第2話

護ると決めたからには、すぐに行動に移さなければならない。


ルイーナの設定は健康に過ごしていたがある日、ひいた風邪が悪化し、高熱を出し数日間の療養の末、無惨にも死を迎えてしまった哀れな子供。


だがその本当の原因は高い魔力を持つが故にその魔力量に幼い身体が堪えきれなかったからだ。


『妖精舞踏会』の作中で弟のアルバもルイーナと同様に高い魔力に身体を食い荒らされボロボロになっていた。


アルバの場合はその魔力を魔石に溜め込み生き永らえ、その魔石を使い様々な強力な魔法を使っていたが……。


俺は魔石を使うよりもその大量の魔力をコントロール出来るようになろうと思う。


魔石を使えば簡単に扱えるし、死ぬリスクを追わなくても良い。


だがもしその魔石が使えなくなったら?


必要な時に魔石がなく最悪の事態に遭遇してしまったら?


この世界ではもう何が起こるかは分からない。


常に最悪の事態を想定しなければ


二人を護るどころか本編開始前に俺自身がまた死んでしまうかもしれない。


それだけは避けなければならない。


「ルーチェ、アルバはどうしたんだ?何時もは一緒に着ていたのに」


「アルバはお父様に呼ばれて……」


「そうか、なら執務室だね。一緒にアルバを迎えに行こうか」


そのついでに、今世の父親とも話し合いをしなければならない。


父親がアルバを呼び出すの余り良いとは言えない。


ファウスト家の長男であるルイーナが死に、長男の代わりに当主に据え置くべく教育を行う。


子供としての自由を奪われ、当主になれと強制的に教育を施され剣や魔法を学ばされる。


………だがファウスト家の当主になるのはアルバではなくルーチェだ。


当主になれと言いながら、その実アルバをルーチェの補佐官としてこの家に縛り付けるつもりなのだ。


許せるか?


当主になるための教育を受けていれば両親は自分を見て愛してくれると信じていた子供に、お前は当主にはなれない。


姉のために働き姉のために死ねと言うのだ。


そして姉は強制的に社交界に放り出され、様々な嫌がらせや陰湿な虐めや不条理に揉まれ苦しい幼少期をすごす。


信じられるか??


この過去編が出された時、『妖精舞踏会』ファンは涙を流し激怒した。


全ての元凶は二人の両親だと。俺もそう思う。


だから、腐った芽は早目に摘まなければならない。


ルーチェと二人、父のいる執務室へと向かう。


その途中にルーチェがお茶を持ってくると言って別れたが、それは正しかったみたいだ。


この状況をルーチェに見せれば、まだ幼い少女を苦しめてしまっただろうから。


「何故こんな事も出来ないんだ!!」


物が倒れ部屋には書類が散乱している。


顔を怒りで赤黒く染め激怒する男は今世の父であり、現ファウスト家の当主ラウル・ファウストだ。


「お前を信じていた私が馬鹿だったようだな!」


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!もっと頑張るからっもっと兄様みたいに頑張るから」


「兄にも劣り姉も護れないお前に何が出来るっ?!」


______振り上げられた手が、アルバへと向かう。


とっさに動いた身体はアルバと父の間に滑り込み、アルバに当たるはずだった手が俺の頬を打った。


「………これは、どういうことでしょうか」


「に、兄様……?」


「何故此処にお前が……いや、それよりも話を聞いてっ?!」


あぁ、ムカつく。


目元に掛かる黒髪の隙間から父を睨み付ければ、気圧されたように一歩後ずさる。


こんな子供に恐れをいだき後ずさるとは………情けないにも程がある。


震えるアルバを背後に隠し、後ろ手でその小さな背中に手を当てればアルバは服を掴み俺の背中に顔を埋めた。


「自分の子供に手をあげようとするなど、ファウスト家の当主としてあるまじき事です。


それにアルバはまだ子供です。子供は自由に好きな事をする権利がある。


確かに今の内から教育を受けていれば将来は安泰でしょうが……」


「そうと分かっていて何故口答えをする。そもそもお前が病気になんぞ掛かるのがいけないのだ」


「ほう?面白いことをおっしゃいますね。まるで私が死んでも良かったような言い草だ。


………俺達は人間です。貴方のそれは教育と言うには余りにも暴力的だ。力で縛り恐怖で押さえ付ける。


これの何処が教育と言うんです?虐待の間違いでしょうに」


唾を飛ばし叫ぶ父親に震える弟。


前世の俺にも五つ年下の双子の弟と妹がいた。今あの子達がどうしているかは分からないが、その二人と今世の弟と妹が重なる。


俺はあの子達が成人する前に死んでしまった。


せめてもの罪滅ぼしとして、今世の弟と妹には幸せになって欲しい。


その為にはまず、この家から替えなければならない。


「当主様。今のご自身の顔をよくご覧になって下さい。それが実の息子に向ける顔ですか?


そして、アルバの教育は私が担当しますのでご安心下さい。


…………では私達はここで失礼します」


部屋に来る前、髪に寝癖が付いていると教えられルーチェから借りた手鏡を父に向ければ、父は目を見開き固まった。


それ以来黙り込んでしまった父をそのままに、俺は言うことだけ言ってアルバと共に執務室を出た。


暫く無言で無駄に長い廊下を進み、執務室が完全に見えなくなった所で俺は____膝から崩れ落ちた。


「兄様っ?!やっぱりまだお体の調子が悪いんじゃっ………」


「あ”あ”ぁ〜〜、怖かったんじゃぁ〜〜」


「……へっ??」


いや、あんな大口叩いてたけど内心凄く怖かった!!


何あれ眼光ヤバっ!人一人殺ってそうな勢いだったよ?!


大蛇を前に自分を大きく見せようと必死になる李牧トカゲの気分………なんでエリマキトカゲなのかは俺自身もよく分からないけれど。


壁に背を預け深く息を吐いていれば、小さく笑う声が聴こえてきた。


「どうした?」


「さっきまで父様に堂々とお話されてたのに、怖かったて……フフッ」


「だって怖くないか?こんな目で見てたんだぞ?」


指で目尻を持ち上げ、あの鋭い目を作ればアルバは更に笑いだした。


その顔には先程までの恐怖に歪んでいた欠片もなく、心の底から楽しいとそう俺に告げていた。


この笑顔を絶やさないようにしなければならない。


ゲームのシナリオの通り笑顔もなく苦痛に耐えるような顔は彼には似合わない。


「なぁアルバ、明日はルーチェも誘ってピクニックに行こうか」


「え、でも勉強が………」


「一日中勉強なんてつまらないだろ?子供の内は自由にのびのびと過ごして良いんだよ」


ルーチェと同じ金髪を撫でてやれば、不安に揺れていた緑の瞳が嬉しそうに細められた。


「その前にまずは朝食を食べようか。そしたら、俺が寝込んでた間の事を教えてくれないか?」


「うんっ!!」


立ち上がりアルバと手を繋ぐ。


朝食を食べるべく移動している途中にルーチェと会った。


父の執務室にお茶を持っていったは良いが父は上の空で俺もアルバも居なかった為、お茶だけを置いて俺達を探していたらしい。


「わ、私もお兄様と手を繋いでもいいですか……?」


「んぐぅ………勿論だよ」


手を差し出せば嬉しそうに掴み、アルバと一緒にフワフワと形容できそうなくらいの蕩けた笑みを浮かべる二人に変な声が漏れ出そうなのを必死に堪える。


今世の妹も弟も滅茶苦茶可愛い。


最早天使。大天使。


この天使達を幸せにしなければと、再認識した瞬間だった。

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