臆病者は学園都市で恋がしたい

いつきのひと

臆病者は学園都市で恋がしたい

 学園入学以来、誰にも明かしていない秘密を知られてしまった。


 いつも気は配っていた。誰かに見張られているつもりで生活していた。

 臆病者とバカにされる事は知っていたが、秘密を知られるよりはマシなので気にしていなかった。

 だから、学園生活の中で見破られることは今日まで無かった。



 密かに想いを寄せている娘が居る。

 一目惚れというやつだ。

 クラスも学年も違ったが、同じ選択科目を取る事で少し近付いたつもりになる程度だった。


 そんな彼女と今日、初めて会話ができた。

 舞い上がってしまったさっきまでの自分を責め立てたい。小一時間と言わず半日は問い詰めたい。


「先輩、あの、落としましたよ。」


 振り返ると、頭頂部と、そこから飛び出したひと房の髪が見えた。

 視線を落とす。入学の適正年齢とは思えないサイズの生徒が居た。

 それはいい。体格は魔法使いにとって意識するものではない。


 リボンタイも見覚えのない色だが、知っている。所属は特別学級だ。

 協調性の無い連中だとは聞くが、落とし物をその場で拾って持ち主に届ける事ぐらいはできるようだ。


 そんなことよりも大事な事がある。そう、落し物だ。私が落としたものを手に持っていた。

 人間の髪そっくりに作られた毛で覆われた帽子。いわゆるカツラ。


 俺の秘密が知られてしまった。

 学園入学以来、最大の危機である。




 年甲斐もなく女子生徒、アサヒにしがみ付いて大泣きしてしまっていた。

 お願いだ。なんでもする。ずっと臆病者と笑われていた身だ、恥など今更だ。バカにしてくれて構わない。だから明るみに晒すのは止めてくれ。


「アサヒさんから! 離れろ!」


 廊下の端で、自分よりも小さい後輩に縋る俺を見つけた女子生徒がいた。こちらが認識するよりも早く、身体強化の魔法を使ったかのような加速で突っ込んできて、俺にドロップキックをお見舞いしてくれた。

 いい速度、そしていい蹴りだ。下着が黒いのはそれが下着だと認識させない為なのか。そう思っていたのならそれは逆効果だ。肌の白さとの対比でとてもよく映えてしまっている。


 だが、パンチラに喜んでる余裕などない。ついでに年下のそれにはあまり興味はない。

 衣服の乱れを躊躇しない一撃による、本日二回目の、頭からの帽子の脱落。

 ああ、目撃者が増えてしまった。


「ナミさん、ストップ、ストップです! わたしがその先輩の落し物拾っただけですから!」

「あ、あれ? そうなの? でも、えっ?」


 様々な思いから特別学級の生徒は敵視されることが多いと聞く。

 落し物を拾ってくれたアサヒは魔法が使えないのに問題児をまとめ上げ教師からも信頼されている事を妬まれている。

 俺を蹴り飛ばしたナミは両親が魔法使いでない事を理由に差別されるのをヨシとせずにいつも衝突を繰り返す当たり屋だ。

 自分達が嫌われているという事情があったので、ナミは小さいアサヒを守る為、何の確認もなしに飛び込んできてしまったんだろう。

 一度の油断で何もかもが崩れていく。ああ、もうだめだ。





 年下の女子二人に頭髪の事情を包み隠さず話す事になってしまった。さっき恥など今更だと言ったがあれは嘘だ。とても恥ずかしい。声に出すのも辛い。


「最初から隠してたあんたが悪い!」


 腕を組んで仁王立ちしたまま全てを聞いていたナミに、そう言われてしまった。


「ハゲくらいなによハゲ! ハゲだろうがチビだろうが堂々としてればいいのよハゲ!」

「ナミさん、言いすぎです。」


 激烈に怒り散らすナミを宥めようとしている。気心の知れた仲でなければ、こんな猛烈に燃える炎のような相手を止めようなどと考えもしないだろう。小さいのになんて度胸だ。


「ハゲにハゲって言って何が悪いの!?」

「見た目いじりが嫌で今までずっと隠してたんです。泣きそうなのでもう言わないであげてください。」


 そうだ。俺は頭髪の薄さを弄られるのが嫌だった。怖かった。だからカツラを付けた。

 バレた後が怖い。笑われる。毛のない事が俺の存在価値になるのは御免だ。俺は確かにハゲているが、ハゲは俺じゃないんだ。


「でもハゲてるじゃない!」


 だから、それが嫌なんだって。分かってくれ後輩。



 ナミの激情が収まった頃合いに、改めて、何でも要求は呑むからこの事を秘密のままにしておいて欲しい事を伝えた。

 想いを告げてもいない彼女に幻滅されたくない。まだ、始まってもいないんだ。


「わたしは先輩の秘密を誰にも言いません。」

「アサヒさんが言わないなら私も言わないわ!」


 主と飼い犬のように感じたが、言わないでおく。黙っていてくれるのならそれでもう十分だ。


「それで、ひとつ提案なんですが。」

「何でもする! 言ってくれ! 何をすればいい!?」

「アサヒさんが喋ってるのよ! 聞きなさいハゲ!」


 要求を聞き出そうとした俺は、叩きつけるかのようなお叱りをナミから受けてしまった。

 数秒前に言った事を守れていない。なんだコレ。これが特別学級の生徒の本性か。


「えっと、続けていいですか?」

「いいわ。言ってやって!」


 アサヒからの提案は、魔法学園という特殊な状況なら容易に考えられる作戦だった。ずっと隠す事だけを考えていた俺にとっては目から鱗であった。


 だが、それを実行するだけの勇気は無かった。

 失敗すればただ弄られるだけだ。弄られるのはやはり怖い。


「長い間ずっと隠してたんですから、できなくても先輩を責められないです。」


 今までの経歴を否定せず、出会ってまだ一時間も経っていない相手の悩みの打開策まで考え付く。なんていい子なのだろう。想い人が居なければ惚れていた。

 この後輩の雰囲気はもはや母と言ってもいい。そうか、これが母性か。年上をダメにする女とはこんなにも危険だったとは。

 これが特別学級の生徒の本性なのか。恐ろしい、恐ろしすぎる。


 穏やかなまま別れたので、ナミの下着を見てしまった事は心の中に留め置いた。

 せっかく鎮火したものを蒸し返す理由はどこにもない。




 一週間後、アサヒからの提案を実行した。

 俺は特別学級の生徒がやらかした実験の失敗に巻き込まれ、命に別状は無かったが頭髪が消失してしまう。

 そういうシナリオだ。


 失敗の誹りを被る事になるが、元から評判が悪い特別学級ならばその程度は屁でもない。

 用意したハゲ薬の効果を確認する人物はいなかった。やはり誰もハゲたくはないのだ。


 被害者として同情を誘えば、外見で弄られる事はないだろう。アサヒが言う筋書き通りになった。

 俺のハゲを笑う者はもれなく白い目で見られる事になり、いつしか臆病者という呼び名も消え失せていったのだ。



 そこからさらに一週間で、俺は想い人とも急接近するに至った。

 人生の急降下が大逆転に繋がった。運命とは本当に先が読めない。

 相手は目の前で俺の言葉を待っている。こんな日が来て欲しいとは願っていたが、こんなにも早く訪れる事になるとは。


 あまりにも急だったので告白が成立するかどうかはわからない。

 それでもいいと思える程には自信がついた。次に会ったら礼が言いたい。自信を持って、ハゲとして。

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