第95話 野営3

「さぁ! 出来たよ!」


 設置したテーブルの上に出来た料理を並べ、ボクは声をあげる。


 ボクたち「双星の菫青石」は冒険者パーティーだけど、ボクやリリアーヌは王族だし、付いてきているパルフェは近衛騎士団の騎士だ。だから、そんなボクたちは普通の冒険者とは正直言って明らかに違う。そのことを表す光景が、いま目の前に広がっていた。


 設置されたテーブルは王都の有名な職人が作った、一部の人しか持っていないという高価な折りたたみ式のテーブル。そしてその横には同じく折りたたみ式の椅子が人数分設置され、さらに奥に目を向けると、大きなサイズのテント。

 折りたたみのテーブルや椅子は金を出せば普通に帰る物だけど、普通の物より手間がかかるから高価だし普通の冒険者はそんなもの持ってはいない。その辺の切り株なんかをテーブル代わりにして地面に座るのが普通だ。テントだって、一般の冒険者は持ってはいない。冒険者は野営するのは普通のことだし、雨の中を一日中歩くことだってよくある話だ。雨を凌ぐフードや、タープ代わりにする大きな布と寝袋くらいは持っているけど、その程度だ。何人も中で寝られる大きなテントを持っている冒険者なんていないし、なんなら雨のなか黙って野営できて一人前的な雰囲気だってある。


「しっかし、仕事中の冒険者の野営とは思えない光景だな、こりゃ」


 テーブルの上の魔導ランタンの明かりの前で、ベルトランが呆れたような声で言った。

 その声に応えるのはパルフェとリリアーヌ。


「まぁ、そりゃこうなるわよ。いくら非公式のお忍び的な任務とはいえ、王女殿下が二人もいるんだからね。そこらの冒険者と同じように地べたに座って食事して寝袋で寝て、なんてさせられる訳ないじゃない」

「……まぁ近衛はそう言うじゃろうがのぅ。寝袋で転がって寝るのも、いかにも冒険者の旅という感じでワクワクするんじゃがな」

「ははっ、寝袋で寝る非日常感を楽しめるのは、リリアーヌ殿下が王女殿下だからさ。冒険者的には金がかかるからやらないが、野営の環境が豪華ならそれに越したことはないさ」


 リリアーヌの反応に、からからと笑うベルトラン。


 でも、ベルトランが呆れるのも分かる。

 折りたたみ式とはいえきちんとしたテーブルと椅子が並べられ、その上にはボクが作った料理が並べられている。メインディッシュはオーク肉のポークソテーで、エステルさんとパルフェが採ってきてくれた野草をサラダにして添えている。パンはあるけど固くてあんまり美味しくないから、魔導袋に入っていたじゃがいもを使ってガレットを作ってみた。じゃがいもを千切りにして焼いただけの料理だけど、王宮の財力を活用して調味料をふんだんに使っているからとても美味しいと思う。


 正直、ひさしぶりの料理で頑張りすぎた感すらある。

 冒険者が野営中に食べる食事ではないかな、とは思う。


「うぉ~~? にゃに、これ! なんにゃのら、これ! おいしそうにゃのら!!」


 身を乗り出したのは、ナルちゃん。目はきらきらと輝き、フードのネコ耳もいつもよりピンと立っていた。

 そんなナルちゃんの様子に、くすりと笑みが漏れる。


「ちゃんと椅子も用意したからね、ちゃんと座ってからね」

「んあ~~?」


 戸惑うナルちゃんを椅子に座らせてあげ、ボクも腰掛ける。

 その様子を微笑ましそうに見ていたみんなも、全員席に着く。席に着き、食事を前にして体の前で軽く手を合わせる。


「女神様、日々の糧を与えてくださりありがとうございます。女神様に、すべての恩恵に感謝を」


 みんなで食事の前のお祈りを捧げる。

 サントゥイユ王国では、こうやって食事の前に女神様に感謝を捧げるのが一般的だ。今はもう無いけど、他の国でも同じように女神様を信仰していたらしい。


 だけど――


「うぅ??」


 ナルちゃんは、そんなボクたちを不思議そうに見回していた。

 まるでそれが、初めて見る光景であるかのように。


「ナルちゃん? 食事の前には女神様に感謝を捧げるんだよ。パパから聞いたことない?」

「う? めがみしゃま??」


 聞くけど、ナルちゃんは不思議そうに首をかしげる。


 女神様のことを聞いたことすら無い? そんな事ってあるの?

 ボクの育った村は比較的信心深い方だったけど、確かに周りにはそれほど信心深い方じゃない村もあった。だけど、小さい子供でも女神様のことを聞いたことすらない子はいなかった。……いや、信仰はべつに強制されているわけじゃない。女神様を信仰していない村があっても、不思議ではない……かな?


「ま、まぁいいや。さぁ、みんな召し上がれ!」


 声をかけると、みんなが待ってましたとばかりにナイフとフォークを握りしめる。


「おぉ、うまいのじゃ! さっすがシルリアーヌなのじゃあ!」

「むむ、さすがシルリアーヌ様。王宮の料理人にも負けない、見事な味付けです」

「おいしいの! さすがお姉さま、王宮の料理人なんて目じゃないの。王国一、世界一の料理なの! ああ、久しぶりのお姉さまの手料理……ああ、幸せ……」

「あ、ほんとう、美味しい。確かに王宮の料理人並、と言われても頷ける味ね。かわいくてかっこよくて、さらに家庭的だなんて……ますますシルリアーヌ姫様にお仕えする近衛騎士団長になりたくなったわね!」

「お前の料理は久しぶりに食べたが……相変わらず旨いな。しかも、あの頃より腕を上げたな?」


 みんな料理を口に運び、感想を言ってくれる。

 うん、みんな喜んでくれたみたいで良かったよ。


 ナルちゃんも、美味しい?


 そんな言葉をかけようとして――


「うぅ……」


 料理に手を付けず、俯いて黙り込むナルちゃんに気がつく。

 フードのネコ耳も、心なしかへなりと垂れ下がっている気がした。


「あれ? ナルちゃん、食べないの? もしかしてお肉とじゃがいも嫌いだった?」


 言葉をかけるけど、ふるふると首を振るナルちゃん。

 なら、どうして?


 ナルちゃんがこちらの顔色をうかがうように見上げてくる。その瞳は、不安と怯えに彩られゆらゆらと揺れていた。


「たべて、いいにょ?」

「え?」

「こんなりっぱな、おりょうり、我、たべていいにょ? たべたら、おこられない? なぐられたり、しにゃい?」

「っ……!」


 言葉を失う。


 そんな言葉が出てくるとは思わなかった。食べたら、怒られる? 殴られる?

 ネコ耳のフードをパパにもらった、と嬉しそうに言うナルちゃんの笑顔が脳裏に浮かぶ。もしかして、そのパパに? 虐待されていた、ってこと?


 いろいろな考えがぐるぐると脳裏を巡り、なんと言っていいのか言葉が出てこない。

 そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、リリアーヌがじゃがいものガレットを囓りながら頷いた。


「当たり前じゃ。シルリアーヌが妾たちのために作ってくれたんじゃよ。ナルよ、お主も遠慮せず食べるのじゃ」

「うぅ?」


 リリアーヌに視線を向けた後、ふたたびこちらを見上げてくるナルちゃん。

 そんな彼女に向けて、にっこり笑って頷いてあげる。


「そうだよ。せっかく作ったから、食べてくれないと悲しいかな?」

「う……?」


 ナルちゃんが、不安そうにきょろきょろと辺りを見回す。

 いつの間にか、ナルちゃんに集まっていた視線。その全てが優しく頷くのを見て、ナルちゃんは手の中のガレットをおそるおそる口に運ぶ。


「はむっ。ん……うぅ? お、おいしいにょらっ!! おいしい、おいしいにょら、シルリアーヌ!!」


 表情をぱあっと輝かせ、きらきらと輝く目でおいしいと訴えてくるナルちゃん。彼女の感情の盛り上がりにつられて、フードのネコ耳もぴこぴこと揺れる。

 その嬉しそうな表情を見たら、ボクもほっと安心して肩の力が抜けた。


「そう、よかった。気に入ってくれて」

「美味しいじゃろ? シルリアーヌの料理は。遠慮などせず、どんどん食べるのじゃ」

「ありがとうなにょら、シルリアーヌ! ありがとうにゃの……えっと……」


 ボクに向かって、笑顔でお礼を言うナルちゃん。それからリリアーヌの方へ向かってお礼を言い、言葉に詰まった。

 

 あ、名前。分からないかな?

 ボクがそう思った時リリアーヌも察したのか、にかりと笑い、言う。


「リリアーヌじゃ」

「う? リリアーヌ?」


 こてりと首をかしげるナルちゃん。


「そうじゃ。シルリアーヌの双子の妹……にして姉分でもある、リリアーヌじゃ!」

「う! ありがとなにょら、リリアーヌ!」


 リリアーヌへ向かって、満面の笑顔でお礼を言うナルちゃん。いい子だ。妹にして姉分、という説明は意味が分からないと思うけど、理解できていないのか、ナルちゃんは素直に頷いた。

 正面からの素直なお礼に、照れて困ったように「うむ……」とか言うリリアーヌ。相変わらず正面からの好意に弱いリリアーヌに、くすりと笑みが漏れる。


 そんな様子を見たパルフェが、自分の分のガレットをぱきりと半分に割った。そして割れたガレットの小さい方を、ナルちゃんのお皿に乗せる。


「気に入ったなら、パルフェの分も食べていいわよ。この場限りなら身分とかは大目に見るからね」

「う! ありがとうなにょら! えと……」

「パルフェよ。最初は警戒しちゃってゴメンね? かわいい女の子を疑うなんてしたくないけど……ほら、お仕事だからね? よろしくね、ナルちゃん」

「うぅ? よくわからにゃいけど、パルフェよろしくなにょら!」


 ふたたび、嬉しくてたまらないという表情で微笑むナルちゃん。

 言動が幼いナルちゃんは何かするたびに身振りが大きいから、その度にフードのネコ耳がゆらゆらと揺れる。楽しくてたまらない、という彼女の感情を表すように、踊るように。


 そんな様子が楽しくて、みんなが次々ナルちゃんのお皿にガレットを乗せていく。名前を名乗り、自己紹介をしながら。

 あんまり相性が良くなさそうだったジゼルちゃんも、しぶしぶといった感じだけど嫌そうではなかった。そしてその度に、ナルちゃんがみんなの名前を呼んでお礼を言う。


 すごく楽しくて、嬉しい時間だった。

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