1-9 再びの勾玉


「風呂 入ってこい。布団も敷いとく。」


 バーチャんに言われ替えの下着を持って風呂場に行くと、そこは全てが昔と違っていた。

 新品に近い脱衣所。

 風呂場の戸を開けて中を見れば、高級な宿にでもありそうな大きめの浴槽。


「スゴいな。バーチャんの趣味か?」


 驚きつつも、湯船に湯をためようと赤い印のついた蛇口を捻ると大量の湯が出てくる。

 これなら湯船も直ぐに満たされるだろう。

 シャワーを頭から浴び、まずは洗髪からとシャンプーを探せば女性用の高そうなのが置いてある。

 少し迷ったが、バーチャんは何も言わなかったので使わせてもらった。

 頭に続けて全身を洗い、シャワーで泡を流す頃には湯船に湯がたまっていた。

 蛇口を止めようとして、風呂場の壁のパネルに視線が吸い寄せられる。こっれってもしかして…


 ゴボゴボ… 

 ゴーゴーゴー


 なんとジャグジーまで着いてるじゃないか!


 俺は嬉しくなり全身を湯船に入れジャグジーを楽しんだ。



「バーチャん。すごい風呂だね。」

「気持ち良かっただろ。ビールでも飲むか?」


「これでビールまで飲んだら宿にでも泊まった気分になっちゃうよ。」

「そりゃぁええ。宿代払うか?」


 思わずバーチャんと顔を合わせて笑ってしまった。


「二郎。東京はどうじゃ?」

「まあ、あんなもんだと思うよ。」


「今日はどうしたんじゃ。何かあったんか?」

「まあ、疲れてたのかな。」


「そうかそうか。仕事なんぞで体を壊すんじゃないぞ。」

「ああ。ほどほどにするよ。」


 それからは以前に帰省した時から今までの仕事の話や、当時の部長と課長が会社を去った話、今のパワハラ課長が来てから忙しくなった話をした。

 ニコニコしながら、ウンウンと頷いて聞いてくれるバーチャん。


 そんなバーチャんの顔を見ながら、ふと思った。


 不在票を見た時。

 郷里の町に立った時。

 バーチャんに久しぶりに会えた時。

 マクドを食べていた時。

 そして風呂上がりの今。


 随分と心が解放された気がする。


 俺にはこうして話をする相手が今まで誰も居なかった。

 宅配便を受け取ってバーチャんに電話した時も、そんな話はしなかった。

 こうして話を聞いてくれるバーチャんが、ものすごくありがたい存在なんだと実感した。


 あれ?何か忘れている。

 そうだ。お爺ちゃんの勾玉!


 俺はキャリーバッグから箱を取り出し、バーチャんの前に置いた。

 バーチャんは黙って箱を見つめている。


「バーチャん。この勾玉…」

「やっぱり戻ってくるか…」


 そう言うと、バーチャんは黙ってしまった。


「持って来ない方が良かった?」

「いや。ワシのわがままじゃった。わざわざ持ってきてくれて、ありがとうな。」


 なんかバーチャんの様子が大人しい気がする。


「これって、お爺ちゃんの…」

「…」


 バーチャんが黙ってしまった。


「バーチャん。やっぱり持って来ない方が…」

「いや。これも定めかもしれん。」


 『定め』?なんだ?


 バーチャんは勾玉が入った箱の蓋を閉めると、座敷へ行き神棚に箱を置き手を合わせた。


 手を合わせ終わったバーチャんが言う。


「今日はもう寝るけん。話は明日でええか?」


 バーチャんの言葉に俺は頷くことしか出来なかった。

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