第306話 歯が痛い。パート2

 歯が痛い。まだ痛い。昨日は歯医者に行ったけども、「この際無くなった奥歯をなんとかしたいんです」と言ったのが悪かったのか、一時間以上も治療してもらえず、「インプラントにしませんか?」の営業トークを聞いていた……。


「レントゲンを撮った感じで言いますと、まだ顎の骨も十分健康ですし、この際インプラントにしませんか? したいと思った時に骨の状態がよくなくてできない人も多いんですよ。だからこそこの機会にやった方がいいと思うんですよね」


 やけに綺麗な歯科助手のお姉さんが資料を見せながら私に説明をする。私は歯が痛い左頬を押さえながら話を聞くけれど、骨にネジを埋め込むとか怖過ぎて引いてしまう。でもお姉さんはキラキラネイルのついた指でレントゲン写真の画面を触り、さらに私に説明をする。


「ここ、ここの部分なんですけどね。最初にここにインプラントのネジを埋めてですね、そのままの状態で二ヶ月ほど放置しますと——」


「ちょっと待ってください。歯を復元しようと思うとインプラントしかないんですか?」


「いえ。ブリッジという方法もありますよ。でもそれだと両端の健康な歯を削らなきゃいけないんですよね。それにない歯の分まで両方の歯の根っこに負荷がかかるので、そうするといつかその歯も悪くなってしまうんですよ」


「染みますしね」と横から男性医師が話を挟む。ほんのり白髪まじりの男性医師はジムに行ってそうな体格で髪型もスタイリッシュで都会的。「ああ、この人お金持ってそ〜」な雰囲気を醸し出している。


「健康な歯を削るわけなので、そこが染みるんですよね。冷たいものを食べた時とか、ね」男性医師はそういうと去って行った。


 その話を聞いて思った。ブリッジしてる人ってみんな歯が染みてるの? インプラントする人ばっかじゃないでしょう? ブリッジもまあまあお高くないか?


「すいません。インプラントってちなみにおいくらなんですか?」


「一本40万〜50万円程度かかりますね。でも安心してください。そこにはCT撮影費だとか治具だとかいろいろな必要経費を入れての値段ですので」


 一本歯を入れるのに4、50万って……。無理だろ……。


「今やった方がいいですよ。骨が丈夫なうちに」


「でも骨にネジを打ち込むなんて。私金属アレルギーですし」


「大丈夫ですよ! チタンは人体に最も影響力のない金属だと言われています」


「でも、もし身体に合わなかったら?」


「そういう人は本当に稀ですので!」


「とにかく……」と頬をさする私。「今本当に痛いので、まず治療をしてもらって、おいおい考えるということでもいいですか?」


「もちろんです!」と歯科助手のお姉さんは言ったけども、そこからまだ三十分くらい話を聞かされてしまった。でも、これも何かの取材だと思い込んで耐えてみた。


 要するに、インプラントはきっと儲かるんだと思った。自由診療だし。お姉さんの熱が凄かった。それに、歯科助手のお姉さんの爪にネイルがしてあったのにも少し驚いた。多分、この歯科助手のお姉さんは営業担当なのだと推測。


 そしていよいよ治療開始。麻酔を打ってもらい、歯を削っていくけどもめっちゃ痛い! 全身ぐっしょり汗で濡れるほど手を握り締めて緊張し、なんとかその日の治療を終えたのだが。


「この歯医者さんこのまま通い続けていいのだろうか……」


 なんかどっと疲れてしまった。そして今日もまだ歯は痛い。神経の炎症が落ち着くまでは痛いのも理解できると、痛み止めを飲み過ごしている。


 そんな本日。


 中学校の授業参観に行ってきた。授業参観に行く前にお風呂に入ろうと思った。その時、風が吹くはずもない私専用の小部屋(倉庫を改造した書斎)の方でカサカサっと何かが落ちる音が聞こえた。


 ドアは閉まっている。落ちるようなものは部屋にはないはず。


 不思議に思ってドアを開けると、パソコンの上に袋に入った紙が落ちていた。


 懐かしい筆で書かれた『和響』の文字。15年ほど前、今は亡き知り合いの森島さんが書いてくれた書だった。私は思った。


「ああ、杉さん、向こうで森島さんに再開できたって私に教えてくれたんだね」


 杉さんは二個前のエッセイで書いた私の友人。こないだの年末に舌癌で亡くなった友人。その杉さんが私に「俺、舌癌になってしまった」と言ったその日の電話で杉さんは言っていた。


「和響。森島さん覚えてるやろ」

「うん、もちろんだよ。最近イベント出店してないね」

「お前に言ってなかったけど、俺、イベント以外も森島さんとは仲良くしてたんだわ」

「そうなの? 知らんかった」

「結構話が合うもんでさ。で、俺、聞いたんだわ。森島さんが癌で亡くなっていたって」

「うそ……。そっか、残念、だね……」


「ああ、それでさ和響」

「うん……」

「俺がさ、市民病院に入院してた時にさ、森島さんも同じ市民病院で同じ時期に入院してたって聞いてさ……」

「……うん」

「俺、全然知らなかった。俺、同じ病院で入院してたのに、全然会ったりしないし、そもそも森島さんが末期癌で入院してたなんて思ってもみなくて……。俺、俺、森島さんに、会えなくて、悔しいわ……」


 そう言って杉さんは電話の向こうで泣いていた。杉さんが亡くなったと聞いて私が思ったのは「向こうで愛する彼女に会えた?」と同じくらい「森島さんにも会えたかな?」だった。


 きっと杉さんが私に「おう! こっちで森島さんに再会したわ!」と教えてくれたんだなって思った。


 私の小さな書斎は風の吹くような隙間がある部屋じゃない。それに、森島さんから貰った『和響』と書いてくれた書は、手の届かない頭上の棚の奥に置いてあった。ひとりでに落ちるはずなんて、絶対にない場所にあったのだ。


「森島さん、ご無沙汰してます。杉さんと会えたんですね」と声に出してみたら、目の前に元気な頃の森島さんと杉さんがやってきたような気がした。


 不思議なことってあるもんだ。

 そう思った私でした。


 最後に2007年に森島さんが当時妊娠中の私に書いてくれた言葉をここに書いておこうと思う。イベント会場でお腹の大きな私をみて送ってくれた言葉だ。


『天与の命 母なる大地に宿る 使命をもち』


 せっかく森島さんとも再会できたから、近況ノートに『和響』の書の写真も貼っておこうかな。と思った本日でした。書いていたら痛み止めが効いたのか、歯が少し痛くなくなった気がしました。


 そんな本日も、お読みいただきありがとうございました。

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