第41話 オークロード

「さぁ、早くオークロードを倒して帰りましょう!」


 先頭を歩くエステルさんは、いつもになく上機嫌だった。

 そんなエステルさんが身にまとうのは、メイド服ではなくて剣士の装備。ボクがちょっと思いついただけのメイド服と剣士装備を同時に着用するアイデアを聞いてから、エステルさんは上機嫌だ。


 ボク達は今、オークロードを探して森の中を進んでいた。

 街道に現れたオークの大群で一段落ついたのか、森に入ってから今のところオークの姿は見えない。


「うう……本当にただの思い付きなのに……。これで無理でした、ってなったら申し訳なさすぎるよ……」


 なんだか胃がしくしくと痛む気がするよ……。

 でもリリアーヌはそんなボクの気持ちを知ってか知らずか、からからと笑っていた。


「まぁ大丈夫じゃろ! 早くオークロードを討伐して帰るのじゃ!」

「うう……人の気も知らないで……」


 じろりと睨みつけてみるけど、リリアーヌは「そんな可愛い顔で睨まれてものう!」とけらけらと笑う。


 うーーーーっ!!


「でも、オークロードかぁ……」


 オークロードの事を考えると、なんだか心配になる。


「なんじゃ、心配か?」

「だって、ロード種だよ、ロード種。さっきのオークの大群でも必死だったのに……」

「……あれは大変じゃったの。でも考えてみぃ、あの大群もなんとかなったのじゃぞ。ロード種とはいえ所詮はオーク。多少強かろうが、オークが一匹くらい何ほどのものでもないわ」

「うーん、それはそうかもしれないけど……」

「思い出してみぃ。妾たちはあのダンジョンで力を合わせオーガロードを倒したではないか。それと比べれば所詮オークなのじゃ」

「そうか……、うん、確かにそうだね」


 こくんと頷く。

 リリアーヌ達と出会ったあのダンジョンで、ボクとリリアーヌとエステルさんは力を合わせてオーガロードと、そしてあの恐ろしいランドドラゴンを討伐した。確かに、オークロードがそれより強いとは考えにくい。


「なんともお主らしいが、あんまり心配性すぎるのは良くないのじゃ」

「くすっ、リリアーヌもあんまり楽観的過ぎるのは感心しないけどね?」

「わはは! 調子が戻って来たではないか!」


 リリアーヌと顔を見合わせて笑う。

 確かに、ボク達はちゃんと力を付けてきている。相手を侮るのは良くないけど、もっと自信を持ってもいいのかもしれない。


 なんてことを思っていると


「……いました」


 木に隠れて向こうを窺っていたエステルさんが、こちらを振り返ることなく小声を発する。

 ボクとリリアーヌもお喋りをやめ、エステルさんに駆け寄り木の向こうを覗き見た。


「……!!」


 思わず息をのむ。

 横でも同じように息をのむ気配が伝わってくる。木々の向こうに見えるのは、木が途切れ広がる広い空間と、そこにひしめき合うオーク、オーク、オーク……。


「うじゃうじゃいるのぅ……」


 リリアーヌが小声で、げんなりとした声を出す。

 確かにこのオークの群れを見ると、気が滅入ってくる。でももう少し注意深く見てみると、群れの中央あたりに大きな岩があり、その上には一体のオークが立っているのが見える。そのオークはひときわ大きな巨体を持ち、その手にはどこから持ってきたのか立派な斧。そして、しきりに辺りをきょろきょろと見回し、なにごとか叫び声をあげていた。


「もしかして、あれがオークロード?」

「確証はありませんが、そう考えるのが自然でしょうね」

「あんな目立つ場所にいるなら、妾のファイアボールで一撃じゃろ」


 リリアーヌが創炎たるリンドヴルムを握り締める。

 たしかに、一体だけ目立つ場所に立っていれば術の的になるだけだ。あまり賢い位置取りとは言えないけど、そこはやっぱりオーク、という事なんだろうか?


「どうします?」


 振り返り、小声で聞いて来るエステルさん。


 どうしよう?


 考える。

 まだ相手はこちらに気付いていない。奇襲をかけることは出来るけど、オークの数はあまりにも多い。奇襲だろうが何だろうが、あっという間にオークに取り囲まれ乱戦になってしまうだろう。それならば、ここは一旦引いてどこかにいるだろう他のパーティーと合流して共同戦線を張る方がいいかもしれない。


 どうしたらいいんだろう?


 なんとなく周囲をきょろきょろと見回してみる。なにかいいアイデアは――などと思った時


「あ……」

「プギィ?」


 一体のオークと目が合った。


 ボクたちの背後の木の陰から出てきた、見張りか何かであろう一体のオーク。

 前方のオークの群ればかりに気を取られ、背後から現れる可能性を完全に失念していた。数秒とも数十秒ともしれない時間、見つめあうボクとオーク。


「やばっ……!」


 慌てて腰の疾風たるファフニールに手を伸ばすが――


「ブギイイイイイィィィィッ!!」


 オークは周囲一帯に響くような大音量の叫び声をあげる。


 失敗したっ!?


 すぐさま距離を詰めオークの首をはねるけど、もう遅い。


「気付かれましたっ!」

「オーク共がこっち来るのじゃ!」


 エステルさんとリリアーヌの悲鳴のような声が上がる。

 振り向くと、こちらに向かって歩を進めるオークの群れ。奥には、岩の上でなにやら喚いているオークロードの姿も見える。


 こうなったら術でオークロードだけでもっ――!


 そう思いリリアーヌに声をかけようとしたとき、オークロードのいる方から十発ほどの火球が飛んでくるのが見えた。目を凝らしてみると、オークロードの周りに杖を持ったオークの一団がいるのが見える。


「オークメイジ?! オークにもメイジ種っているの?!」


 戸惑う間にも、火球は近づいてくる。

 ファイアボールそっくりだけど、精霊術とは違う、魔物と魔人だけが使える魔術というちから。


「リリアーヌっ!」

「任せておくのじゃっ!」


 リリアーヌが力強くリンドヴルムを振り上げると、浮かびあがる十数発の火球。

 そしてそれは赤い軌跡を描き次々と飛んでゆき、オークメイジが放った火球を相殺する。


 よし、とりあえず最初の攻撃は凌いだ!

 

 乱戦になってしまえば、数の多いオーク側は少数のこちらに向かって魔術は使いづらい。

 リリアーヌが相手の魔術の迎撃で手一杯になってしまうよりは、こちらから斬り込んで乱戦になった方が戦いやすい。エステルさんに声をかけ一気に斬り込もうと考えた時、オークの群れの先頭から進み出る一団の姿が。


 そして、その一団が手に持つのは――


「弓兵?!」


 そう、前に出てきたオークの一団はみな手に弓と矢を持っていた。

 ショートボウと呼ばれる小さめの弓で、大きさはバラバラであまり出来は良くなさそうだけど、その数は数十。


「プギイイイィィーーーーッ!」


 オークロードがひときわ大きな声で叫びをあげると、並んだ弓兵の半分ほどの矢が放たれる。


「くっ……護り給え神の両腕サンクチュアリ!」


 唱えるのは下位上段の神聖術、サンクチュアリ。

 半円状の白い光の壁が、ボクたちを包み込む。飛んできた弓が光の壁に当たり、落ちていくのが見える。


 ほっとしたのも束の間、その後も矢は飛んできては光の壁に落とされてゆく。

 人間の弓隊ならタイミングを合わせて一斉に矢を射るのだろうけど、そこはオーク。それぞれがそれぞれのタイミングで思い思いに矢を射ってくる感じで、正直ぱらぱらとしか矢は降ってこない。だけど、だからこそ術を解除するタイミングがつかめない!


 空を見上げると、オークメイジの放つ火球は今も飛んできていて、それをリリアーヌが放つファイアボールが撃ち落としていくのが見える。


「ブギブギブギイイイィィィー---ッ!」


 オークロードがまた叫び声をあげると、今度は棍棒を握り締めたオークたちが前に出て、ボクたちをぐるりと取り囲む。火球と矢はいまだ降り続けていて、それに当たらないように包囲網らしきものを構成し、じりじりと範囲を狭めてくる。


 ぞくり、とする。


 完全に後手に回った!


 オークと思って甘く見た!


 最初の段階でボクが防御をして、リリアーヌに最大火力を叩き込んでもらうべきだった。街道のオークをなんとか殲滅できたから甘く見ていたけど、さすがオークロード。オークとはいえ指揮をする者がいればこんなにも違う。こちらは完全に後手に回り、むこうに主導権を持っていかれていた。


 振り返ると、リリアーヌとエステルさんも青い顔をしてこちらを見返していた。


 リリアーヌはオークの魔術を迎撃するので手いっぱい。

 エステルさんはカタナを握り締め今にも飛び出していきそうな雰囲気だけど、さすがにあの数の包囲網の中に飛び込んでいくのは無謀だと思う。


 ボクはサンクチュアリの維持があるからこの場所を動けないし……。

 でももう一つ術を同時に使う事くらいは出来るかな?


 ボクは不安げにこちらを見つめる、ボクと同じ色の瞳を正面から見返した。


「リリアーヌ、力を貸して」

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