

 ……なにこれまずくね?

 いつからこんなことになった? 

 思い出したのは三週間前。最後に会ったときからだ。それまでは毎日、一行でもLINEのやり取りはしていた。なぜ連絡が途絶えたのか。それは単純にして明快。彼女から連絡がこないからだ。思えば自分から連絡をとったことはほとんどなかったような気がする。

 そして思い出される彼女との会話。たしか、友人と結婚の話になった、とか言っていたような気がする。『結婚』。重要なキーワードだ。あと、クリスマスプレゼントに何が欲しい、とも。

 彼女の言葉を信じるならば、少なくともクリスマスまでは別れるつもりはない……はずだ。逆にいえば、クリスマスがラストチャンス。

「助かった。俺、明日から上司の誘い断るわ」

 クリスマスまであと三ヵ月。俺は極貧生活を決意する。


 クリスマスイブ。二人はコンラット東京の二十八階にいた。それも窓際の特別席である。

(予約をとった私が言うのもなんだけど……、緊張で味がわかんない……)

 それどころか、いま食べている料理名すら覚えていなかった。

 しかし、勿体ないとは思わなかった。豪華なディナーや素敵な夜景は本日の主役ではない。これらは逆プロポーズの成功率を上げるための舞台演出なのだ。

(いったい彼女はなにを思ってこんなところを……)

 彼も料理を楽しんでいられるような心情ではなかった。

 プロポーズの舞台を選んでいたところ、彼女からクリスマスディナーの予約をとったから、と連絡が入ったのだ。

(まさか最後の思い出に……?)

 思い返せば、今日会ったときから彼女の様子がおかしかった。緊張しているような、会話が微妙に嚙み合わないようなギクシャクとした感じ。

 いやな想像を振り払うかのようにデザートを口に運ぶ。

 食後になり、二人の会話が途絶えた。

 彼女は何か言いたそうな素振りであり、彼もまた同様で、お互いに視線を交わしてはどうぞどうぞと譲り合った結果だ。

「あの……っ」

「あの……っ」

 意を決した言葉が重なり、二人は再び沈黙を落とす。

「先にいいよ」

「いや、お先にどうぞ」

 三度の静寂。

 状況打破の提案をしてきたのは彼女からだった。

「なら、一緒に言わない?」

「分かった。一、二、三でいこう」

 彼女が厳粛にうなずいた。

 そして三秒後。

「結婚してください」

「結婚しよう」

 今度の沈黙は優しく、幸せに満ちたものだった。

 お互いの顔と差し出されたプレゼントに視線を往復させて、プッと吹き出す。

 ひとしきり笑いあった後、二人の視線が改めて交差する。

「喜んで。私をあなたのお嫁さんにさせてください」

「こちらこそ喜んで。一緒に幸せになろうな」

 店をあとにして夜風に吹かれながら彼女がふと呟いた。

「はぁ、安心したらお腹減っちゃった」

「だよなぁ。ちょっとこれ量少なすぎだし」

「どーしよっか。この辺で店探す?」

「ならさ、うちで緑のたぬき食べてかない?」

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プロポーズ×プロポーズ すずみ あきら @suzumi_akira

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