第40話 オーク討伐5
「はぁ、はぁ……こ、これはきつい…………」
膝に手をついて、身をかがめて息を整える。
周囲のオークたちはすべて動かなくなり、新しいオークも出てこなくなっていた。視線をぐるりと回せば、動いているのはボクの他にはリリアーヌとエステルさんだけ。
ぽたぽたと地面へと落ちる汗を眺めながら、先ほどの闘いを振り返っていた。
次々と湧き出る様に現れるオーク。
一体一体はただのオークだしはっきり言って弱いんだけど、その数があまりにも多かった。魔人との戦争に参加したこともあるベテラン冒険者から聞いた、「戦は数だ」という言葉が脳裏によみがえる。圧倒的な数を相手に、剣という武器はあまりにも頼りない。上位精霊術が使えるようになってなければ、暴力的な数のオークに押しつぶされていたかもしれない。
「エステルさん、大丈夫?」
ゆるゆると顔を上げ、エステルさんに問いかける。
先の戦闘で一番負担の大きかったのはエステルさんだ。ボクは所々で精霊術でオークを薙ぎ払っていたし、リリアーヌは創炎たるリンドヴルムのファイアボールをひたすら放ち続けていたから肉体的な消耗はそれほどでもないはず。
でもエステルさんの武器はカタナだけで、ソードマスターの天職の彼女は術を使うことは出来ない。
というか、そもそも今エステルさんはメイド服だし。
「はぁはぁ……もうしわけありません、すこし……厳しいです……」
エステルさんは、オークの死体に腰かけて息を整えていた。魔物の死体に腰かけるというのは気持ちの良いものじゃないし、彼女にとって大事なメイド服が魔物の血で汚れるのに注意を払う余裕も無い、という様子が彼女の消耗を物語る。
「回復かけますね、
きらきらとした白い光がエステルさんに降り注ぐ。
エステルさんに刻まれていた大小さまざまな傷が癒えていき、疲労の色の濃かった表情も晴れやかなものに変わっていく。
エステルさんは立ち上がり、んーー、と大きく伸びをする。
「ふぅーー、ありがとうございます。だいぶスッキリしました」
「とんでもない、お役に立てて嬉しいよ」
「……というかエステルよ、お主いいかげん剣士装備を身に着けるべきではないかの?」
息を整えていたリリアーヌが、じとっとした目でエステルさんを見つめていた。
うっ、と一歩後ずさるエステルさん。
リリアーヌがエステルさんを問い詰めるという光景は珍しいなぁ、と思いながらエステルさんに視線を戻す。
彼女の身に着けたメイド服はあちこちが破れ切り裂かれ、服としての役割を果たせる状態ではなくなっていた。それはエステルさんの置かれていた過酷な戦闘の様子を物語っているんだなぁ……とかいう事をボクは、切り裂かれたメイド服の間から見える下着や肌色を極力見ないようにしないようにしながら考えていた。
ボクがそんなことを考えているうちに、エステルさんの方が劣勢に追い込まれ、彼女はがっくりと項垂れた。
「確かに、そうです。シルリアーヌ様がいなければ、リリアーヌ様も私自身もどうなっていたか分かりません。こだわりを捨てて剣士装備を身に着けるべきでした。主の護衛というお役目の中に私情を持ち込むべきではありませんでした……。申し訳ございません……」
「う、うむ……分かってくれたのなら嬉しいのじゃが、それほど落ち込まんでも……」
エステルさんは自らの過ちを悔いるように表情を歪ませると、深々と頭を下げた。
でもそんなエステルさんの様子に一番驚いたのは、剣士装備を身に着けるべきだと言ったリリアーヌ自身だった。
リリアーヌとエステルさんは確かに主従なんだけども、その関係は親友のように気兼ねなく相手を思いあう関係だ。いつものように軽い調子でリリアーヌは指摘したんだろうけど、エステルさんはリリアーヌへの親交と同時にメイドとしての自分に誇りを持っている。主であり友人でもあるリリアーヌを自分の勝手なこだわりで危険にさらしたとすれば、それは彼女としては自分を許せないのだろう。
リリアーヌが、ちらちらとこちらに視線を送ってくる。
「なにかフォローせぬか!」という無言のプレッシャーを感じるんだけど、そう言われても……。そう思ったボクの脳裏に、ぴんとひらめく物があった。
「ねぇ、エステルさんの剣士装備とメイド服の『境目』ってどこにあるのかな?」
顎に指をあてて考えながら言うと、リリアーヌとエステルさんの視線がこちらに向く。
「境目、ですか?」
「どういう事じゃ?」
「えーっとね……」
ボクの天職はプリンセスだ、不本意だけどね。
この天職は村で母様の服を着たりしても一度も発動しなかった。でも王都に来てリリアーヌに出会い彼女の服を着せてもらい、適当に纏めてあった長い髪を下ろした途端に天職が発動したんだ。
つまり『ドレスを着て髪は適当に纏めてある』状態ではダメで『ドレスを着て髪を下ろした』状態ならオッケー。その間に境目、ラインがあってそのラインを超えた時にプリンセス
「……だからね、メイド服を脱いで剣士装備に着替えるんじゃなくて、メイド服の上からちょっとづつ防具を身に着けて行って、どれだけの防具を身に着ければ剣士
「おお……!」
「なっ! そ、そんな方法があるのですか……!」
リリアーヌとエステルさんのきらきらとした目が、救いの神を見つけたようにボクを見つめていた。
「い、いや……ちょっと思いついただけだから、あんまり期待されると困るんだけど……」
「そうかもしれぬが……確かにお主の言うとおりかもしれぬ」
「そうです! シルリアーヌ様の言うとおりにすれば、メイド服のまま天職の力を使うことが出来るかもしれません! ずっと天職の事で悩んできましたが、この悩みを終わらせることが出来るかもしれません!」
「いや、素直に着替えてくれれば済む話なのじゃが……」
エステルさんはリリアーヌのつっこみは無視して、天に向かってガッツポーズを決める。
なんだかコミカルなその光景に思わず笑ってしまうけど、エステルさんの悩みが少しでも晴れてくれればボクも嬉しい。
嬉しいんだけど……
「ほんとうに、ちょっと思いついただけだから上手くいくとは限らないからね?」
しつこいかな、とは思うけど、もう一度念を押しておく。ほんとうにただの思い付きだから、期待させて無理でした、なんて事になるとさすがに申し訳ない。
エステルさんは「分かってますよ」などと言いつつ、晴れ晴れとした笑顔だった。
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