第10話 エラー&エラー!


コロコロという表現が最もしっくり来る位の力の無い打球が、セカンドの方へ転がっていく。



こんなにボデボテのゴロを打つ方が難しいと思いながら、光のやや左を抜けていく打球をじっと見ていた。



「あ、ヤバっ!」



セカンドの西さんがまさかのファンブルをしてしまった。




「大丈夫!落ち着いて!」



その声を掛けたのはショートの川越さんだった。



中学である程度名を知られていて実力のある天見、川越、西の3人は、キャッチャーの天見さん。ショートの川越さん。セカンドの西さんが野球で最も重要と言われているセンターラインを守っていた。


ピッチャー、キャッチャー、ショート、セカンド、センターで守備位置でいえば野球のグランドのど真ん中にいる5人は守備の要になるというのがセンターラインである。




ショート、セカンドはチームの中でも実力のある2人が守っていたが、まさかこんなゴロをファンブルするとは思わず、落ち着くように声をかけた。



全国大会の完全試合のかかった試合の守備で緊張しない訳もなく、ファンブルをしてしまったが落ち着けば簡単にはアウトに出来るプレーだった。



だが、野球の魔物はそういう焦りにつけ込み襲いかかってきてしまった。



「お、おっと!セ、セカンドの西さんが簡単な打球をファンブル!しかし、すぐにボールを拾いファーストへ送球!」



実況もまさかこんな弱い打球でエラーするとは思わず、実況の方もまさかという感じで少しタジタジな実況となってしまった。



「あーー!!!セカンドがまさかファーストにワンバウンド送球!ファーストがそれを捕球出来ずに一塁ベンチ側にボールが転々としている。」



球場の中にいる全ての人が、光の完全試合が達成されなかったことに落胆のため息が球場に響きわった。



だがプレーはまだ続いていた。ファーストがボールを逸らしたのを確認して札幌第一の俊足の一番バッターがファーストベースを蹴ってセカンドへ向かっていた。



「おお!速い!高山さん持ち前の俊足を活かして二塁に果敢に突っ込んでいく!」



ここまで完全試合の雰囲気に呑まれていたのはなにも選手だけではなく、実況解説も実はかなり大人しくなっていたが、そんな事お構い無しに実況もヒートアップしてきた。



『おー。あの子すっごい早いねー。』



光はカバーに行きながら横目でランナーを見て他人事のように足の速さを褒めていた。



光は優れた選手を見ると純粋な気持ちで尊敬できるタイプだ。


それにしてもプレーが続いてる途中なのにも関わらず、完全試合が達成されなかった投手とは思えないよう態度だった。




ファーストも完全試合がかかっていなかったら、セカンドのワンバウンド送球をギャンブル捕球しにいかなかったであろう。




「西!セカンドカバー!」



光はセカンドに指示を出したが、かなりの動揺していて足取りもフラフラとしていた。



普通ならこの場合カバーにいかなければならないが、自分がエラーをして完全試合をぶち壊したその責任と不甲斐なさと申し訳なさで目の前が真っ暗になっていたらしい。




「一塁側にボールが転々としている!キャッチャーの天見さんもカバーが少し遅れている。やっとボールに追いついた!高山さんは悠々と2塁に到達している…いや、カバーが遅いのを確認して3塁を狙っている!」



一塁送球が逸れた場合、ライトとキャッチャーがカバーに行かないといけないのだが、流石にあの打球でエラーしないと油断した為にどちらともカバーが遅れていた。



「3塁を狙った高山さんですが、カバーに遅れていた捕手の天見さんの全力のカバーにより少し2塁から飛び出す形になってしまった!すかさずキャッチャーの天見さんは二塁への送球!」



天見さんはキャッチャーながら結構足が早く、フィールディングに定評のある選手だった。



2塁ベースを大きく回って三塁に行く途中でランナーは一瞬躊躇する形になり、二塁送球してタッチアウトか挟む形になろうとしていた。




「おぉっと!!この送球は高すぎる!」





ここでまさかの天見さんの二塁送球がショートの川越さんがジャンプしても届かない悪送球になってしまった。



しかし、エラーをして呆然していたセカンドの変わりにカバーに入りに行った光が、悪送球をジャンプ一番でどうにか捕球し、空中で体勢を変えながらショートの川越さんへ送球。




「カバーに入っていた投手の東奈さんのジャンプ1番でのキャッチからのジャンピングスロー!これは野手顔負けの身のこなしです!」




このプレーには実況も大興奮の様子だった。


天見さんの二塁への悪送球を確認してまた三塁へと走り出そうした高山さんだったが、光のファインプレーにまたもや飛び出しまう形になってしまった。




「あぁ!この送球を予想していなかったのかショートの川越さんが反応出来ず、ボールにはどうにか触れたが誰もいないピッチャーマウンドの方へボールが転々とする!」




そして、また2転3転して二塁に戻った高山さんがボールが転がる方向を確認して三塁へスタートを切った。



キャッチャーは送球を逸らしたボールを一塁ベンチ付近まで取りに行っていて、カバーすることが出来ない。


ファーストも捕れなかったボールをキャッチャーと一緒に追っていた為、川越さんが落としたボールまで少し遠かったが急いで拾いに行く。




「2転3転して高山さんは三塁へ猛然とダッシュしてくる!だが、ファーストのカバーも結構早い!取ってすぐさまに三塁へ送球!これはギリギリのプレーだ!」




「アウ……セ、セーフ!」



タイミングはギリギリアウトと思われたが、ランナーの高山さんの強烈なスライディングに、サードはグラブを蹴られる形になりボールを落球してしまう。



ボテボテのセカンドゴロがまさかのエラーが絡みに絡んで三塁まで行かれたが、これくらい仕方ないかなと、ボールに一切絡んでいない外野手達はほっと胸を下ろしていた。




「ランナー!ホーム行ける!」



一塁側深い所までカバーしに行った天見さんがホームを空けて、無人となっていた。



ファーストベース付近にファーストが戻ってきていたが、ランナーの高山さんの走塁能力の高さと一瞬の判断で、早くもホームへ突っ込んで行った。



「誰かホームカバー!!」



一塁側からダッシュで戻ってきている天見さんだが、キャッチャーの防具ではいつものように早く走ることが出来ず、誰かにホームにカバーに入るように大声で指示を出していた。



その頃、ジャンピングキャッチからのジャンピングスローのファインプレーをして、グランドへそのまま倒れ込んでいた光はその行く末を見ていた。




「早くこっちボール投げて!」



ここで、ここまで呆然としていたセカンドの西さんが猛然とホームへダッシュして来ていた。



野球の塁間は約27.4m。


サードランナーはスライディングして、すぐに起き上がりホームへ突入していきている。

セカンドの西さんはサードランナーが走り始めるとほぼ同時に、一二塁の真ん中より少し前あたりから素早い反応でホームへカバーしている。



ファーストとホームに行こうとしているが、絶望的に足が遅く、早くもホームにカバーに行こうとしている西さんに抜かれていた。



サードも強烈なスライディングを食らって一瞬見失ったボールを見つけ、すぐに拾い直して一塁方向からホームに突っ込んでくる西さんに早めにボールを送球した。




「ここで、エラーの発端となったセカンドの西さんと札幌第一が誇る俊足の1番バッターの高山さんがホームまでの競争になる! 果たしてどちらがホームに早くつくのかー!」



周りから見て多分ホームに着くのはややセカンドの西さんの方が早いように見えた。



「お互いに残り約5m!どちらがホームに先に到達するのか! セカンドの西さんがほんのわずかに早いか!? 西さん、高山さんにホームに飛び込んでタッチしに行く! それをみた高山さんは少し膨らんでタッチをかいくぐるようにしてスライディングしてホームへ突っ込んでくるーー!!!」




セカンドの西さんもホームへ頭からダイビングして突っ込んできて、それを避けるように回り込むスライディングでホームに突っ込んできた高山さん。




甲子園の乾いた黒土がホーム周辺でモクモクと軽く土煙が上がった。





「セ、セーフ!!セーフ!!!」




ホームに先についてタッチしに行ったのは西さんの方だったが、俊足の高山さんは走塁技術の高さを伺えるタイミングがアウトでも相手のタッチを間一髪の所で避け、ほんの少しホームベースに触れていた。




「まさかの1プレー3エラーが絡み、完全試合どころかノーヒットノーランまでも逃してしまったー!」




「これは流石に1年生ばかりのチームでも投手の東奈さんの精神的ショックも大きいでしょうね…。このまま投手が立ち直れずに自滅するパターンもよくあるので、一番の高山さんの走塁は札幌第一にとっては大きい1点になりましたね。」




ここまで1年生主体のチームとして守備練習を相当こなしてきて、エラー自体はあるものの今回のみたいな少年野球のようなプレーは流石になかった。



エラーをした選手、全くプレーに絡めなくて目の前でドタバタ劇のようなプレーを見せられた外野手、完全試合どころかノーヒットノーランまで潰された投手。



それぞれ思うことがあるだろうが、とにかく気まずかった。


外野手は自分たちは関係ないと言わんばかりにさっさと逃げるように自分の守備位置に戻っていった。




プレーに関わったが、エラー判定が出なかったファーストもサードもほぼエラーしたみたいなものだったので、内野手は生きた心地がしない様子で、高校野球とは思えないくらいゆっくりと守備位置戻っている。



完全試合とノーヒットノーランを逃した光は、外野と内野の黒土と芝のちょうど境目辺りで下を向いて、体操座りをして動かなくなった。




「おっと、ここまで最高のピッチングを見せてきた東奈投手ですがかなりショックを受けているんでしょうか? 座り込んで立ち上がる様子がありません。」




「そうですね。ショックはショックだと思いますが、まだ試合は5-1で城西高校がまだまだ俄然有利な状況ですので、投手の東奈さんが立ち直れば試合には勝てるとは思いますが…。予選からここまで東奈さん以外の投手が投げてきていないので、ここで投手交代となるとチームの柱の東奈さんとエースとして東奈さんが居なくなると試合はまだ分からないと思います。」




テレビの前の龍も両親も流石に心配になり、テレビの前だが大きな声で応援していた。




下を向いて動かない光に対して、申し訳なさで内野手は声をかけることが出来ない。


ここで声をかけられるとしたら…天見さんくらいだった。

それに期待して一斉に天見さんの方へ潤んだ目をして訴えかけていた。




「ひ、ひ、ひかりさん…だ、だいじょうぶでしょうか?」



流石の天見さんも送球エラーをした一員として申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、1年生代表として恐る恐る話しかけてた。




そうして、涙目の光が天見さんを見上げるようにして顔を上げた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る