閑話 鋼の戦斧亭にて
ここは、酒場「鋼の戦斧亭」
王都の冒険者ギルドの2軒となりという好立地と、元冒険者の店主の人柄もあり、つねに酒と食事に舌鼓をうつ冒険者であふれている。2階で宿屋も営んでいて、店主的にはそちらが本業のつもりなのだが、1階でやっている酒場の方が人気で訪れる人には酒場だと思われていた。
ギルドの近くという好立地とはいえ、どうしてそれほど冒険者の客で賑わっているのか。
冒険者ギルドと縁のない人からすれば、冒険者ギルドでも酒も食事も出るじゃないか、と思うかもしれない。確かにギルドの1階、受付の前は酒場のような状態で常に酒と食事を求める冒険者でごった返しているが、冒険者ギルドの規約ではあそこは「酒場」ではなくあくまで「待機所」なのだ。
冒険者ギルドに舞い込んでくる依頼は「いついつまでに何を何個調達」のような緊急性の無いものばかりではなく、「どこどこに魔物の大群が現れたので至急来てくれ」といった一分一秒を争う様な依頼もなくはない。そういったときに派遣出来る冒険者がいない、ではギルドの面目丸つぶれだ。そういった時のために冒険者を待機させておく場所、それがギルド1階のロビーだ。
最初はお茶と軽食が出る程度だったのだが、「本格的な食事がしたい」「やっぱり酒も飲みたい」という要望に応えていくうち、気が付けば酒場のような状態になっていた。しかし、それでもあくまでも「待機所」なのだ。
そういう性質なので、冒険者ギルドで酔いつぶれるまで酒を飲むやつはいない。
そんな状態では緊急の依頼が入ったときに戦えないし、ギルドには依頼をする側の商人や貴族の使用人なども訪れるのだ。だれがギルドのロビーで酔いつぶれて前後不覚になっている冒険者に依頼をしたいと思うだろうか。
仕事終わりの疲れた体で一杯ひっかけてから帰る、くらいの者がほとんどで、度を越して飲むようならおそらくギルドマスターにつまみ出されるだろう。
だから、本格的に酒を飲んで騒ぎたい者はそこから歩いてすぐの鋼の戦斧亭を訪れるのだ。
「そこで俺がスキルでオーガを一刀両断したのよ!」
「嘘つけよ、お前がオーガに勝てるわけないだろ」
「ばっか、お前が知らないだけなんだよ。俺はやるときはやるのよ!」
「『勇者の聖剣』のレックスが例の
「まじかよ、アイツ最近調子いいよな。聖遺物もレックスの物か?」
「ミランダも聖遺物持ってんだろ。パーティーで聖遺物2つ手に入れるのか? 凄すぎんだろ」
「ていうか、あいつ偉そうでオレ嫌いなんだけど」
「だよな。でも顔は良いし外面だけはいいから人気あるんだよな」
「んでさぁ、エリサちゃんがこれまた可愛い訳よ。あっちの方も上手いしなぁ」
「お前、ほんと娼館好きな。ほどほどにしとけよ。装備もそろそろガタ来てんだろ」
「うっせ、俺はエリサちゃんに会うために働いてんの。エリサちゃん以外に金使いたくねーの」
「お前、貴族の依頼受けたんだって? 俺貴族の依頼受けたことねぇんだけど、どうだった?」
「どうもこうもねーよ。貧乏男爵のくせにすげぇ偉そうで見下してくんのよ。金払いも悪いし」
「うわ、最悪じゃねーか、それ」
「ほんとそれよ。そこらの大商会のだんな方の方がよっぽど金払いいいぜ」
「やっぱ貴族最悪だな」
あちこちのテーブルで、様々な冒険者たちの会話が聞こえてくる。
それらの会話を聞くともなしに聞きながら、店主は各テーブルに酒や料理を届けていく。料理の担当は店主の愛娘。病気で妻を亡くした店主にとって、命よりも大事な自慢の娘だ。
「これこれ、やっぱこのぬるいエールじゃないとな!」
「これっぽっちしか肉の入ってない料理もな!」
軽口をたたいてくる客に「うるせぇ、娘の料理を馬鹿にするとつまみだすぞ」と脅すと、彼らはげらげらと笑う。
いつもの会話だ。客に悪意などないし、店主も気分を害してなんかいない。
だいいち、エールがぬるいのも料理に肉が少ないのも当たり前なのだ。
エールや料理の素材を冷やしてくれる魔導具も存在はするが、非常に高価な品物だ。
裕福な商人や高位冒険者の行く店には置いてあることが多いが、このへんの普通の冒険者が出入りするような店には置いてないのが当たり前だ。
肉だって値段は高く、鋼の戦斧のような店では少ししか仕入れられない。
そう、肉は高い。
10年くらい前はもうちょっと普通に出回っていた様な気がするが、ここ最近は魔物の侵攻が激しく国力に余裕がないため肉の流通は減少した。前線に送らなければいけない物資は増えているし、家畜の牛や豚が魔物に殺されるケースが増えていると店主は付き合いのある商人に聞いたことがあった。
とはいえ、オークの肉とかならそこらの冒険者に依頼すれば取ってきてもらえる。
なのになぜ、オーク肉が流通しないか。
――魔物の肉には毒性がある。
正確には毒性があるのは魔物の血液らしく、丁寧に血抜きをしたとしても魔物の血液で汚染された肉は毒性を持ってしまっている。もっとも、食べたとしてすぐ死んだりするような強い毒ではない。長期間食べたりしないと死んだりはしないが、食べると次の日は確実に腹を下し高熱を出して寝込む事になる。
じゃあ、魔物の肉は捨てるしかないのかと言うとそんな事は無い。
教会で神聖術のキュアーをかけてもらえば、毒性が浄化されて食べられるようになる。なるのだが、その際に取られる料金がまた高い。
到底払えないような金額という訳ではないので、毒性の強い魔物に噛まれた時などは金を払ってかけてもらうが、普段の食事で頼んだりすれば一週間もしないうちに破産してしまう。そのくらいの料金だ。
という訳なので、鋼の戦斧亭には安いクズ肉がぱらぱらと入っている程度の料理ばかりが並ぶことになる。
そこでドアが開く音がして、4人連れの男達が入ってくる。
「うあー、帰ってきた!」
「ほんとだぜ、今回はキツかったからな!」
「店主、エールくれ! エール!」
4人は思い思いに喋りながら適当なテーブルを探し、どっかと腰掛ける。
彼らはベテランのC級冒険者パーティーで、特に腕が立つというわけではないが無理せず安定して仕事をこなしていてギルドの評価も高いパーティーだ。確か今日は王都近郊で発見された、
エールを持っていき「ダンジョンどうだった? 危なかったのか?」と声をかける店主。
「ああ、今回はヤバかった。どうやらオレ達には荷が重かったらしい」
「オレはまともに攻撃食らったからな」
「でも、良いこともあったぞ! 俺達は天使に会ったんだ!」
「……お前、さっきからその話ばっかりな」
「天使?」と店主が眉をひそめる。
他の客も、いま話題のダンジョンの話という事もあり、なんだなんだと耳をそばだてる。
おうよ、と言い話し始めるパーティーのリーダー格の男。
王都近郊の森の奥で見つかった話題のダンジョンへ、ギルドからの依頼もあり調査に赴いたこと。上層は出てくるのはゴブリン程度で問題なかったが、下層に行くにしたがってオーガのような手ごわい魔物が増えてきたこと。
そして、出くわしてしまった。
「いたんだよ、ランドドラゴン」
「ドラゴンだって? ホントかよ!?」
「ホントだって! 疑うならお前見に行ってみろよ!」
「それでどうしたんだよ。まさか戦ったのか?」
「いや、撤退しようとしたんだが、ジメイの奴がドラゴンの尻尾をくらっちまってな」
「ああ、ほんと死んだかと思ったぜ」
「マジか、よく生きてたなお前」
周囲の客も会話に入って来て、とたんに盛り上がり始める。
店主は話題に出た術士風の男の様子を窺うが、細かい傷はあれど重傷を負っているようには見えない。そのことを問いかけると
「そうなんだよ! そこで天使に会ったんだよ!」
「あん? なんだよさっきから天使天使って。頭おかしくなったか?」
「いや、助けてもらったんだよ。若い女だったな。神聖術を使えるみたいでな、神聖術と剣を使ってドラゴンの攻撃を綺麗にさばいてたよ」
「へぇ、いい腕じゃないか。その女」
「しかも、めっちゃ可愛いんだぜ! ドレスみたいな服着てたな。貴族のお姫様なのかな?」
「ばっか、貴族の姫さんがダンジョンでドラゴンと戦うかよ」
「オレは気絶してたが、その子にヒールかけてもらったらしい。しかも無料でな!」
「それで怪我してねぇのか」
「マジかよ。教会のやつらに頼んだらすげぇ金とられんのに」
「そんな子、ギルドにいたかなぁ」
そんな会話を聞きながら、とりあえず顔見知りが無事でよかったと胸をなでおろす店主。
しかし、どうしても聞き流せない点があった。「じゃあ、お前らはその恩人の若い女にドラゴンを押し付けて逃げてきたって事か?」と問いかける店主。
途端に、しんとする店内。
冒険者は命の危険の多い職業だ。
もちろんみんな自分の命が一番。他人のために自分の命を賭けるのは無謀なバカのやることだと思っている。しかし、いざというときは助け合うという精神は冒険者の中に根付いているし、冒険者としての矜持だってある。
命を助けてもらって、恩を仇で返すなんて事はあっちゃいけない。
「し、仕方ねぇんだ。あの時はみんな限界だったし、装備だって駄目になってたし……」
「ああーー。そうなんだよ、あの娘ちゃんと逃げれたかなーー」
「す、すまねぇ。助かった嬉しさとあの子の神々しさに動揺してて……」
「お、オレは気絶してたし……」
途端に動揺する男達。
「なんだよ、天使だなんだ言っておいて、結局それかよ!」
「男らしくねぇぞ!」
「冒険者の風上にも置けねぇな」
「まぁ、ドラゴンじゃ仕方ねぇか」
「命あっての物種だしな」
「あーあ、そんな可愛い子なら俺も会ってみたかったなー」
周囲の客があれこれと囃し立てる。
批判と同情の声は半々くらい。命のかかった現場で理想的な行動ができる者は少ない。助けてもらっておいて礼も言わずに逃げ去る者もそれなりにいるなかで、きちんと礼を言って恩人の身を案じているだけマシな部類ともいえる。
冒険者かくあるべし、という不文律が存在するという事は、裏を返せばそのように行動することが難しいからこそ。だれもが何も言われなくとも理想的な行動が出来るのならば、決まり事など必要ないのだ。
店主は、はぁとため息をついた。
顔も見たことの無いその娘が、無事であればいいと思いながら。
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