第一章
第1話
「さて、揃ったかな」
男が集まった五人の顔をさっと見た。
集まったのはローザという組織に組み込まれた人たちだ。『精鋭魔術騎士の集い』とも言われるローザは、魔術に特化したサンライン王国お抱えの騎士団の一つとして扱われている。
しかし、騎士団としての役割は表向きのものに過ぎない。その実態は、各自の特出した能力を活かして、国家の運命をも決めてしまうような極秘中枢業務をこなす、王の手となる組織だった。
そう、この場を取り仕切るのはこの国の王なのである。
「今日呼んだのはね、ちょっと緊急で頼まれて欲しいことがあるからなんだ」
庭に生えている薬草を少し取ってきて、と言うのと同じ軽さで、この王様は骨がおれる無理難題な頼み事をする。今回はどんな無茶振りなのかとアーヤは身構えた。
「お隣の帝国の調査を早急にやってほしい」
帝国ラザールはサンライン王国の西側に位置している。ここ十数年で急激に発展し、勢力を拡大している国で、帝国と名乗るようになったのは四年前に王の代替わりがあってからだ。
アーヤたちに拒否権など存在しない。ローザのために。王国のために。
「それじゃ、いつも通りよろしく頼んだよ?」
王は五人にそれぞれ封筒を渡した。
アーヤに渡された封筒の色は薄い黄色。潜入調査の任務を意味する。他の四人は三人がアーヤと同じ薄い黄色で、王のお気に入りのメイだけは薄い水色の封筒だった。
水色は書類業務を意味し、国家間の取り決めなどのための準備等も含まれる。書類業務は彼女の得意分野で、大抵彼女か、人手が足りないときは『炎の』と王が言っている最年長の男、デリバンに回されていた。
「土のは業務についての確認があるから残ってくれるかい」
炎の使い手デリバン・フール
土の使い手メイ・サンリュ
水の使い手ロイセン・ハリ
風の使い手グレン・シラギ
星の使い手アーヤ・レイア
アーヤたち五人は大陸でも有名な精鋭魔術騎士である。国民はアーヤ・レイアという名前を知らなくても星の使い手という名であれば幼児から老人まで知っていた。
さて何が書かれているのか、とアーヤは封を切って中に入っている紙を取り出した。
Ⅰ 帝国の未発表の知識・技術の入手
Ⅱ 帝国民の情報を一括管理するホールへのアクセス
Ⅲ 帝国の派閥争いへの介入
紙に書かれているのは簡潔な個別の任務内容。アーヤは帝国の機密情報に関する任務が主らしい。この内容なら王国の諜報機関に任せた方がいいのではないだろうかとアーヤが思っていると「ちょっと特殊なんだよね、帝国は」とアーヤの考えをよんだかのように王が言った。
「初期配属位置を伝えるね」
炎の使い手デリバンは帝国の北の商業都市メリルの商人。
風の使い手グレンは帝国の西の工業都市デゴレエの役所の派遣勤務。
水の使い手ロイセンは帝国と王国の国境門付近の兵士。
星の使い手アーヤは帝国最大の学術都市ケランの学生。
「身元書類は明日届ける」
「それじゃ解散」と言って王が手を叩くとロイセンが席を立つ。続いてグレン、デリバン、アーヤが席を立ちそれぞれの家へ繋がる暖炉へ潜った。
残った王とメイは「さてメイ、今回の任務だが――」と業務の確認を始めた。メイは薄い水色の封筒ばかり貰うため、招集のあとの二人の打ち合わせはもはや毎回のお決まりとなりつつあった。
緊急招集の翌日、アーヤの家の暖炉の中に防火性の袋に包まれた書類が届いた。任務に必要な情報や書類はこうして届く。
届いた袋の中の偽装身分説明書によれば、今回アーヤは、ザグナン伯爵家の数ある分家の内のサラクス家の娘アーヤ・サラクスとしてケランにある帝国立リーファライセン学園高等部二年に編入するらしい。学園に入ってからの選択科目などについても細かく指定があった。また、アーヤ・サラクスとしての十六年分の人生も作り込まれている。
『五歳九ヶ月:人攫いにあう』
『五歳十ヶ月:人攫いから解放されるが、記憶に異常が確認される』
『七歳四ヶ月:療養のために訪れていた街で流行り病に倒れる』
『十二歳三ヶ月:病弱になったことを心配した母に家から出してもらえなかったため家出するも、十分で連れ戻される』
『十四歳三ヶ月:両親が馬車の事故で亡くなる』
「もしかしなくともこの子不運すぎるんじゃ……?」
斜め読みするだけで思わず同情の言葉をもらしてしまうほどのストーリーだ。いつもは適当に作っておいてと丸投げされるか、簡単に一言二言書いてあるくらいなのだが、今回は短編小説として売り出せそうな壮大な人生が語られている。
アーヤ・サラクスという人物はなかなかにハードな人生をおくってきたようだ。
そして、最後の行の『ようやく学園に入れることになり浮かれていると足の小指を本棚にぶつけ、痛みに悶えた』という文を見たときアーヤは確信した。
これは絶対土の使い手メイのいたずらだ。王は任務さえ成功させればその過程に頓着しない。しかし、王に事務処理を任されているあの魔女は芸が細かいしお節介な人で、しかも固有能力は無から有を作る『創造』と名前のつけられたもの。よくアーヤに発明品とやらを押し付けてくる。
彼女はそれを使って任務を盛り上げてくれと言うが、盛り上げるような行為は非常にリスキーである。それを一度言ってみたところ、返ってきたのは「私は潜入のときばんばん使ってるけど成功してるわ!」というもので、アーヤはそれ以上何かを言うのを諦めた。
昨日残って説明を受けたそのついでに、アーヤたちの身の上話を作ったのだろう。
承認されてしまったものは仕方がない。膨らました頬をすぐにもとに戻して袋の中身の確認を続けた。
袋に入っていたのは、先ほど取り出したアーヤ・サラクスの身分証やアーヤ・サラクスの十六年分のストーリー、帝国の学園都市に馴染むために必要な最低限の知識などが書かれた参考資料など、いつも潜入調査の前に送られてくるものである。
この日から二日間、アーヤは届けられた二百ページを超える参考資料の山を一つ残らず頭に入れる作業にかかりきりになった。
二つ前の任務では町外れの花屋のお小遣い稼ぎのアルバイト、三つ前の任務では山小屋の管理者の姪の娘、五つ前の任務では領主の家の侍女見習い。アーヤ本人は任務以外のことをほとんどしないローザ一筋の魔女。言葉遣いも仕草も気を抜くことなどできない。
アーヤは細く息をはき、両手で頬を叩いた。
アーヤは家の暖炉の側にかけておいた質の良い深緑のワンピースを着て、その上から学園指定の丈の短いブレザーを羽織った。そして、暖炉の横の壁との僅かな隙間に手を入れて隠されていたダイヤルを右に三回左に二回まわした。すると、暖炉の炎はアーヤの着ているワンピースと同じような緑色に変化する。暖炉の先が、ローザの会議室から任務地に変更されたのだ。アーヤはいつものように暖炉へ潜った。
アーヤがひょいと顔を出した暖炉は、アーヤがこの任務中に使う家に設置されているものである。ケランの住宅街部分に用意されたこの家は伯爵名義で買っているらしい。
アーヤが住んでいるぼろぼろの家とは比べ物にならないほど綺麗な家だ。もちろん窓枠からガラスが外れていたりしていない。
ケランは帝国の中央に位置し、アーヤが暮らす山は王国の西側にある。帝国の東側に隣接するのが王国であるからケランとアーヤの家は随分遠い。それが暖炉一つで繋がっているのだから便利の一言では済まされない。
これは土の使い手メイと炎の使い手デリバンの共同発明なのだ。デリバンはたまにメイと共同研究をしているようだ。開発者の二人と王の意見で、この暖炉を知るのはローザに関わる者のみである。
家の中をくるりと回って確かめたアーヤは暖炉を再び潜って家を往復し、生活感のない新しい家に日用品や任務に必要なものを運び込んだ。
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