第3話 団長代理の前で


 一日目の夜、小さな町の宿屋でエルフの青年は団長代理にこれまでの礼と、別れの挨拶をした。


遠征隊は今夜を含めて、王都まで三泊する予定である。


「助かりました、俺はここで」


「おう」


そう答えながら団長代理はエルフの青年をじっと見る。


「追っ手はずいぶん執念深そうなヤツだな」


エルフの青年もため息を吐く。


「ええ、こんな俺のどこがいいのか」


じゃ、とエルフの青年が出て行こうとすると止められる。


「まあ待て。 俺は確か部下にお前を王都まで連れて行けと言われたんだが」


それはエルフの青年にとっても助かる提案だが、これ以上迷惑を掛けたくない。


エルフの青年が黙っていると団長代理が椅子に座るように勧めた。




「もしかしたら、出て行こうとしてるのは、あの女魔術師のせいか?」


いくら女装していてもエルフは男性で彼女は女性だ。


同じ部屋に寝泊まりするのは、たとえ何もなくても彼女に傷が付くとエルフの青年は考えたのだろう。


「アイツのことなら心配いらんぞ。


しかも、出来るなら間違いを起こして欲しいくらいだ」


「はい?」


あまりにもあっけらかんとした台詞にエルフの青年は目を瞬く。


「うーむ、実はな」


団長代理は魔術師の女性の事情を「内緒だぜ」と前置きして話し始める。




 彼女は、団長代理にとって友人の魔術師学校の後輩だそうで。


「魔術学校は全寮制だ。 貴族の子弟が多い場所でな。


彼女は商人の娘さんなんだが母親が魔術師の家系だそうだ」


幼い頃から魔法の才能があり、学校にも推薦で迎えられたが周りに馴染めなかった。


「イジメですか」


エルフの青年の言葉に団長代理は頷く。


「それだけなら良かったんだが」


十二歳で入学、卒業は十八歳。


首席だった彼女が卒業間近に突然、学校を辞めた。


「平民の彼女が気に入らない貴族の坊ちゃんが、その、彼女を」


エルフの青年はそれ以上は首を振って話を止めた。


団長代理は大きく息を吐き、続ける。


「それ以来、大の男嫌いでな」


学校を中退して国軍に入隊したのも、男性を投げ飛ばす力が欲しかったからだという。




 しかし軍に入っても年頃になれば縁談は避けて通れない。


「まあ、あれだけ美人で、実家も裕福な商家だ」


魔力を家系に取り込みたい貴族から愛人や妾にという話が多く、全て断っていた。


「軍も上層部はバリバリの貴族だ。


しかも以前の事件を掘り返したヤツがいてな」


世間に知られたくなければおとなしく言うことを聞け。


そう言われた途端、彼女は上司をぶん殴った。


エルフの青年は彼女の気持ちを思うと胸が痛くなって顔を顰める。


「今では『爆裂』の異名を持つ、流れの魔術師の傭兵だ」


遠征隊の募集があると何度もやって来るので、団長代理とは顔馴染みである。


「あれもとっくに売れ残りと言われる年齢だ。


俺まで王都の親御さんから頼まれる始末でな」


「それなら貴方が」


「それが出来れば誰も苦労せん」


団長代理がエルフの青年をギロリと睨んだ。




「あれの男嫌いは普通じゃない」


触る者、話し掛ける者、同僚だろうが上司だろうが、身分も何も関係ない。


「さすがに子供には手を出さないが、少しでも女性として扱おうものなら殴られるか、投げ飛ばされるかのどちらかだ」


遠征隊内部でも彼女に近づく男はいない。


最近では、彼女自身も危険を感じるとさっさと姿を消すようになったという。


「お前、なんで殴られてないんだ」


団長代理が苦々しい顔でエルフの青年の顔を見る。


プッ。


エルフの青年が吹き出した。


「あっははは」


心から楽しそうに笑う。




 世の中には、自分には想像も出来ないことがたまに起こる。


「面白い女性もいるものだ」


クスクスと笑いを堪えながらエルフの青年が顔を上げた。


「投げ飛ばされないのは、彼女が俺を男だと思っていないからですよ。 それに」


自分も彼女を女性として見ていない、訳ではないが。


「俺はこれでも二百歳越えてますからね。


彼女は女性というより、ただの小娘ですよ」


エルフの青年は人族から見れば若く見えるだろうが、彼から見ればどんな人族も歳下ばかりだ。


「そんなのに手を出す訳ないでしょ」


そんな話をしていると、突然、ドンドンと扉が叩かれて、すぐに開く。


「何を楽しそうに遊んでるの!」


魔術師の女性が会話に混ざりたいと乱入してきた。




 団長代理が疲れた顔で手を振る。


「何でもない。 コイツが隊から離れるというから王都まで付き合えと説得してただけだ」


エルフの青年は団長代理の顔を見ながらニヤニヤと笑う。


「貴女の話をしてたんだよ。 とても愉快な話だった」


「え?」


女性が首を傾げ、団長代理が苦い顔をする。


「貴女はどうして俺を投げ飛ばさないの?」


エルフの青年は椅子に座ったまま女性を見上げる。


「だって、気配消してるじゃん」


目に見える場所にいるのに、そこに誰もいないかのように気配がない。


手を伸ばしても捕まえられる気がしない。


「ああ、そうだね。 すっかり癖になってるから忘れてたよ」


目で見ていると確かにそこに居るのに、気配で察知する者には居ない存在。


団長代理は改めてエルフの姿を見て背中がゾクリとした。




 エルフの青年は、自分の隣を指差して女性を座らせる。


「このまま俺を王都まで連れて行ってくれるの?」


胡散臭いエルフを女装させ、このまま一緒の部屋に寝泊まりする。


あと二泊もあるがそれで良いのか。


「いいわよ、私は。 最初からそのつもりだし」


エルフの青年は歪んだ笑みを浮かべて団長代理を見る。


「だそうで」


「ああ、俺も構わんよ」


団長代理はそう言ってため息を吐くと二人を追い出そうとした。


「あ、そうだ。 ねえ、ちょっと意見を聞きたいんだけど」


女性魔術師は立ち上がったエルフの青年の腕を掴んだ。


それを見た団長代理はぐっと唇を引き結ぶ。




 エルフの腕を掴んだまま、女性魔術師は団長代理の側へ行く。


「見て欲しいの」


そう言ってエルフの青年の上着をはだける。


「え、何を」


いくら珍しいエルフでも男性の裸を見たいとは思わない。


団長代理は慌てて目を逸らそうとして、出来なかった。


その目に、エルフの青年の身体の傷が映る。


「王都に行ったら治せる?」


女性は団長代理の様子を窺いながら訊く。


 しかし、エルフの青年が答えを遮った。


「治す気はないよ」


そう言って服を着直す。


「いや、治したほうが良いだろう。 が、何の傷だ。 いつ頃のー」


「やめてくれ!」


団長代理も女性魔術師も、エルフの青年がそんな感情的な声を出すとは思ってもいなかった。




「すまない。 これはこのままで良いんだ」


エルフの青年が大きな声を出したことを恥じるように顔を逸らす。


「何故か聞いても?」


女性魔術師が心配そうに訊ねる。


「あまり耳触りの良い話じゃない」


それでも聞くのかと、エルフの青年は二人を見る。


女性魔術師が頷き、団長代理は仕方なさそうに肩をすくめた。


 エルフの青年はフウッと息を吐く。


ゆっくりと上着を脱いで、その傷痕や痣を見せる。


大きなもの、小さなもの、浅い傷、深い傷、新しい赤紫の痣、色が黒くなった古い痣。


「隙間なく身体に傷があると、それ以上傷付けられることはない。


傷の無いキレイな肌は性的欲求の対象になり、際限なくいたぶられる」


それは彼が自分を守るための傷だった。


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