第3話 無職になったアキラは競艇場へ

 板橋区は東京の北に位置し、荒川を挟んで埼玉県となる。

 アキラの住んでいるアパートは、その荒川岸に近い高島平周辺である。

 富士の樹海と言えば自殺の名所でも知られるが、なぜか此処、高島平団地も昔は自殺の有名な場所であった。最近は話題にならないが、わざわざ九州など遠方から来て自殺した人も一人や二人ではない。年間十人以上とも言われた。

 都営公団住宅が立ち並ぶ街、最寄の駅は中台という地下鉄の駅がある。地下鉄と云えば当然地下に、もぐっているのがこの地下鉄は普通だが普通じゃなかった?

 どこを見たって地下鉄は? なんとそれがビルの五階建て位の高い所を走っているのだ。

 まぁ、そんな事よりもアキラは今日も荒川土手の河川敷で少年野球の練習を見ていた。別に見たくて見ている訳じゃなく、狭い部屋にばかりいると窮屈で仕方がない。

 無職のアキラは土手の草むらに,寝っころがって空を眺めて流れる雲を見つめていた。その雲はいろんな形に変わって行く、やがて雲の形が何故かボートの形に見えて来た。

 「そうだ! 競艇に行こう」当時話題になったJRのCMのような単純な発想である。

 この荒川の川向こうに戸田競艇場がある。歩いても行ける距離だし暇潰しには、ちょうど良かった。

 サイフの中身は一万三千五百円、無職のアキラにはそれも大金であった。

 アキラはギャンブルはやった事がない。しかしアキラ将来が不安だし、は自分の運勢を占う為にも、いい機会だと思って競艇場に行く事に決めた。

 時間は昼を少し過ぎていたが、それでも競艇場は凄い人だった。

 アキラには今日は平日なのに、どうしてこんなに人がいるのか不思議でならない。

 まさか! みんな無職と言う事はあるまいが。まぁそう考えれば気が楽だった。

 みんな仲間に見えて来た。みんな無職かどうかは別として共に競艇を見る為にやって来たのだ。しかしだ。どうすれば舟券を買えるのかサッパリ分からない。

 競艇場の中には沢山の売店がある。アキラは売店でパンと牛乳を買って売店のおばさんに尋ねた。

 「あの~~おばさん、俺……初めての競艇なのだけど」

 聞かされたおばさん達は、あきれた顔をして笑ったが舟券の買い方を親切に教えてくれた。なんとか説明を受けて舟券を買う事になったが、競艇のレースの予想がつく訳もなく、考えたあげくに今日の日付で二十四日の二―四を買った。

 アキラは三千円だけ、やったら帰ろうと決めていた。とりあえず一レースに千円賭け三レースと決めた。そしていよいよ発走だ!

 水しぶきをあげて疾走するモーターボート、巧みなテクニックに観衆が騒ぐ、競艇を知らない人でも,一見の価値があるかも知れない。競艇は一周六百メートルを三周して六艇で行なわれる。レースはあっと言う間に終ったが、なんとアキラは自分が買った舟券が当たったか分らない。

 分るのは観衆の一番後でも背が高いぶん良くレースが見えることだ。

 結果が大きな電光掲示板に発表された。それでもアキラは分らない。

 仕方なく隣の中年のおじさんに声を掛けた。背丈はかなり小さく、いかにも常連さんと思う様相をしていた。その証拠に耳には赤いエンピツを挟んで予想紙がクシャクシャになり、その道のプロを思わせた。

 「すみません……これっ当たっていますかねぇ?」

 声を掛けられた中年のおじさんは、上空から何か聞こえたような気がして一瞬見回したが、自分の頭上にその声の主がいた。

 おじさんは少しビックリしたが気を取り直し教えてくれた。

 「あんた競艇を知らんのかね。えーと……おっ当たっているぞ! 素人は怖いねぇ適当に買って当たるんだから」

 「ほ! 本当ですか、意外と競艇って面白いんですねえ」

 「そりゃあアンタ、当ればなんだって面白いよ。兄さんは運がいいんだよ」

 そのおじさんは丁寧に教えてくれた。それからと言うもの立て続けに残りの二レースも当たった。今日は運が良いと思った。結局三万二千円の儲けになった。

 しかしこのツキは、その予兆である事にアキラは気付く筈もなく。


つづく


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