口下手彼女は恋がしたい

いつきのひと

口下手彼女は恋がしたい

 魔法学園での出会いと別れは特別ではない。

 よくあることだ。


 魔法使いの社会が何百年と停滞してるなか、学園での人間関係は変動が激しい。

 この流動性が停滞を変えて欲しいと多くの人が願っているのだが、なかなか変えられないのが実際のところだ。




 新学期早々、別れ話を切り出された。

 彼女が言うに、俺は面白くないのだと。


 告白の日から努力してきた。

 毎日が退屈だという彼女の為に楽しい事を考えた。実行した。時には泥を被る道化にもなった。

 彼女も笑っていた。彼女の渇きを潤せていると思っていた。



 彼女の退屈な日常を変える事ができなかった自分の無力さを悔やんだ。

 彼女の心変わりを許してしまった自分の不甲斐なさを悔やんだ。

 何ひとつ言葉を発する事ができなくなり、制止の声にも耳を貸さず部屋に引きこもってしまった弱い自分を悔やんだ。



 学園都市と外を結ぶ列車は年中無休で運行されている。

 今年もまた、学園に入学生が来る。


 パートナーを持たない在校生は出会いに飢えている。

 誰でもいいとなりふり構わぬ者ほど、経験人数だけは多い。

 彼も彼女も、かつてはその節操無しの一人であった。



 目的を得た彼は努力した。自らの存在全てを賭けて彼女の期待に応えようとした。

 別れを告げられた今、目的も、存在価値も潰えた。


 思い出を多く築き上げてしまった学園から、学園都市から離れたかった。

 行く当てはない。だが、首を吊ったり崖の上から飛び込む勇気もない。

 殺してくれるのならば身売りや盗賊に捕まって命を絶たれても構わないと思っていた。




 駅前の広場で、違和感を見つけた。

 憩いの場であり、長旅の疲れを一時でも癒す為に置かれた長椅子に、旅行鞄がひとつ置いてあるのだ。


 なんて無防備な。これは盗んでくれと言ってるようなものではないか。

 俺は鞄の傍に腰掛けた。盗むつもりで近寄ったんじゃない。

 持ち主が戻ってきたら、不用心だと注意してやるつもりだった。



「なにしてるの?」


 尋ねられた。

 顔をあげると、そこに居たのは、別れ話を切り出してきた彼女だった。

 数日前の光景がフラッシュバックする。全身が緊張で硬直する。暑くもないのに汗が噴き出してきた。

 そうだ、答えだ。あの話に返答しなくては。交際の解消には両者の承認が居る。そういうルールがある。


「今キミが何してるのかなって話。」


 黙っていてはだめだ。彼女は沈黙を嫌う。早すぎず遅すぎず、的確な間隔を置いて返答せよ。そうすれば好感度は上がる。これも俺の努力の結果導き出したテクニックだ。


「そっかー。」


 別れ話を持ち出したのが自分であるにも関わらず、彼女は俺の隣に腰掛けた。

 だめだ、期待するな。彼女のこういう仕草で勘違いする男が多い事は分かっているだろう。


「それ、お昼からずっとあるんだよね。」


 なんということだ。今の時刻は十六時。俺がここで待ち始めてまだ十分も経っていないのに、それよりも前からここにあったというのか。

 怪しすぎて誰も触ることができない。この旅行鞄はただそれだけで盗難を免れていたのだ。



 ならば、話は早い。

 鞄を携えると駅舎に入り、窓口に預けた。謝礼はいらない。ただ不用心だから気を付けるようにと言伝を頼んだ。


 彼女はというと、ずっと俺の後を付いてきた。何を言うわけでもなく。



「ちゃんと駅に届ける。偉いぞ。」


 別れ話が飛び出す前は、何かの度に偉いと褒められた。認められるような気がして嬉しかった。

 俺が別れる事を認めれば、その嬉しさはもう得られない。なんて悲しいのだろう。



 わかっている。

 彼女は、こんなつまらない俺が束縛していていい女ではないのだ。


「ちょっと寄ってかない?」


 駅舎は街を見渡せる建物であり、展望台も備えられている。入り口は解放されているが、自由に入ることができる事を知る者は多くない。つまり、デートスポットの穴場である。




 そこからは、ずっと沈黙が続いていた。

 好感度メーターがガンガン減っていくのを感じる。警告音が頭の中で鳴り響いている。早くしないと彼女が怒りだしてしまう。


「こないだの話だけどさ。」


 向こうから話が出た。今だ。今ここで宣言して、男として最後の潔さを見せねばならない。これ以上幻滅させてはいけない。 

 分かった。今までありがとう。

 それだけ言えれば十分だ。これで関係が解消できる。彼女を解き放つことができる。


「え、なに、急にどしたの?」


 何故慌てふためくのだ。別れ話は君が言い出した事なのだ。俺はそれを尊重する。

 この回答を得るために俺と接触を図ったのだろう。




 別れ話ではなかった。言い方が悪すぎたと謝られた。

 最初から最後まで、全て俺の誤解だった。


 一生懸命に好かれようとした結果、いつも同じパターンになっている事を指摘したつもりだったらしい。


「私はキミの事が知りたいの。」


 全力で自分に合わせようとしてくれる気持ちはわかるが、その一生懸命な人物がどんな存在なのかを知りたいのだと。

 思えばずっと自分を押し殺していた。彼女の相手として相応しい人物を演じていた。


 だが、素の自分は、彼女にとって面白くない人物なのではないか。



 どう答えたらいいものだろうと彼女に顔を向けた時だった。


 遠くで笛のような音がした。

 続いて、暗くなっていた空に、光の花が咲いた。すこし遅れて耳から身体まで震えてしまうような低音が響いた。


 夜空に花が咲くなど聞いたことがない。新入生を歓迎する為に用意されたものだろうか。そんな話は聞いたことがない。

 それよりも、夜の花を見て驚いている、花の輝きに照らされた彼女の横顔に見入ってしまった。


「綺麗だな。」


 つい口にしてしまった。こんな距離だ。もちろん彼女も聞いていた。

 虚を突かれた顔が、一瞬の間をおいて大きな笑いで砕け散った。


「それがキミの素か! キミもそんな事言えるんだね!」


 彼女はとても大きな声で、今まで見たことがないくらいに笑った。笑いすぎて咽てしまうほどに笑い転げた。


「こないだはごめんね! 仲直りってことで、またよろしく!」


 突き出された手を握り返しながら、恋人ならここは口づけだろうと言ってみた。

 また笑われた。だが嬉しかった。




 後に聞いた話では、あの夜に打ち上げられたのは花火というものだそうだ。

 多くの人が見ていたのでアレは幻ではない。


 停滞していた関係を進めてくれた花火と、偶然にもあのタイミングで打ち上げてくれた人物には感謝したい。

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