第47話 パーティー3

「はぁ?」


 ボクがシルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユだと告げた時の、ミランダの反応はそんな声だった。

 そして、可笑しくてたまらない、という風にお腹を抱えて笑い始める。


「ふ、うふふふふ……あははははははははっ! なに言ってるのあなた、頭おかしくなったの? 第七王女? そんな訳ないじゃないの! あはははははは!」


 笑うミランダを見ると、まぁそりゃそうだよね、という気持ちも湧いてくる。

 ボク自身どうしてこうなったのか、良く分からないし。だけど、ジゼルちゃんを開放するってボクは決めたんだ。


 腰の魔導袋から、紫色のハンカチに包まれた国王陛下からの手紙を取り出す。

 エステルさんがやっていたのを思い出しながら恭しくハンカチを開いてゆく。そして取り出した手紙を開き、ミランダに向けて掲げる。


「これは国王陛下より拝領いたしました陛下直筆の手紙です。ボクがシルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユだと陛下に保証していただける、という証となります」


 言うと、とたんに周囲の喧騒が増す。


「国王陛下?! なにバカなこと言ってるのよ?! そんな訳ないじゃない!」

「バカな、国王陛下?! そんな事があるものか!」

「国王陛下ですと?」

「王女殿下? 平民ではなかったのか?!」


 ざわざわとする貴族様達の中、オスニエルがゆっくりと近づいてくる。


「言うに事欠いて国王陛下の手紙だと? きさま自分が何を言っているか分かっているのか? 嘘でしたでは済まされない事だぞ、それは」


 その言葉を聞くと、どきりとする。

 ボクも正直それが本当に本物なのかと聞かれると、「エステルさんは本物だと言ってたし……」としか言えないんだよね。信じてるよ、エステルさん……。


 ボクの掲げた手紙を覗き込んだオスニエルが、ぎょっとして数歩後ずさる。


「ほ、本物……。本物の国王陛下の手紙だ……」

「はぁ? なに言ってるのよオスニエル! そんな訳ないじゃないの!」

「だ、だが国王陛下のサインもある。この筆跡は確かに国王陛下だ、王国の公文章で何度も見た……」


 顔真っ赤にして叫びをあげるミランダに、動揺した表情で返すオスニエル。

 そんなオスニエルの言葉に、会場の喧騒はさらに大きくなっていく。


「ま、まさか本当に国王陛下が?!」

「ではあの娘……いや、あの方は本当に王女殿下?」

「わ、わしはさっき接待だなんだと王女殿下に失礼なことを……」

「王女殿下……シルリアーヌ……では、あの市井の噂は本当だったのか?!」

「おぬし、なにか知っていたのか?! なぜ早く言わぬ!」

「し、しかし……市井の根の葉も無いただの噂だと……」


 喧騒の中、ミランダがよろよろと数歩後ずさる。


「偽物よ! そんな手紙偽物に決まってるわ!」

「し、しかしミランダ……。確かに筆跡は国王陛下の物だし、何の根拠もなく疑いをかければこちらが不敬罪に……」

「こ、こんな事があるわけないわ!!」


 そんなミランダの目を正面から見つめ、言う。


「これでさっきの神明裁判は無効となったよね?」

「くうっ……!」


 平民が貴族を侮辱したことが神明裁判の開かれた理由なら、これで神明裁判は無効だ。


「そして、第七王女の名において言うよ、ジゼルちゃんをこちらに引き渡して。あなたが平民の冒険者を使い潰して使い捨ての様に追放していることは、ランヅたちの証言で分かっている。

 ランヅ達の様にジゼルちゃんが追放され盗賊になってしまう可能性があるって、このままにしておくと治安上問題が生じる可能性が高いって王族が判断したんだ」

「ううう……」


 ぶるぶると震えるミランダと、おろおろと困惑の表情を浮かべるオスニエル。

 少し視線をずらすと、信じられないものを見るような目でこちらを見つめているジゼルちゃんと目が合う。希望が出てきたからかな? その上気した表情を見ていると、ボクも決心した甲斐があったと嬉しい気持ちになる。


 だから、ボクは負けるわけにはいかない。


「無償で引き渡せとは言わない、相応の値段で買い取るよ」


 ジゼルちゃんがいくらしたかは分からないし奴隷の相場なんか知らないけど、このくらいで足りるかな?

 数枚の金貨をとりだし、ミランダに向かって歩を進める。


「無理を言っているのは分かっている。王族のボクを平民扱いして神明裁判にかけようとした事と、接待だなんだでボクを好きにしていいって言った事、これは不敬罪と言われても仕方ないよね? ジゼルちゃんを譲ってくれたらそれを見逃してあげる、って言ってるんだよ」


 一歩一歩進みながら、必死で頭を働かせる。

 リリアーヌが普通に問い詰めてもミランダは動じなかったし、ジゼルちゃんを開放しようとはしなかった。だったら、それ以外の部分でミランダの弱い所を探して追及するしかない。この場合は、じつは王族だったボクに失礼なことをした、その引き換えにジゼルちゃんを譲って欲しい、という方向にもっていくんだ。


「身分の低い者は高い者に従うべきなんだよね? だったら聞いてくれるよね?」

「ううっ……!」


 だから、もう一押しだ。


「第七王女シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユとして命じます。ジゼルちゃんに覊束の円環を利用して命じた命令を取り消して、こちらに引き渡して」

「くうううっ……!」


 ミランダの手を取り、その手の平に数枚の金貨を乗せる。

 彼女は口をぱくぱくとし、その表情は赤くなり、青くなり、そして……


「……分かったわ。ジゼルに命令したすべての命令を取り消すわ」


 ミランダは歯をぎりりと食いしばり、呻くような声で吐き出した。


 よかった、とボクがほっと息を吐いたと同時に


「……っ! お姉さまあっ!!」


 感極まったような声と、ボクの中に飛び込んでくる小さな体。


 お姉さま?


 そこはちょっとよく分からないけど、その小さな体を抱きとめて頭を撫でてあげる。


「ジゼルちゃん、良かった……。助けるの遅くなってゴメンね」

「ううううっ……ご、ごめん……なさい……。よかった……あ、ありが……とう…………」


 ボクの身体を力いっぱい抱きしめて、泣きながら声を絞り出すジゼルちゃん。

 その様子を見ていると、良かった、助けることが出来た、という思いが沸き上がってくる。色々あって無力感にさいなまれたりしたこともあったけど、ボクはボクの力でひとりの女の子を助けることが出来たんだ。


 だけど、まだ完全に気を抜くわけにはいけない。

 すこし視線を上げると、怒りにゆがんだ顔でぶるぶると震えるミランダ。


「ああ……私の性奴隷が……私のシルリアーヌが……」


 なんだか呆然とした声で呟いているオスニエル。


「ミ、ミランダ嬢は許されたのかもしれんが、我々はどうなるのだ?」

「わ、わたしは何と失礼なことを言ってしまったのだ……」


 そして、顔を見合わせおろおろと右往左往する貴族様達。


 ボクはジゼルちゃんを抱きしめたまま、彼らをぐるりと見まわして言っておくことにする。


「これで、ここにいる全ての方達の行いを許すよ」


 露骨にほっとした雰囲気になる貴族様達。


 でも、これも言っておかなくちゃ。


「だけど、これまでランヅみたいな平民の冒険者が利用され、名誉を奪われ、盗賊などに身を落としたのは問題だよ。盗賊行為をしたのはランヅ達の責任だし罪は償ってもらわないといけないけど……だけどボクは彼の名誉も回復してあげたい」


 もう一度周囲をぐるりと見まわす。


「だから、そういった人たちの名誉が少しでも回復するように、いろんな人に話をしてあげて欲しい。彼らは悪い事をしたかもしれないけど、彼らも被害者で、同情すべき余地があるんだって」


 そうすればランヅ達の名誉は少しでも取り戻せるだろうし、失った天職の祝福だって戻ってくるだろう。

 貴族様達の繋がりや噂話で失った名誉を取り戻すために、同じように貴族様達の繋がりや噂話を利用するってのはちょっとどうなのかな、って思わなくもないけど。


「ボクからはそれだけだよ」


 そう言って踵を返す。

 抱きついたままのジゼルちゃんと一緒に、ミランダたちに背を向け外に向かって歩き出す。


 会場に入ってきたときは、ざわざわする人たちの間を邪魔にならないようにこっそり入ってきた。だけど今はしんと静まった会場の中、ボクたちの進路を開けるように人の波が割れていく。


「ふざけんじゃないわよおおおっっ!」


 激昂したミランダの声と、何かが割れるような音が聞こえる。

 せっかくのパーティーをひっかきまわしてゴメンね、という気持ちもないでもない。だけど、ジゼルちゃんたちにしたことは、やっぱりいけない事だと思うんだ。


 だからボクは振り返らない。

 

 ジゼルちゃんを連れてそのまま会場を後にした。

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