第21話 決勝戦-延長戦②-


9回裏。



今日三度目の3番からの攻撃。


ランナー2塁には光、1塁には天見さんがいた。


そして、3イニング目に突入しても前橋さんがマウンドにいた。




光はこの回に勝負を決めようと思っていた。


かなり危険だと分かっていても、やらないと負けると思い、初球単独スチールを試みた。



花蓮も警戒はある程度していたが、思い切りよく初球からいきなりスタートしてきた。



「走った!!」



樫本さんは光が走ってきたことをいち早く察知して、大声でキャッチャーに呼びかけた。



ボールは右打者のアウトコース低めに来ていた。


バッターはキャッチャーの邪魔のためにアシストスイング。



そのスイングをもろともせずに、サードへ矢のような送球。





「セーーフ!!!」



「くっ。盗塁も上手いのか…。」



タイミングはかなりギリギリだったが、光の無茶な3盗は成功した。


ノーアウト1.3塁の大チャンスが訪れた。

1点取るにはこれ程のチャンスはなかった。



内野ゴロでも、スクイズでもとりあえずフェアゾーンにボールを転がせば光はホームへ突っ込んでくるだろう。



そして、選択した作戦は…。




「一塁ランナーの天見さんがスタート! ただ、だいぶスタートが遅いぞー!キャッチャーが2塁へ送球!3塁ランナーの東奈さんそれをみてホームに突っ込む…。いや、突っ込むふりだけで3塁へ戻ります。」



1塁ランナーを囮にして、3塁ランナーをホームに突っ込ませるというトリックプレーを仕掛けようとしたが、1点が重要な場面でこのトリックプレーに花蓮が引っかかって来るわけなかった。




「ボール!フォアボール。」



花蓮女学院は満塁策を選択してきた。



スクイズをしてくると読んでいた花蓮は、スクイズでも守りやすいように満塁にしてきた。




「投手交代のお知らせをします。ピッチャー前橋美里さんに代わりましてピッチャー藤沢美智瑠さん。」




ここでやっと来たかという感じだった。


抑えの藤沢さんがこのノーアウト満塁の最大のピンチで登板してきた。



3塁ランナーの光は実際にマウンドに上がった藤沢さんの投球をじっと見ていた。


投球練習では、カーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップ、ストレート、ストレート。


どのボールも横から見ていた分には、先発の武石さんとそんなに変わらないボールを投げているように見えた。


それでも空振り率がチームでダントツで高い理由は、ボールにキレがあると言われているが果たしてどうなのだろうか?




「キレねぇ…。こればっかりは打席に立ってみないと分かんないし、一年生達に期待しようかねぇ。」




満塁なったことでスクイズがしづらくなった。



2.3塁ならホームに突っ込んだ場合はホームはタッチプレーになるが、満塁だとフォースプレーになる。



フォースプレーはベースを踏みながらボールをキャッチした時に、アウトになるプレーのこと。



ピッチャー前に転がしたとしても、捕ってからホームに送球して、キャッチャーが捕ってからタッチしに行くまでのプレーが省かれてしまう。


キャッチャーが捕ってからタッチするまでの、少しの時間が無くなるだけでも全然成功率が変わってくる。



4番ショートの川越さんはスクイズをせずに強行しにいった。


かなりのスクイズ警戒シフトを敷かれていて、スクイズはほぼ成功しないと思ってもよかった。



縦に曲がるスライダー、横にスライドするスライダーを投げて、最後には123キロのストレートを外角いっぱいに投げ込みんで、空振り三振に打ち取られた。





5番バッターは、ワンボールワンストライクから一か八かスクイズをしに行った。



光はピッチャーが牽制してくる様子がないのを確認して、ホームスチールの様なタイミングでスタートした。




パシィン!




バッテリーはスクイズをして来ることを察知して、大きくボールを外した。


3塁ランナーの光はスクイズ失敗を確認したが、3塁へ戻ることなくそのままホームに突っ込んできた。



スクイズというよりも光がホームスチールを仕掛けたという形になった。



キャッチャーは3塁へ戻ろうとしない光の走塁を見て、大きく外した位置から急いでホームへ飛び込むようにしてタッチしに行った。



光はそれを視界にとらえながらも猛然とホームに突っ込む。




「………。」








「ア、アウトォォォーー!」





本当にセーフでもアウトでもどちらでもいいようなタイミングだった。


角度によってはセーフにも見えたが、高校野球にはプロのようなリクエスト制度がない。



1度アウトと宣告されればセーフと覆ることは無い。



光にしては珍しく、少し土が被ったホームベースをじっと見てその場を動かなかった。




「せ、先輩…。」



「あ、ごめんごめん。失敗しちゃったね。気合いでホームランでも打ってきて!」




明るく答えるとユニホームについた土をパタパタと落として、バッターのおしりを強めにパシッと叩いた。




光はヘルメットを脱いで、そのままベンチにゆっくりと歩いて戻ってきた。




「ナイスガッツ!」


「まだまだ試合は終わってないぞ!」


「次の回も抑えてくれよ!」



光はこの試合誰よりも必死に、ランナーとして1点を取りにいく姿勢を見せていた。


ピッチャーとしてもまだ相手にヒット1本も与えないという投球を披露していた。



その姿に観客達が心を打たれて、光に大声援を送っていた。




「東奈先輩、惜しかったですね!あれセーフだと思いました!疲れてないですか?飲み物持ってきましょうか?」



「それじゃ1杯だけ貰おうかな?」



汗を拭きながら、スパイクの紐を1度解いて、解けないようにもう一度ギュッと結び直した。



「ありがと。」



結び終わるのを待っていた1年生が光にスポーツドリンクを渡す。


それを飲みながら、さっきのプレーを思い出していた。



スピードが落ちないように勢いそのまま、足からスライディングして、相手のタッチよりもほんのわずかにホームベースに到達していた。



あまりに勢いがありすぎたのか、地面の土を少し蹴りあげてしまい、自分が滑り込んだ所に少し土が被ってしまっていた。



ホームベースにかかる土を見て珍しく後悔していた。



あれは本当ならセーフだった。


それでも、ヘッドスライディングなら土を蹴りあげることもなくセーフ判定を取れたのではないかと。



クロスプレイになって、もし指を怪我したとなるとそれこそ本当に終わってしまうと思って、足からスライディングを選択したのだった。





「ストライク!バッターアウトッ!」



ノーアウト満塁のチャンスだったが、三振、スクイズ失敗、三振で9回表の攻撃を終えた。




9回裏。



光がここまでシンキングファストを投げていることは、もう向こうには伝わっている。



甘い球と見せかけて、シンキングファストで内野ゴロに打たせてとるのは難しいと思っていた。



しかし、光はそれさえも読んでいた。



相手は勿論バントの構えをしてきた。



城西はサードとファーストが相当前で、まさかのレフトがサードのポジョンを守り、センターとライトも外野とはいえないような位置を守る超変則シフトを敷いた。



光が投げる度に、ファーストとサードとピッチャーが相手のバッターの1m前くらいまで圧をかけるようにダッシュ。



3人で繰り返し、ボールがバットに当たった瞬間ボールを捕球出来るような位置を取っていた。



これは相当プレッシャーがかかる。


変にフライをあげればすぐさまキャッチされて、セカンドかファーストに送球されてあっさりダブルプレー。



1.2塁場合サード送球した時にフォースプレーなので、セカンドランナーはかなり大きくリードを取らないと3塁でセーフになるのは難しいため、ある程度成功するのを前提で大きなリードを取る。



それがわかっていたら、バントの構えのからヒッティングに変えて打ちに行くバスターという作戦もある。



そもそも本気の光の投球にいつも通りの構えで、バットに当てるのも困難な状態なのだ。



そんな状態でバスターなどやって、空振りやファールを打たされて、ツーストライクを取られるとそこからバントをするのも難しくなる。




「絶対に外野になんて飛ばさせないし、バントも成功させない。」




自分の持っている投球能力の全てを使い始めた。



あんまり女子相手にやりたくないと思っていた、バントの構えをしている相手のバッターの顔付近にボールを投げ込んだ。



この様なボールのことをブラッシュボールと呼ぶ。



顔付近に140キロのストレートを投げる為、相手の腰を引かせたり、恐怖心を抱かせる。


上手く決まれば有効なボールになる。


それでもやはり相手の顔付近に投げるのはリスクが高すぎるし、1歩間違えれば取り返しのつかないことにだってなる。



それをわかっていて光達バッテリーは、フラッシュボールを駆使して抑えにいっていた。



それを利用して右バッターには顔付近から曲げられるスクリュー、左バッターにはここまで投げて来なかったカーブを投げたり、そのボールを意識させてのアウトコース低めにストレート。



全てを駆使してバントをしてきたとした6番、7番を連続バント失敗させた。


8番はヒッティングしてきたが、144キロのストレートのインコース高めにかなり振り遅れて三振した。





そして10回表。



6番からの攻撃で初球からバントしに行ったが、勢いを殺すことが出来なかった。


藤沢さんの好フィールディングで三塁送球からそのまま一塁送球で、1-5-3のゲッツーを取られた。





光とは違い、逆にバントさせて勢いを殺しにくい高めのストレートを上手く使いゲッツーを取った。



次の打者もツーシームを簡単に打たされ、スリーアウトチェンジ。



10回裏は9番投手の藤沢さんの打席だった。


バントの構えをしていたが、バントを成功させようという感じよりも、光がどんな球を投げているのか興味津々の様子だった。



ボールを見すぎてバントを空振りする始末。



というよりも、もしかしたら打撃がとてつもないくらい苦手で、抑えにされてるんじゃないかと光は少しだけ思っていた。



それを利用して、藤沢さんが構えてるバット目掛けて142キロのストレートを投げた。



バント成功と思われたが光が猛然とダッシュしてボールを取りサード送球。



サードベースにはレフトがいたのでレフトが一塁に送球してゲッツー。



1-7-3のゲッツーを取った。




「あちゃー。こりゃ監督に怒られちゃうな。」




バントを失敗してファーストを駆け抜けた藤沢さんは、あんまり反省した様子もなく独り言を呟いていた。




延長戦になってからバッテリーはここまでの投球内容をガラリと変えてきた。


速いストレートとナックルカーブやスクリューなど、空振りが取りやすいボールを使っていた。



1番打者には忘れた頃にシンキングファストを使って、セカンドゴロに打ち取った。




そして、遂に11回まで来てしまった。


8番からの攻撃で、ゲッツーさえなければ1番の光まで回ってくる。



両者ここまで0-0の完全な投手戦となっている。


城西はエースの東奈光が1人で10回まで投げきっている。


花蓮女学院は武石ー白石ー前橋ー藤沢の投手4人でのリレーでバトンを繋いでいる。



両者ともお互いに焦っていた。

その焦りはもちろん光にもあった。



光は省エネピッチングのおかげで10回投げきって91球でまだまだ投げられる球数だが、昨日は延長9回まで投げきって119球。



昨日はとにかく三振を取りまくっていたので、球数が多くなるのは仕方なかった。


甲子園も2回戦以外は1人で全ての試合を投げきっており、流石に疲労は溜まっていた。



光は自分の疲れよりも気にしていることがあった。


キャッチャーの天見さんの疲労を気にかけていた。




ここまで、基本的にストレート主体のピッチングから変化量が多いボールを混ぜたスタイルに変更した。



この試合初解禁のナックルカーブや、ほんの少ししかキャッチング練習していないスライダーやカーブまでも全て使った。



ワンバウンドする球も増えてきたが、1度も逸らすことなく体で受け止めていた。





「香織、疲れてない?」



「え?あ、はい。大丈夫ですよ。」



あまり返事に覇気がなく、天見さんはやはり疲れていた。


キャッチャーはただピッチャーの球を捕ればいいだけでなく、ベンチからのサインをみてそれを内野、外野に指示出しをしたりもする。



守備の要として、光をここまで必死にリードしてバッテリーエラーは1度もなし。


打撃ではチャンスで1本は出ていないが、準決勝のセフティーバントなど、よくここまで頑張っていた。




「はい。これ。」



光はスポーツドリンクを代わりにとって来てあげた。


自分の為に持って来てもらった冷たいタオルで、腕や顔についた土を拭いてあげてたりした。



そのまんま首筋にタオルをそっとおいて、頭をポンポンと撫でた。



「香織はここまでよくやってるよ。勝っても負けても再試合でも、今日は後2回だから頑張ろう。」



「私は大丈夫です。もちろん最後まで全力でプレーしますよ!」



力強い言葉を聞けて満足そうに、打席に入る用意をしていた。



8.9番共にランナーに出ようとする姿勢は痛いほどこちらに伝わってきていた。


だが、2者連続空振り三振でツーアウト1.2塁で光に打席が回ってきた。




「1番ピッチャー東奈光さん。」



この試合多分最後になる打席に向かっていった。


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