第48話 第七王女

 ミランダのパーティーから帰った来たその日の夜、ボクは鋼の戦斧亭の自室でジゼルちゃんの寝顔を眺めていた。


 ミランダのジゼルちゃんへの扱いがあんまりにも酷くて、思わずさらうように連れ出してきてしまったボク。だけどそれからどうするかは全然考えていなかった……。

 特にジゼルちゃんをどうこうするつもりはなかったし、自分の家があるならそこに連れて行ってあげるつもりだった。だけどジゼルちゃんのご両親は亡くなっているし、出身地の村ももう存在しないみたい。そしてその後犯罪奴隷にされて王都に連れてこられたから、この王都にジゼルちゃんの居場所といえる場所はどこにもない。


 だからとりあえず、ここ鋼の戦斧亭の自室に連れてきてしまった。

 

 ボクはこんな格好だけど男だし、男と同室ってのはどうかと思う。ボクもバレるの怖いし。

 だけど……ジゼルちゃんはここまで来る途中、酷くおびえた様子でボクに抱き着いたままだった。まだ動揺しているのか、ボクにお礼言ったりボクを気遣ってくれたりしたけど基本的は無口で、歩いている時もを頻繁にきょろきょろとし何かに怯えているような様子だった。


「一応ミランダの同意で開放してもらったし、怯える必要は無いんだよ」


 そう言うと頷いてはくれたけど体に染みついているのか、怯えたままだった。


 特に、男性への怯えが酷い。

 鋼の戦斧亭に着いたとき主人のロドリゴさんが出迎えてくれたんだけど、ジゼルちゃんは怯えてボクの後ろに隠れてしまった。ロドリゴさんは酷くショックを受けていたから、あとで謝っておかないと……。

 というかボクも男なんだけど、大丈夫なのかな……?


 まぁそんな状態だったので1人部屋にするのは不安で、同じ部屋に泊まってもらうことにした。


 疲れていたんだろう、ジゼルちゃんすぐベッドに横になってしまった。

 匂いが気になるのかな? しばらくはくんかくんかと匂いを嗅いでいたけど、すぐに寝息を立て始めた。


 なにか変な匂いするかな?


 ジゼルちゃんが良い夢を見られるよう、頭を撫でてあげる。


「…………お姉さま……」


 ジゼルちゃんが寝言で漏らした声に、くすりと笑う。


 ジゼルちゃんはどうしてか分からないけど、ボクをお姉さまと呼ぶ。

 ボクは男だし、正直お姉さまは恥ずかしいんだけどな……。


 そんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。昨日の事と今日の事を考えると、だれが来たのかはだいたい分かる。


「はぁい」


 返事をしてドアをけると、そこに立っていたのは予想通りエステルさん。

 その横には、何故か不機嫌そうなリリアーヌ。リリアーヌは来てくれるかどうか分からなかったから来てくれて嬉しいけど……どうして不機嫌そうなんだろう……?


「夜分遅くに申し訳ございません。どうしても本日中に確認しておきたかったものですから」

「ううん、ボクも聞きたいことあったし来てくれて嬉しいよ」

「……邪魔するのじゃ」


 ふたりを招き入れ、紅茶の用意でもしようとしたボクをエステルさんが遮った。


「紅茶は私が淹れますから、シルリアーヌ様は座っていてください」

「え? でもここはボクの部屋でふたりはお客様だし……」

「いいから座っていてください」


 なぜか強硬に紅茶を入れると主張するエステルさん。

 ボクとリリアーヌが椅子に座り、エステルさんが紅茶を淹れ終わり腰かけてから話が始まった。

 

「ジゼルさんを連れてきた、ということはあの手紙はやはり使われたのですね?」


 ジゼルちゃんの方を見ながら、エステルさんが言う。


「うん、使っちゃったよ。ジゼルちゃんをここへ連れてきたのは、ジゼルちゃんにはいく所が無いからなんだ。明日からどうするかはまだ決まってないよ」

「そうですか、やはり」


 エステルさんは納得したように頷くと、驚くような事を口にした。


「じつは今日、王城に貴族各位と使用人たちが集められ、国王陛下より発表がありました。シルリアーヌ様――シルリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユが王位継承権第十位・第七王女として復位する、と」

「うええええっっ?!」


 思わず声を上げて、立ち上がる。


 国王陛下から発表があった?!


「確かにボクは第七王女だってミランダの前で宣言したよ?! でもあれはボクがミランダからジゼルちゃんを取り戻すためのハッタリみたいな物で……、もちろん王族なんかじゃないし……名前だけの王族としてひっそり生きていくつもりで……」


 ボクがしどろもどろになりながら言うと、エステルさんははぁ、とため息をついた。


「やっぱり完全には伝わっていなかったのですね。国王陛下が書状にしたためてサインを記した、その事実はシルリアーヌ様が考えるより遥かに重いです。ただのハッタリなどという事はありえませんし、シルリアーヌ様が王族の血を引いていようが引いていなかろうがあの書状がある以上、あなたは王位継承権第十位の第七王女です」

「そんな……」


 呆けたようにエステルさんの顔を見つめ返した。


 たしかに、ボクは『シルリアーヌ』という女性であることも『第七王女』という肩書も受け入れるつもりでいた。

 だけどそれはボクがそれを受け入れて生きていく、という意味合いであって、新たな王位継承者だと国王陛下から正式に発表される――そんな事態まで想定してはいなかった。


「そして、同時にもう一つ発表がありました」

「え?」


 ボクが問い返すと、エステルさんはちらとリリアーヌに視線を向ける。


 部屋に入って来てからなんだか機嫌の悪いリリアーヌが、ジトっとした目でこっちを見ながら続ける。


「……妾が王位継承権第十一位・第八王女に降格になると発表されたのじゃ」

「うわあああああああっ?!」


 思わず、椅子を巻き込んだまま後ろに倒れ込んだ。


 だよね? だよね?


 第七王女って書いてあって、おかしいなーっ、て思ったんだ。


 第七王女ってリリアーヌの事じゃなかったかな、って。


「ごめんなさいごめんなさい! 正直、ボクが第七王女だって言った事でだれかが降格になるなんて全然想像してませんでしたあっ?!」


 土下座して頭を下げる。


 言われてみれば当たり前なんだけど、ボクが王位継承権第十位・第七王女であることを認めてしまうと、その分誰かが格下げになる。しかもそれがリリアーヌだなんて、まったく考えていなかった。

 しかも、国王陛下に認めてもらうために冒険者として頑張っているリリアーヌにとっては、その口から継承権が格下げになることを発表されるというのはとても辛い事だっただろう。


 いくら謝っても許してもらえるとは思えない。


「ごめんなさあい! ごめんなさああい!」


 ボクが土下座したままぺこぺこと頭を下げていると、リリアーヌが憤懣やるかたない、といった声で呟いた。


「……どうして、妾が妹なのじゃ」

「ふえ?」

「妾が姉で、お主が妹ではなかったのか?! どうしてお主が第七王女――『姉』になっておるのじゃあっ?!」

「そっち??」


 えええっ?!


 怒っているのは継承権が下がった事じゃなくて、ボクが『姉』扱いになっているから?!


 リリアーヌは怒りの表情で机をぱしぱしと叩く。


「妾の方が王族としての経験は上じゃし、姉に相応しいはずじゃ! なのになぜ妾が妹扱い? シルリアーヌは妾の『妹分』として頑張っておると、じいやにも言っておったはずじゃ! なんでじゃあっ?!」


 パメラちゃんが怒るから、机は傷付けないでね?

 そんな事を考えていると、エステルさんがボクの方へ少し身を乗り出して、小声で言う。


「国王陛下からの発表があってから、ずっとこんな調子なのです……。それに継承権の順位に関しては、私ごときではなんとも……」


 エステルさんも首をひねる。

 だったら、なおさらボクに言われても困るんだけど……。


「うむ、分かったのじゃ」


 そうしてると、リリアーヌは何が分かったのか、自己完結してすっくと立ちあがる。


「シルリアーヌ、やはりお主は妾の『妹分』なのじゃ。王族に名を連ねる身になったとはいえ、王族としてはあまりに未熟。それゆえ『姉』たる妾が導いてやらねばの」


 そしてこっちを見つめて爽やかな表情で言う。


「お主は妾の姉かもしれぬが、同時に『妹分』でもあるのじゃ」

「う、うん……。ボクはどっちでも……」


 姉でも妹でもないし……。


 困惑してエステルさんに視線を向けると、エステルさんは少し肩をすくめた。


「私としましては、リリアーヌ様が納得していただければ構いません」


 だよね。


 「やはり妾が姉なのじゃな!」と高笑いを上げるリリアーヌの横で、エステルさんは少しだけ真剣な表情で言う。


「これまで私はシルリアーヌ様にどういう態度を取ればいいのか、掴みかねていたところがありました。ですが、これから私はシルリアーヌ様を王女殿下として扱わせていただきます」


 その真剣な顔を見て、部屋に入ってきた時に自分で紅茶を淹れると譲らなかったことを思い出す。

 あれは、そういう意味だったのかな。


 そんなふたりと、ベッドで寝息を立てるジゼルちゃんを見る。

 王都へきて、リリアーヌと出会って、ボクの周囲を取り巻く環境は一変した。だけど、また状況が一変していきそうな気配がする。


 でもみんながいれば退屈はしない、それだけは間違いない、そう思った。

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