クリスマス
どこからだっけ。ああ、寝たところ。
そう、寝そうになってたんだよ。
でもな、ゆっくりと視界が霞む中で、音も遠くなる中で、確かに、誰かがいた気がしたんだ。
赤いなにかが、視界をかすめたような、そんな気がしたんだ。
体に電気が走ったような衝撃だった。
眠気なんて、一気に吹き飛んだよ。
急いで体を起こして、リビングを見渡して、また、がっかりだった。
リビングには、誰もいなかったから。
俺の勘違いだと思った。
また夢を見てしまった、叶いもしない夢を見てしまった。後悔が波のように押し寄せてきて、飲みこまれそうだった。
今度こそ、今度こそ、もう寝てしまおうと思ったんだ。次こそ素敵な夢が見れますようにって。
その時、だよ。
俺はケーキが無くなっていることに気がついたんだ。
あのチョコケーキが無くなってたんだ。
ソファーからケーキが落ちた所は、大股で歩いたら二、三歩で、誰か作業してたら絶対に気づくはずだ。
それだけ俺がぐっすり寝てたと言われれば、何も言い返せないけど、けどさ、生クリームは床にべったりだったし、何よりあのチョコの匂いが消えてたんだ。
床に鼻を近づけてみても、冷たい空気があたるだけで、何にも匂わなかった。
どうだ、「チョコレートケーキ失踪事件」とか。
しらけるなよ。先を進めろ? そうだ、課題終わってないんだった。……ごめん、ごめん。
もう、何がなんだかって感じ。母さんたちは帰ってこないし、ケーキは消えるし、姉ちゃんから言われた言葉は胸に刺さるし、俺が見た赤いものは分からないし、気づいたら十二時越えてるし。
十二時を越えて起きてたことなんてなかったから、もう怖くて怖くて。
一度、噴き出した不安は、どうも抑えられないらしい、ってことをその時学んだかな。
とりあえず、目をつぶっちゃえば、朝にはなる。寝てしまえば、記憶は薄れる。
自分の部屋に行くのも怖かったから、また、ソファーに転がって、寝たんだよ。
そしてやってきた朝、つまりクリスマスの朝、俺が目を覚ましたのは、なんと自分の部屋だった。
俺は確かに、ソファーで寝たはずだ。
もしかしたら、親が担いで移動させたのかもしれない、と思って、急いでリビングに駆け込んだら、ばあちゃんが、いつも通りそこにいたんだ。母さんも父さんも、姉ちゃんもいた。いつもの冬休みの朝だった。違うことといえば、姉ちゃんがスマホを持っていた事と、あのソファーの上に見知らぬ紙袋があったこと。
昨日のことを尋ねてみても、みんな笑うんだ。
ばあちゃんが倒れたでしょ? って言ったら、もう大爆笑だよ。
信じられるか、俺の話。家族には、夢だ夢だと言われたけど、俺には、それが現実にしか思えない。チョコレートの匂いも、十二時過ぎの孤独も。
なぁ、どう思う。
紙袋の中身?
ケーキだよ。メレンゲ細工のサンタさんがのった、チョコレートケーキ。
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