花と君と謎と~薔薇の花殺人事件~

@usotohonto

第1話 失恋の後の、一目惚れ

母親に夕飯の買い物を頼まれ、楠木宏が駅前まで歩いて行くと、さっきまで曇っていた冬の空はいつの間にか少しずつ晴れて来たような気がした。

 いかにも東京の下町という感じのスーパーに続く商店街を歩きながら、宏はすれ違った制服姿のカップルをなんとなく目で追った。そして不快な思いになっている自分に気が付いた。

 今だけだよ、そんなにラブラブなのは。

 そう心の中で毒づいた。

 俺だって一ヶ月前まではそうだったんだから。ラブラブな彼女がいた。それが今じゃ一人ぼっちだ。彼女とのデート代のために、大学の授業の後に必死でバイトをしていたのに……。

 ふいに、鮮やかな色彩が目の端に映った。

 宏は思わず振り返った。それは、生花店だった。商店街の中の雑居ビルの一階に知らない内に生花店が開店していたらしい。商店街の中には生花店はすでに一軒あるのだけど、また新しい生花店が出来たらしかった。雑居ビルの一階の外壁には「須藤フラワーショップ」と書かれた看板が掲げてあった。

 宏は新しい生花店に近づいて店先に並ぶ様々な種類の花を眺めた。もうすぐ春なんだな……自分の心の中は冬だけど……そんな風に悲観的な気持ちに浸っていると、店の奥のドアが急に開いて中から人が出て来た。

「いらっしゃいませ」

「いえ、すみません、客じゃなくて――」

 そう言いかけて、宏は思わず黙った。

 店の中から出て来た人は――ストレートロングの黒髪で、色白の大人しそうな女性だった。信じられないぐらい可愛くて、そして、信じられないぐらい――宏の好みのタイプだった。

 女性は宏の顔を見てニッコリと微笑んだ。

 その時、曇り空の切れ始めた雲間から太陽の光が射して、薄暗かった宏の周辺を明るく照らし始めた。

 宏は気が付いたら、言っていた。

「ここでバイトさせて下さい!」

 女性は一瞬驚いた顔をしたが、宏の勢いに押されたのか、頷いた。

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