閑話 鋼の戦斧亭にて2

 ここは王都の冒険者ギルド近くにある酒場、鋼の戦斧亭。

 今日も一仕事終えた冒険者たちが集まり、ぐだぐだとしょうもない話に花を咲かせる、男たちの憩いの場所。


「オレは昔は王都でも名を轟かせた冒険者だったのよ」

「嘘つけよ、おっさん。聞いた事ねぇよ」

「それはお前が知らんだけだ。知る人ぞ知る、一部ではある程度は知られた冒険者だったのよ」

「それは、名を轟かせた、とは言わねぇんじゃねぇか?」


「……という訳でよ、昨日もエリサちゃんに会いに行って金欠なワケよ」

「お前なぁ、娼館はほどほどにしとけってあれほど……」

「いやだってな、先週は娼館でイベントやってたのよ」

「へぇ、そうなのか」

「おうよ。いつも帰るときにエリサちゃんが、毎回違うちょっとしたお土産くれるんだけどよ? 週に10回行くといつもより豪華なお土産が貰える確率が上がる10連ガチャセールだったのよ! ……ガチャってなんだ?」

「お前、騙されてるよ……」


「聞いたか? ギルドでの『勇者の聖剣』レックスの話」

「聞いた聞いた、なんでも受付のコレットちゃん脅した挙句、王女殿下に喧嘩売ったとか?」

「おれコレットちゃんファンなのによ。許せねぇよ」

「なんでも、最近依頼で失敗続きらしいぜ。レックスももう駄目なんじゃね?」

「最近、機嫌悪くて荒れてるらしいな」

「パラディンが聞いてあきれるぜ。いい気味だよ」

「それにしても、王女殿下に喧嘩売るとかアホなんじゃねぇの? 王女殿下とあともう1人いたとか?」

「ああ、シルリアーヌちゃんだろ?」

「シルリアーヌちゃん?」

「ばっか、お前、シルリアーヌちゃん知らないとか情報遅いんじゃねぇの?」


 その時、鋼の戦斧亭の二階からとんとん、とリズムよく誰かが降りてくる音が聞こえてきた。

 鋼の戦斧亭は酒場だと思っている者も多いが本業は宿屋で、二階部分は宿屋になっているのだ。


 降りてきたのは、1人の少女。

 艶やかな長い銀の髪と青紫色の瞳の、美しい少女。彼女は純白のドレス――レースや刺繍で彩られた貴族が着るような美しいドレスに身を包んでおり、一見すると貴族子女にしか見えなかった。とはいえ鋼の戦斧亭にいるという事は冒険者なのだろうか、そのドレスに次いで目を引くのは腰に差した一本の白いロングソード。こちらも柄に龍の彫刻の施された美しい物だった。


 その少女の事を知らなかった客がその美しさに圧倒されていると


「あ、シルリアーヌちゃん! これからギルド?」


 隣のテーブルに座っていた男が、立ち上がりその少女に声をかけた。

 少し前、ダンジョンに無謀な挑戦をして死にかけた男だ。


「あ、ジメイさん。そうなんです、なんでもボクでないと出来ない依頼だとかなんとか……」

「シルリアーヌちゃん、なんでも出来るからなぁ」

「そんな事無いですよ! なにをやっても専門の方には敵わないですし……」

「しかも謙虚で美人! 言うこと無しだよね!」

「そんな……やめてくださいよ!」


 男の適当な言葉に、顔を赤くして否定する少女。


「あ、ロドリゴさん、たぶん泊りの依頼になるので今日は帰らないと思いますので」

「分かった。気を付けろよ」

「あーっ、シルリアーヌお姉ちゃんだ! 行ってらっしゃい!」


 少女は店主を見つけて声をかける。

 少女を気遣い声をかける店主と、少女を見つけて手を振る店主の娘に「いってきます」と笑顔で手を振ると、少女は店を出てギルドの方へと歩いて行った。


「……だ、誰だよあの美人!」

「だからシルリアーヌちゃんだよ。さっきから言ってるだろ」

「清楚で美人、それでいて人当たりもいい。最高だろ」

「可憐だ……」

「ボクっ娘もいい……」

「オレ達が命を救ってもらったのも、あのシルリアーヌちゃんだぜ」

「マジかよ、だからお前あんなに仲良さそうだったのか!」

「へへっ、そうだよ。羨ましいだろ」

「くそっ! 死にかけてたくせに!」


 とたんに盛り上がる店内。


「さっき言ってた王女殿下とパーティー組んでるらしいぜ」

「へぇ、やっぱ貴族なのかな?」

「貴族がこんな所に泊まるかぁ?」

「なんでも腕も結構いいらしいぜ。人当たりも良いし、ギルドでも頼りにされてるって話だ」

「まじかよ、すげぇな」


 がやがやと話し続ける冒険者。

 酒を飲みながら気に入らない奴の話や、評判の娘の話に花を咲かせる。冒険者の男達の楽しみが、この時間だ。


「店主! エール追加だ! あと、なにか食べる物持ってきてくれ!」


 話し続けるうちに、いつの間にかエールが切れていることに気付いた男が店主に声をかける。それに腹も減った。やはりエールにはつまみが必要だ。


 店主は料理担当の娘に声をかけ、「はーい!」元気よく返事し料理を始める娘。

 店内に香ばしい香りが漂い、そして「お待たせ」との店主の声と共に運ばれてきた料理を見て、男は驚いた。そこには、男が久しく見ていない物があったからだ。


「肉だ! 肉じゃねぇか!」

「マジだ! いつものクズ肉じゃねぇ!」

「うおおおお! こんなに肉見たの久しぶりだ!」


 そこにあったのは、オーク肉をスパイスとソースをたっぷり付けて焼いたソテー。

 男たちがいつも見ていたクズ肉と山菜とキノコを炒めたような料理とは違い、しっかりと味付けされ贅沢に肉を使った料理がそこにはあった。


「おおおお、うめぇ! うめぇ!」

「店主、オレにも! オレにも!」

「こっちにもくれ!」

「おれもだ!」


 あちこちから上がる声。

 にやにやと笑みを浮かべる店主に、客の1人が問いかける。


「どうしたんだ、この肉。それに料理も今までと違うじゃねぇか」


 そして、店主は話し始めた。

 いま話題のシルリアーヌという少女が神聖術を使うことが出来て、神聖術でオーク肉を浄化してくれたのだと言う。無料で。そのうえ料理のレシピも教えてくれて、いま出てきた料理も彼女に教えてもらったものだと言う。


「女神か! 女神なのか!」

「気前良すぎるだろ……。教会の守銭奴は見習うべき」

「こんな事があるのか……? シルリアーヌちゃん最高すぎるだろ!」

「シルリアーヌちゃん、愛してるぜ!」

「うめぇ、うめぇ、うめぇ!」

「この店、最高だぜ! 毎日通ってもいいぜ!」

「毎日通ってればシルリアーヌちゃんと仲良くなれるかな?」


 騒々しい男たちの声とともに、鋼の戦斧亭の夜は更けてゆく。

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