第135話 不老薬

「……間違いないわ。私が国王に呪いをかけたのよ」


 王都内にある宿の一室に泊まっていた呪術者を捕まえて王宮に戻ると、主要な人物たちが集まる中で、彼女はあっさりと白状したのだった。


 若い女性である。

 しかもかなりの美女。


「父様。彼女に見覚えはありますか?」

「し、知らぬ! わ、わしはそんな女など知らんぞ!」


 エスベルトが訊ねると、王様は慌てたように否定した。

 だらだらだらと顔から大量の汗を流している。


「……うふふ、お父さん? それは本当ですか? 本当の本当に本当ですかぁ……?」

「ひぃっ!?」


 女の勘が働いたのか、王妃が笑顔で王様に詰め寄る。

 だがその目はまったく笑っていない。

 それどころかブラックホールのような深淵と化していた。


「彼女の呪いは性的な接触をしなければかからないもののはずだ。そうだよな?」

「ええ、その通りよ」


 俺が確認すると、美人呪術師はすんなりと頷いた。


「カルナ殿おおおっ!?」

「お父さぁん……? こっちにいらっしゃい……?」

「ま、待ってくれっ! ほんの出来心でっ……」

「ほんの出来心? ほんの出来心で、こんな若くて綺麗な女性としっぽり楽しまれたと……?」

「ひいいいっ!」


 王妃が悲鳴を上げる王様を引き摺っていく。


「ああっ! また痛みが! く、苦しい……っ! 母さん待ってくれ! このままではわし、死んじまう!」

「いや、呪いならもう解けてるはずだぞ」

「カルナ殿おおおおおっ!?」


 仮病作戦も虚しく、王様は王妃とともに隣の部屋へと消えていった。



「ぎやああああああああああああああああっ!」



 凄まじい叫び声が聞こえてくる。

 一体どんなお仕置きをされているのだろう。


 南無。


「ともかく、これで王様も死なずに済んだわけだ」

「……むしろもっと早く死んでしまう可能性ありませんか、これ……?」

「一度死んで性根を叩き直すべきなのだ!」


 断末魔めいた悲鳴が轟く中、父親が呪術師と何をしたのか大よそ理解しているようで、エスベルトが頬を赤くしながら、


「で、ですが、一体どうやって父様に近づいたのです……? ……いえ、宮中に彼女を雇った者がいると考えた方が自然……。だとすると、誰が……?」

「……第二王女殿下から依頼されたのよ」


 もはや観念しているようで、依頼主のことを暴露する美人呪術師。


「姉様が……? まさか、王位のために父様を殺そうとするなんて……」


 この場に第二王女の姿はない。

 すぐに俺たちは第二王女の居室へと向かった。


「姉上! 失礼するのだ!」


 ノックもなしに扉を開け放ったのはエレンだ。

 第二王女は残念ながら着替え中ではなく、優雅にソファに腰掛けてティータイムを取っているところだった。

 不愉快そうに、突然の乱入者を睨む。


「何の用かしら? 汗臭い足であたくしの部屋を踏まないでくださる?」

「あ、汗臭くなどないのだっ! ……くんくん」


 即座に否定したものの不安だったのか、エレンはしゃがみ込んで足の匂いを嗅いで確かめている。


「って、そんなことより! 見損なったのだ! まさか、父上を呪い殺そうとした犯人が姉上だったとは!」

「……どういうことかしら? 何の根拠があって、姉に対してそんな妄言を吐いているのかしら? ついに頭の中が筋肉だけになってしまったの?」

「証拠ならあるのだ! よし、入って来るのだ」


 部屋に入って来た美人呪術師を見て、第二王女の顔が驚きに染まった。


「……し、知りませんわ、そんな女」


 どうやら白を切るつもりらしい。


 俺は軽く精神操作の魔法を使ってみることにした。

 自白させるのだ。



「あたくしがやりました」



 ……秒で罪を認めた。

 すごいな、こんなに効果があるとは。

 検察要らずだ。


『マスターは〈精神操作魔法・極〉をお持ちですので』


 もしかして俺のことを好きにさせたりもできる?


『…………可能ですが、悪用は推奨しません』


 はははー、そんなことしないってー(棒)。


「一体なぜそんなことをしたのだ、姉上!」


 エレンが第二王女を問い詰める。

 すると第一王女は、ちらりとエスベルトの方を見てから、


「だって……だって! 早くしないと大人になってしまうんですもの……!」


 と、切実な顔で叫んだ。


「「「はい?」」」


 ぽかん、とする一同。


「ど、どういうことなのだ……? あたしにも分かるように言うのだ!」

「……このパターン、なんとなくまたロクでもないやつのような気が……」


 ティラの察しが良くなってきている。

 俺は部屋の奥へと進むと、置かれていた本棚を横にスライドさせた。


「そんなところに隠し扉が……?」


 扉を開け放つと、そこにあったのは――


「植物……?」


 せいぜい十畳ほどの広さの部屋の中で、大量の植物が栽培されていた。


 作業台のようなものが部屋の一画を占め、その上には化学実験でも行うような器具類が所狭しと置かれている。


「一体、姉様はここで何を……? ま、まさか、魔薬を作って……!?」


 エスベルトの推測は大きくは外れていない。

 ちなみに魔薬というのは、地球における麻薬のようなものだが、魔力が込めているため、その効能は多彩で、しかも強力だ。


 俺は〈鑑定・極〉を使い、植物や作りかけの薬を分析する。


「なるほど、謎はすべて解けた」

「えっ、本当ですか?」


 俺は頷き、そして第二王女の秘密を看破する。



「彼女は秘かに、身体の成長を止めるための魔薬の開発を行っていたんだ!」



「……いえ、どういうことかさっぱりなんですけど」

「分からないのかね、ティラソンくん?」

「誰ですか、それ……」


 ホームズばりの名推理を披露しようとしたのだが、その前に犯人が自白を始めた。


「その男の言う通り。あたくしはここで不老薬を作っていたんですの」


 通常なら自分の若さを保つために、と考えるだろう。

 だが彼女の場合、そうではなかった。


「もちろんエスベルトに飲ませるために……! だって、成長したら今のこの貴い姿が失われてしまいますのよ!? そんなのっ…そんなの絶対に許せませんわ……!」

「「「え?」」」


 一同が再びぽかんとする中、第二王女は弟のエスベルトへと熱っぽい視線を向け、


「ああ……可愛い……貴い……可愛い……貴い……ハァハァ……絶対に失ってはダメ……そんなことになれば、国家の、いえ、人類にとっての重大な損失……!」


 そう、彼女は重度のショタコンだったのだ!


「けれど開発はなかなか進まず、このままでは間に合わない……! そこであたくしは女王になって、国家予算を注ぎ込むことを考えたんですの!」


 さすがはエレンの姉と言うべきか、発想が常人のそれではない。


「けれど、そのためには邪魔者を排除する必要がある……! だからそこの呪術師を雇ったんですわ……!」


 その結果、危うく娘に殺されかけた王様(父親)。


「ほんと、なんで拗らせている人ばかりなんですかね……」


 ティラが表情の抜け落ちた顔で呟いた。


「やっぱこの世界ちょっとおかしいよな」

「カルナさんにだけは言われたくないです」


 ちなみにエスベルトは固まっている。

 事件の真相が予想の斜め上過ぎた上に、自分が姉からそんなふうに見られていたことを知ってさすがの神童もフリーズしたのだろう。


「だけどもうお終いですわ……」


 座った目をして、第二王女がいきなり走り出した。


「せめて、その貴い姿のまま死なせて差し上げますの!」


 隠し持っていたナイフを手に、エスベルトに斬りかかったのだ。


 だが咄嗟に割り込んだエレンが、そのナイフを叩き落とす。

 エレンのくせに良いところを持っていきやがったぞ。


「ああ……エスベルト……」


 最後の悪あがきも失敗に終わり、第二王女はその場に崩れ落ちたのだった。

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