第305話 歯が痛い。
奥歯が痛い。とてもとても奥歯が痛い。なぜ痛いのか。ああ、それはいうまでもなく虫歯だからである——。
思い起こせば痛みの始まりは二ヶ月前。ミックスナッツを食べていた時のことだった。カリカリカリカリ。ミックスナッツを食べていた私はガリっとナッツではないものを噛んだ。
「ん?」と思って舌で探して取り出してみると、それは小さな石のようなものだった。
「これはなんだ?」
手にとってよくみてみる。小さな白い石。最近老眼な私は老眼、もといリーディンググラスをかけてそれをよく観察してみた。
「まさか、これは……、歯?」
そういえば奥歯の詰め物が取れてしばらく経つ。特に問題もなく食事もできていたからすっかり忘れていた。本来ならば歯医者に通い続けていたのに、コロナでなかなか行けなくなり、さらには通っていた歯医者さんは子供の同級生のお父さんとお母さんだと知ってしまい、「知り合いに口の中を見られるなんて無理無理!」と思って行けないままだった。
考えてみれば当然のこと。だって家から一番近い歯医者さんに通院していたのだ。家から近い。ということは、同じ学区内ということになる。なぜそんなことに気づかなかったのか。今思い出すだけでも恥ずかしい。というわけで私は通える歯医者さんを失った。
でも事態は深刻だ。歯がかけた。奥歯の下の歯が無くなってしまった……。すぐにでも歯医者に行かなくてはと思いつつ、近所、いや、同じ市内の歯医者さんでは同級生のお母さんが歯科助手をしてるってこともあるはずだと思った。しかしよく考えれば、新しく通い始めた歯医者さんで口の中を綺麗にしてくれた歯科助手さんが同級生のお母さんとか、そんな偶然ある方が珍しい。でも、可能性はゼロじゃない。
そう思うと新しい歯医者さんを探すのは困難だと思って放置し続けていた。でも——。
「歯が、歯が、痛い……。顎まで痛い……」
二週間ほど前からかなり痛くなり始めている私の奥歯。これはもう限界かもしれない。いよいよ歯医者さんを探そうと思った。ちょうどその日。
「和響さんって◯◯歯科に通ってた〜?」
耳を疑うような発言をしたのはPTAで一緒のTさんだった。PTA総会の資料作りでやりとりをしている最中の発言である。
「え? うん、通ってた。なんで?」
「私仕事先あそこだからさ〜。和響さんみたことあるなって最初のPTA会議の時に思ったんだよね〜」
「ひぃ〜! 最悪! もう絶対行かないって決めてるの! だって、◯◯歯科は◯◯さんとこのお父さんとお母さんが先生でしょ?」
「そうだよ〜。全然気にしなくっていいってば。私友達とか来ても普通に歯石とかとってるよ〜。和響さんの口も——」
「やめてぇ! 言わないで〜!」
「気にしない気にしない〜! また来てよ〜」
気にするよね? 気になりますよね? だって口の中ですよ? 見せませんよ? 夫にも。
先週のこの会話で本当に近所の歯医者さんには通えないと悟った私は深刻な歯医者難民となった。そしてまた日が過ぎていき——、本日。
「奥歯が痛くて食事が辛い……」
食べなくても死なないくらい皮下脂肪は貯めている。でもそういう問題じゃない。このままにしておけば絶対痛みは増すはずだ。それに、そうこう言ってるうちに大型連休が始まってしまう。
さすがにもう限界だと思い、隣の市町村の歯医者さんをさっき予約した。車で20分。もしかしてそこにも誰か働いているかもしれないと思うと怖い。でも今日は午後から小学校の授業参観だから小学校の保護者はいない気がした。中学校の方はわからないけれど……。
ああ、引きこもって趣味で小説書いてるおばさんのままなら良かった。
「PTA会長なんてやってるから名前も顔も多少は知られている人になってしまったっ!」
そのせいで? 歯医者探しがこんなにも大変なことになるだなんて……。
でももう痛みに耐えれる気がしないので、今日は歯医者に行ってきます。泣くかもしれない。大人なのに。歯医者さんが怖すぎて。いろんな意味で怖い歯医者さん。でも歯は一生ものだし、ちゃんとしておかなければ。
そんな覚悟を決めた本日。
初めていく歯医者さんには、私を知ってる人がいませんようにと祈りながら向かいたいと思います。
お恥ずかしいお話をお読みいただきありがとうございました。
お風呂に入っていざ出陣じゃー!
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