第13話 新たな力
エステルさんがカタナを半身に構え、一歩踏み出す。
さきほど使った爆発力と攻撃力に優れる技スキルではなく、速さと精密さに優れる剣術を使用する構え。相手を倒すのではなく、攻撃をしのぎ時間を稼ぐための構え。
リリアーヌも、いつでも精霊術を放てるよう両手を前に差し出す。
ボクもしっかりしないと。
「とはいったものの、どうしようか……」
考える。
イメージするのは、精霊術を剣にまとわせるイメージ。精霊術と剣技スキルを同時に行使できるように。
リリアーヌ達の邪魔にならないよう後ろに下がると、水平に剣を構える。
そして、その剣に向かってファイアボールを放ってみる。
「あいてっ」
ファイアボールの衝撃で剣が弾かれる。
……そりゃ、そうなるよね。
向こうの方でファイアボールが壁にぶつかるのを見ながら考える。
ファイアボールは、唱えると火球が出てきて勝手に飛んで行く。術士が意識して飛ばしているわけではない。
じゃあ、飛ばさないように意識してファイアボールを唱えるとどうだろう?
「……飛ばさない飛ばさない……よし!
唱えると、手の中に火の球が出現する。
「ぐっ……!」
飛ばさないよう意識すると、飛び立とうとするファイアボールが手の中で暴れまわる。
走りだそうとする犬かなにかを腕の中で押さえつけているような、あの感じ。
これからどうしようか?
「えいっ!」と暴れまわる火球の中に、レイピアを突っ込んでみる。
「うわわっ!」
ファイアボールとレイピアが手の中で暴れまわる。
火球は剣という異物を差し込まれたことで反発し、レイピアはファイアボールに弾き飛ばされそうになり、お互いがお互いを拒絶するかのように暴れまわる。
「……静まれ……静まれ」
深呼吸し、術と技が融合した状態を思い浮かべる。
精霊術を剣にまとわせる。そんなイメージを伝えるように深く深く思い浮かべる。
名付けるなら――
「精霊
叫ぶと、ファイアボールとレイピアが燃えるような輝きに包まれる。
そして、その輝きが晴れた場所には――
「……できたっ!」
思わず息をのむ。
ボクの手の中にあったのは、ごうごうと燃える炎を纏わせたレイピア。ボクが思い浮かべたとおりの、精霊術によって強化された武器が今手の中にあった。
しばらく見とれるように燃えるレイピアを眺めていたが
「うあっ!」
リリアーヌの悲鳴で我に返る。
はっと顔を上げた視線の先では、地面に倒れるリリアーヌ。
ドラゴンの攻撃を避けようとして、避けそこねたらしい。
リリアーヌの右足は血にまみれていて、地面には刻まれた爪痕。
「姫様!」
エステルさんがリリアーヌの下へ駆け寄ろうと走り出すが、そのエステルさんも装備はあちらこちらが切り裂かれ血がにじんでいた。しかも傷が深いのかそれとも疲労からか、駆け寄る速度はいままで見たエステルさんと比べるとひどく緩慢に見えた。
そこへふたたびドラゴンがその爪を振り上げる。
「リリアーヌ! エステルさん!」
気が付けば、駆けだしていた。
右手には燃え盛るレイピア。
顕現したボクだけの力が、この手の中にある。
繰り出すのは、使えるようになった剣技スキルの中で、一番ボクのスタイルに合うスキル。バネがその力を溜めるように姿勢を低くし、レイピアを後ろに弓のように弾き絞る。
低く、低く
深く、深く
リリアーヌとエステルさんを追い抜いて、ドラゴンと相対する。
「ギャオオオオオオッ!」
「行けええええええっっ!
爪を振り下ろすドラゴンへ、剣技スキルを発動する。
黄金色の軌跡を描き解き放たれる、精霊力の炎をまとうレイピア。
そして――
バキイイイイイイイイン!
硬質な音があたりに響きわたる。
「ギャオオオオオオン!」
ボクの耳に飛び込んで来たのは、ドラゴンの悲鳴のような咆哮。
そして、ボクのすぐ横にどすんと落ちる、折れたドラゴンの爪。
そう、ドラゴンの右手の爪が一本根元から折れていた。
ドラゴンはふたたび苦痛に耐えるような声を上げる。
そして、どすんどすんと音を立て、逃げるようにダンジョンの奥へと走り去っていった。
「…………」
しばらく、だれもなにも喋らなかった。
自分たちがドラゴンを退けた、その事実がちょっと信じられなかったから。
「……か、勝ったの?」
ぽつりと呟く。
「その様ですね。ちょっと信じられませんが、ドラゴンを追い払うことが出来たようです」
エステルさんも、安心したのか肩の力を抜き、柔らかい笑みを浮かべる。
そうか、みんな無事だ。良かった、そう思った時
「あーーーーーーーーーーっ!」
リリアーヌの悲鳴のような声が響く。
「お父様の宝剣が折れておるではないかーーーーーーーッ!」
や、やっぱりそうだよね……。
右手の中をそっと見下ろす。
なんとなーくそんな気はしたけど、怖くて気付かなったふりをしていたんだけど、手の中のレイピアは刀身の真ん中あたりでぽっきりと折れていた。
リリアーヌのお父様――国王陛下の宝剣、という事実がずうんと重くのしかかる。
「ご、ごめん……」
「ごめんで済む訳ないじゃろー---っ! ごめんで済んだら衛兵はいらぬのじゃ!」
リリアーヌはボクの腕からレイピアを奪い取ると、折れた場所をいろいろな角度から何度も何度も覗き込む。
そして足元に落ちていた折れた剣先をくっつけてみたりするけれど、もちろんくっついたりするはずもない。
「……あの、弁償……するよ?」
思わず口からそんな言葉が出るが
「そんなこと出来る訳ないじゃろ! 国王の宝剣ぞ? いくらすると思っておるのじゃ!」
リリアーヌの口から出た言葉に、思わず首を引っ込める。
そうだよねー。
いったいいくら位するのか、まったく見当がつかない。田舎者のボクには、なんか金貨でいっぱい払わないといけないんだろうなー、位しかイメージできなかった。
現在所持金が、銀貨一枚とあとは銅貨と鉄貨が何枚かあるだけのボクには到底支払う事なんてできない。
これは衛兵に捕まって牢屋に入れられたり、最悪処刑されたりするやつなのだろうか?
せっかくドラゴンを追い払って生き残ったのに、殺されてしまうのだろうか?
どのくらいするのか全く分からないけど、弁償して代金を支払ったら許してもらえるのだろうか?
「……ちなみに、あの、おいくらくらいするの……かな?」
「妾が知るわけないじゃろうが! お父様は妾になにも話してくれないのじゃからな!」
怒られた。
「ああ~~、これはまたお父様に失望した、みたいな目でみられるのじゃ! もうあの目で見られるのは嫌なのじゃあぁ!」
リリアーヌは、おいおいと泣いた。
ボクがなんて話しかければいいのか分からずおろおろしていると、エステルさんが「大丈夫ですよ」と言った。
「宝剣を折ってしまったことは、たしかに国王陛下はお怒りになるかもしれませんが、姫様が無事だったのです。きっと喜んでくださいますよ」
エステルさんはそういって苦笑する。
彼女の立場だと、宝剣の状態よりリリアーヌが無事であることがなにより大事なんだろう。リリアーヌに同情するような視線は向けるけど、特に折れた剣にこだわる様子は無かった。
「あの……ボクはどうなるの……かな?」
恐る恐る聞いてみる。
王女であるリリアーヌは国王陛下に怒られたり呆れられたりする程度で終わるのかもしれない。
でも、国王陛下の宝剣を折ってしまった平民のボクは??
「うーん……、どうでしょう……。さすがに笑って許していただけるとは考えにくいですが……」
「ですよねーー!」
ボクまで泣きたくなってきた。
「あの、それよりいつドラゴンが戻ってくるか分かりません。先を急ぎませんか?」
エステルさんが移動するよう言ってきたけど、ボクとリリアーヌはしばらくおいおいと泣き続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます