【天神編】1.天神駅の改札口で。
夕暮れの福岡天神駅前。
開幕シリーズで地元球団が三連敗から逆転連勝中、球場に向かうユニフォーム姿のファンたちの顔は明るい。
私は三件面接に行き、そのどれも手応えがなかった絶望でぐったりしていた。
「普通に生きるって、難しいなぁ……」
大画面側の壁に背中を凭れさせ、私は溜息をつく。
福岡天神は今、天神ビッグバンという街の再開発事業の真っ最中だ。天神コアもなければ、福ビルもない。花形ビルが相次いで消え、街のあちこちが歯抜けのようになっている。
けれど街は変わらず賑やかで、浮かない顔をしているのは私だけみたいだ。
ビルの隙間を、福岡空港へと向かう飛行機が横切っていった。
私の心も、隙間だらけだ。
「はあ、いつになったら転職できるのかな……」
私は
一言で言えば、新卒入社の会社がブラックでちょっと疲れている転職希望中のOL。
毎日終電も終バスも終わったあと、休日だって持ち帰りの仕事だらけ。
さらには昔から、どこか妙に勘が当たってしまう私は、何かと周りから『浮きやすい』。
冴えててかっこいいならそれもまたミステリアスだろうけど、鈍臭い私が何を言っても『変なやつ』だ。
入社二年目の会社でも案の定、変に悪目立ちして「霊感女」と槍玉に上げられる事が増えていた。
変に勘を効かせちゃって失敗するのは、これまでも何度かやらかしてきたのに。
これじゃダメだ。
今のままじゃ、『普通』の20代女子の人生は送れない。
私は浮かず悪目立ちせず、『普通』の人生を再出発したい。
というわけで最近少しずつ転職活動に取り組みはじめた。けれど簡単に転職できるほど甘くなかった。
友達は皆、恋に仕事にプライベートに、充実させながら過ごしている。
そういう、ごく当たり前の事が出来ない自分が情けない。
ーー彼氏いたことないし。
心の隙間と恋愛経験と職歴の隙間、空の隙間にますますもの悲しくなってきた、そのとき。
「……あれ? 占い?」
露天の占い師が無表情で私に手招きしているのに気づいた。
黒いローブをすっぽり被った占い師だ。若い男性なのが、ちょっと珍しい。
「こんなところに露店出してよかったっけ……?」
ここで占いの露店を見たのは初めてだ。
なんか変だ……と思ったけれど、通行人は気に留めていないようだ。
「ああでも、ちょっと占い師さんに鑑定してもらうのもいいかも……」
そう思ってふらふらと引き寄せられてしまったのが、運の尽きだった。
ーーー
占い開始から10分。
500円でいいと言われた鑑定は最初、私の話を真剣に傾聴してくれて嬉しかった。
「いつも深夜まで帰れないですし、残業してると仕事は更に増えていって……。でも私の仕事がもたもたしてるから早く帰れないだけで、新卒の間はこんなの普通らしいので……納得はしているんですけど、やっぱり合ってないんじゃないかなって……」
私の言葉に、占い師さんは神妙な顔をして頷いてくれる。
「辛いと思う。俺なら、そんなに長い間起きていられない」
占い師さんは私と同世代くらいの若い男性だ。背筋が伸びて姿勢がいいのが、ローブ越しにもよくわかる。切長の目が鋭くて、薄い唇が紡ぐ声も凛々しくて綺麗だ。まるでちょっとしたモデルさんみたい。
こういう占い師さんもいるんだなあ。
ぼんやりと思っていたところで急に彼は話を切り出した。
「悩みがあるなら、この腕輪を受け取ってほしい」
「え?」
彼が突き出したのは明らかに怪しい、パワーストーンブレスレット。
「え、あ……あー、お金がないのでちょっと……」
ぽかんとする私に、彼はとにかく押し付けようとする。
「金はいらない。この腕輪で幸せになる。まずは手に取って欲しい」
「ええ……」
「転職してどんどん金を稼いで、人脈が広がって独立なんてできたら人間は幸せなのだろう?」
「いや、私は普通に転職したいだけ、なんですが……」
「これから短い人生のなかで、今勇気を出して投資しなかったら後悔する」
「あの、私の話聞いて……」
「最近の女性はツガイを見つけて繁殖も難しいという。そんな人生を、今なら腕輪で変えられる。お勧めする」
「あ、ああああの…!?」
ツガイって!? ツガイって何!?
というか、私全く結婚の話とかしてないんだけど。
結婚願望がないわけじゃない。お金だってそりゃあ、あったら安心だ。
けれど私はただ、平凡に生きたいだけ。
それなのに……それすら手に入らないから、悩んでいるだけなのに……
「『井の中の蛙大海を知らず』と古来より言う。まずは挑戦だ」
「話聞いてください……」
占い師はずい、と腕輪を見せてくる。
その眼力に飲み込まれてしまいそうだ。
菊井楓、井の中の蛙どころか、まさに蛇に睨まれた蛙であります。
「うう……」
私は彼の眼力から逃れようと視線を逸らす。
ーーその時。
私たちのところに向かって、狐色の長髪が目立つ男性が近づいてきた。
駆け出さんばかりの勢いの早足で一直線にやってくる彼は、パリッとした淡い色のスーツを纏ったとんでもない美形だ。
肩を滑るさらさらの綺麗な狐色の髪。
鼻筋が通って鋭い眼差しは女性的な艶っぽささえ感じるほどに美しく、美男子と美女の良い所を全て盛り込みました、といった美貌の男性だ。
画像加工ソフトを駆使しても、こんな美男子は作れないだろう。
はー。天神に出るとこんな人もいるんだー……。
人ごとのようにボーッと眺めていると、本当に彼は私の目の前までやってきた。
肩で息を切らし、怖い顔をして私を見下ろしている。
「………見つけた……」
「え、あ……あの……?」
彼の瞳はきらきらとした琥珀色をしていた。クッキリとした二重のアーモンドアイは私を凝視して、信じられないと言った様子で立ち尽くしている。
「あ、あの……どこかでお会いしましたっけ……」
私は気圧されながら必死で考える。
どこかの面接で面接官だっただろうか。面接を受けた会社の人事の方だったっけ。
でもこんな綺麗な人、一般社会でお会いしたことはない。
「申し訳ありません、私……あの……思い出せなくて……」
「ーーそうか」
美形のお兄さんはそう静かに呟き、深くため息をつく。頭の上にピンと立った耳をへにゃりと伏せて、ぶわっと広がってた尻尾を細くして、お兄さんは何かとてもがっかりした様子だった。
誰か人を探していたのだろうか。それなら、人違いでがっかりさせてなんだか申し訳ないなーー
「え?」
私はハッとして彼を二度見する。
耳? 尻尾???
お兄さんの頭からは確かに、つんと尖った大きな耳が。そして細身に仕立てたスーツのセンターベンツからは、大きなキツネの尻尾が生えていた。
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