第2話 夢

「シリル、お前はパーティーを追放だ」


 ついに、というのが正直な感想だった。


 役に立たないボクはついに愛想をつかされてしまったのだと。


「どういう事だ? ……いや、そういう事か」


 オスニエルが首を傾げるが、すこし考えたニヤリと笑みを浮かべる。


「なんなの? このクズをクビにするのは賛成だけど、べつに今言わなくても良くない?」

 

 ミランダが、咆吼を上げるドラゴンの方をちらちらと伺いながら言った。


「パーティーでメンバーを肉壁にしたり故意に囮にしたりする事はギルドで禁止されているのは知っているな? ギルドにバレるとペナルティを食らうし俺たちの名声にも傷がつく。だが、追放してパーティーメンバーで無くなれば問題ない」


 レックスが、にたり、と嫌な笑みを浮かべた。


 そして「つまりだな」と言いながらボクの腕を、がしりと握りしめた。


「こういう事だよ!!」


 あっ、という間だった。


 レックスが力いっぱい腕を振るうと、宙を舞う小柄なボクの身体。


「え?」


 何が起こったのか分からなかった。


 襲い来る浮遊感と、そして一瞬のあとの衝撃。


「あ痛あっ!!」


 視界が暗転し、身体じゅうに襲い来る激痛。


 痛い、痛い、痛い!


 あちこちがズキズキと痛み、おかしな方向にひねったのか、右脚が動かない。


 そして、すぐ近くから聞こえてくる咆吼。


 ああ、分かりたくないけど分かってしまった。

 ボクはレックスに、ドラゴンの目の前に投げ出されてしまったのだと。


 囮、などという上等なものじゃない。

 これではただの生贄、餌として差し出したようなものだ。


 早く動かなければ、と思うけど体はまったく動いてくれない。

 体は激痛で麻痺し、右脚はほとんど感覚が無い。


「ハハハ、上手くいったな! 上位職のオレの役に立ったんだから光栄に思うんだな!」


 レックスの声と、がちゃがちゃと鎧の音を立てながら走る音が聞こえてくる。


「ふん、クズ1人の犠牲で私たちが助かるなら、これほど安いものは無いな」

「あんたたち、待ちなさいよ! クズ、あんたは出来るだけゆっくり食べられなさいよ! 私が遠くに逃げるまでね!」

「……すまん、許せ」


 それに続き、3人の走る音。


 かすむ視界のなか、レックスたち4人はボクの倒れる場所を大きく迂回し、外に通じる横穴の方に駆けていく。


 喜んでいるのだろうか、ドラゴンが一際甲高い声で鳴き、ボクの身長より太い尻尾が振るわれる。


 ――ああ、ボクは見捨てられ、そして死ぬのか。


 不思議と、怒りはあまり湧かなかった。

 なにをやっても上手くできない自分が、ただただ情けなかった。


 ――死ぬくらいなら、死ぬほど恥ずかしいけど天職を使えば良かった。


 そうすれば、どんくさいボクでも多少はマシになっていたかもしれない。


 そして、ボクは意識を手放した。



◇◇◇◇◇



 これは夢だ、そう思った。


 なぜなら目に映るのは、一面の麦畑と点在するこぢんまりとした家の数々。

 今まで何度も夢で見た光景。色々な意味で、決して忘れられないボクの原点とも言うべき光景。


 ボクが生まれ育ったのは、ここサントゥイユ王国の南端の名もない村。

 何もない所だけど、王国の東の方は酷い状態らしいので、何も無いけど平和なこの村は恵まれている、と村のオババに聞いた。東の方は魔人達の勢力圏と接していることもあり強力な魔物が多く、小規模な村や町なんかは壊滅させられることは珍しくも無いのだとか。


 ボクの両親は家の裏の小さな畑で麦を作って生計を立てていた。

 村は、行商人などたまにしか訪れない田舎の小さな村だ。だから来ても麦を安い値段でしか買い取ってくれないし、嫌なら買い取らないと言われるとこちらは首を縦に振るしかない。だから家はいつも貧しかったけど、本当は血のつながらないボクを両親は愛情をもって育ててくれた。


 そう、ボクは両親と血のつながりは無い。

 なんでも、村の近くの森に捨てられていたらしい。

 だけどその事を不幸だなんて思ったことは無かった。なぜなら両親を、ボクの本当の両親だと思っていたからだ。


 今から3年前、11歳になったばかりの日。

 その日ボクは、村から遠出して薬草を摘みに出かけていた。


 ボクは少しでも両親の役に立とうと、村のオババに教わって薬草の調合をや色々なことを教えてもらっていた。どんくさいボクは全然上手にならなかったけど、少しでも両親や村のみんなの役に立っていると思うと楽しかった。

 だから薬草の採取も自分から志願してやらせてもらっていた。


 薬草の採取をしているのは、森の近くの丘。そこは、小動物くらいしか見ない安全な場所だと村でも思われていた。


 でも、その日は違ったんだ。


 ボクの周りを、ピンク色の巨体が取り囲む。

 プギープギーを声を上げて鳴く、まるまると太った巨体と豚のような顔。申し訳程度に腰に巻いた汚れた腰巻と、手に持った大きなこん棒。


 オークだ。


 そのオークが十数体、ボクの周りを取り囲んでいた。


「……なんでオークがこんなに……」


 目の前が真っ暗になるようだった。


 オークは、ゴブリンやコボルトなど普通の村人でも武器を持ち一対一なら勝てる可能性もあるような魔物とは違い、強靭な肉体と普通の人とは比較にならないパワーをもつ強力な魔物だ。一人前の冒険者ならそれほど苦戦する相手ではないと聞いた事もあったけど、ボクみたいな力も弱い子供が十数体ものオークに囲まれてしまうと、それは死と同義だった。


「あ…………」


 思わず、尻もちをついてしまう。

 逃げなきゃ、そう思うけど立ち上げれなかった。ボクの腕や脚はがくがくと震えるばかりで、ボクの意思を聞いてくれない。


 じりじりと近づくてくるオークたち。

 正面から近づいて来ていたオークが、その手に持ったこん棒を振り上げる。


 殺される、そう思った時だった。


 目の前のオークの首が飛んだ。


「……え?」

「大丈夫か、ボウズ」


 ボクを庇うように目の前に立ちふさがったのは、1人の冒険者の男だった。


 背を向けていたので良くは分からなかったけど、歳は30代くらいでいかにもベテラン、といった風貌。

 右手には不思議な輝きを放つ剣、左手には小さな盾を身に着け、腰回りに短剣やいろいろな道具をいくつも吊るしている。そして、身に着けた鎧はベースは革製だが、あちらこちらに剣同様に不思議な輝きの金属を使用している高そうな物だった。


「こんな所に子供が1人はあぶねぇぞ。親はいないのか?」


 冒険者が振り向いて尋ねてくる。

 適当に刈り揃えたような短髪や無精髭が特徴だったが、不思議と怖いとか不潔だとかは感じない不思議な男。


 ボクは、ふるふると首を振る。


「……いない。……このへんは、いつもは安全だから……」

「ふうん、そうか。この辺も魔物の生息域が広がってるのかもな。ボウズ、怖いかもしれねぇが、ジッとしてろよ」


 男はにやり、と笑うとスッと腰を落とした。


飛燕斬スラッシュ!!」


 男が剣を振るうと、その剣から衝撃波のような物が放たれ、2体のオークが真っ二つになる。


 剣技だ!


 戦闘系でも剣士系の天職オブリガシオンを持つ者が使えるようになるという、女神様の恩恵だといわれる不思議な技術、それが剣技だ。


 再び剣が振るわれ、衝撃波が飛ぶ。

 そして、2体のオークの首が宙を舞った。


 ボクは、こんな状況だというのに興奮して夢中で見入ってしまっていた。

 こんな田舎の村では天職も最下位職の人ばかりだった。……実はボクは違ったのだけども、それでも村で技スキルと呼ばれるそれらの技術を見る機会なんてなかった。


 だから、気付かなかった。


「プギイイィィィィ!!!」


 ボクの真後ろで、1体のオークがこん棒を振り上げた。


 あっ、と思ったその瞬間、ボクの正面で剣を振るっていた男の左腕が翻った。


「プギイッ!?」


 響くガンッという音と、オークの悲鳴。


 男が石を投げたのだ、とボクが気付いた時には、男は一瞬でそのオークの懐に潜り込んでいた。


盾圧撃シールドバッシュ!!」


 男が、盾を前面に突き出したまま駆け込み力を籠めると、オークが悲鳴と共に数メートルは吹っ飛んだ。


「甘ぇんだよ、豚野郎。……火精霊よ狙い撃てファイアアロー!!」


 男が左手を突き出すと、空中に炎で形作られた矢が現れる。

 そして、それはオークに向かって飛んでいき、オークが炎に包まれる。


 精霊術!


 彼は剣士みたいなのに、精霊術も使えるのか!

 通常の天職だと、ソードマンみたいな剣技の使える近接職、メイジのような精霊術の使える遠距離職、と別れている。


 なのに剣技も精霊術も使用できるなんて、もしかしたら彼はボクの思ったより凄い人なのかもしれない!


 そこからは、彼の独壇場だった。


 彼が剣を振るうとオークが真っ二つになる。

 逃げ出そうとするオークもいたが、それも彼の精霊術で狙い撃ちにされた。


 男は剣技や精霊術はもちろん、オークを吹き飛ばすほどの力強い剣を見せたかと思うと、ひらひらと舞うような軽やかな動きで相手を翻弄した。その多彩さ、懐の深さにボクは感動していた。


 年の割に小柄と言われるボクには、その背中は遥か大きくまるで山の様で、ボクがずっと憧れていたどんな時にも頼りになる男の中の男、『漢』なのだと感じさせた。


 ボクは、自分がわくわくしているのを感じていた。


 いつも、なにをやっても上手くいかず村の人たちに迷惑をかけているボクだけど、彼の様になったらみんなの役に立てるのかもしれない。彼の様に、なんでも出来るカッコイイ漢になりたい、ボクはその時そう思った。


 だから、全てのオークを倒して近づいてくる彼に向かって、思わずこう言っていた。


「ボクに剣を教えてください!」

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