第25話 肉じゃがだけど、肉じゃがではない何か、

 私が普段買い物をするスーパーは、この辺りでは一二を争うほどの大型スーパーである。特に精肉エリアと鮮魚エリアにおいては鮮度はもちろん販売している商品の種類も大変充実している。もちろん私はそこの常連客だ。


 何と言っても、夕方5時過ぎくらいに行くと、お肉の割引がマジパネェのである。


 夕方の割引は和牛のシャトーブリアン、イチボ、リブロースなどなど、普段では食べないようなステーキのお肉に加え、オージーなビーフも時間を見計らえば20%オフから、最終的には半額で購入できる。


 毎日引きこもりで本当は昼中でも買い物に行けるのだが、そんなお肉の割引率を知ってしまった私は、あえて夕方にそのスーパーに行く。割引になる時間を見計らい行かねば、このスーパーに行く価値はないと思えるほど、このスーパーの精肉エリアはお得なのである。なぜなら割引で買ったにもかかわらず、その肉たちは冷蔵庫で一週間寝かせても痛むことのないレベルを保つ。まさに子沢山の我が家に神降臨なスーパー。


 そんな神がかったスーパーで、その日私は半額になった和牛のすき焼き肉と、細切れ肉のパックを見つけた。


 「これを贅沢に肉じゃがにしたらどうだろう? 超贅沢な肉じゃが。一度はやってみたい。肉が少しだったとしても、きっと肉の、それも和牛の旨味が出ればいい。だから、いつもより肉は少なくていいはずだ。子供たちはどちらかというと、肉よりじゃがの方が好きだから」


 脳内再生した自分の声に従い、私はそのいつもは買わないかもしれない和牛の半額肉を1パックずつ購入した。そして、糸こんにゃくとじゃがいもはいつもよりも多めに。


 本日の夕飯の材料を手に入れた私は自宅に戻り肉じゃがを作る。超高級な和牛の旨味が染み込む肉じゃがを。


 まずは片手鍋にお湯を沸かす。糸蒟蒻を下茹でするためだ。そして、お湯が沸く間にジャガイモの皮を包丁でくるくると優しく、まるで着物でも脱がせるかのように優しく剥き始める。


 だが、私の早く剥いてしまいたいと思う気持ちを察したかのような私の手はまるで独自の意思を持ったかのように動き始める。するするするすると、次から次へとジャガイモの皮を剥き、そしてそれを大きめに乱切りカットして鍋に放り込む準備をする。だがしかし私は、最終的にすべての素材が出会い、交わり合い、結合するであろう大鍋に放り込むのではなく、焦る気持ちを抑えながら、一旦焦らすようにジャガイモの乱れるように切った身体をボウルにいれる。


 次に玉ねぎのお尻に生えている根を少しだけ落とし、そっと頭を切る。その切ったところから皮を剥き、裸になった白い肌の玉ねぎをゆっくりと半分に切る。その切り口から溢れ出るようなみずみずしい玉ねぎのしっとりとした露は、私の涙腺を刺激するが、そのこみあげる目頭の熱情に堪え、その半分をまた四当分くらいに刹那を感じながら切る。こんな姿にしてしまってごめんねと言いながら。


 もちろん根っこの繋がってるとこはそのままに。ここは生命エネルギーの塊。根っこが生えていたところだから切り落とすわけにはいかない。根の部分だけでつながり、艶かしくはらりとはだける玉ねぎの片鱗たち。


 私はそんな艶かしい玉ねぎを六個ほど切り、もう私の目頭だけでなく鼻腔までグッとくるような感覚になる状態を脱するべく、結合の地大鍋へ切った玉ねぎを次々と乱暴に放り込む。


 その頃やっと温まり、ぶくぶくと泡を溢れさせ始めた片手鍋のお湯が沸いたのを確認した私は、水切りした糸蒟蒻を熱湯に入れる。お湯の熱によりクッと体を硬らせる糸蒟蒻。なんていじらしい姿。


 ぐらっとお湯が湧き上がり、熱が入ったところでザルにあげ、その熱いお湯を糸蒟蒻の身体より素早く取り払う。身体に感じた熱により緊張して縮こまっている糸蒟蒻たちを私は先ほどみずみずしく露を溢れさせた玉ねぎが待つ大鍋へと、そっといれる。その上に優しくそっとボウルに移しておいた乱れ切りをしたジャガイモを置き、半額とはいえ高級な和牛のすき焼き用肉と、細切れ肉を手で優しくほぐしながらその大鍋にいれる。


 あまりの私の熱のこもった優しい手つきに、和牛肉の中に潜む脂が私の手にねっとりとまとわりつき、私の手の中でゆっくり溶け始める。


 おっと、溶けるのはまだ早いよ、まだまだここじゃないだろ? と半額の和牛肉に私はいい、全てが整った鍋を火にかける。もう手が脂でベトベトだ。なんて美味しそうなんだ。今すぐにでもこのまま生で食べてしまいたいほど。


 大鍋に入った芋や蒟蒻や肉を私は優しくいたぶるように、鍋底から湧き上がる熱にさらし、そして、ちょうどすべての準備が整い、受け入れる準備ができたことを確認して、調味料をゆっくりと投入してやる。


 ジュワーァ…グ…ツ。グ…っ…グ…ツゥッ


 これで後は湧き上がる炎がすべての素材に熱を送り込み、その熱が全ての身体に行き渡り、まさに今絶頂に達しようかという時に、そっと焦らすように火を止めて、味を染み込ませてやる。美味しい調味料はこれでそれぞれの身体の奥深くまでじわじわと染み渡っていくのだ。


 終わった達成感の中、私は息を整える。全神経を注ぎ込んだ肉じゃがを作る工程が、全て終了した。私の中に湧き上がる熱情は一滴も残らず出し切ったと思った。後は寝かせるだけだと。


 こうして、我が家のいつもは作らないような愛に満ち溢れた高級な肉じゃがが完成した。


 夕飯の一品として胸を張って、高級な和牛が少し入った、じゃがいもたっぷりの肉じゃがを子供たちに味噌汁とサラダとともに提供する。


 どうだ! 時間をかけ、丁寧に優しく作った肉じゃがはうまいだろう? と、聞く私に子供たちは言った。



 「お母さん、人参の入ってない肉じゃがは肉じゃがじゃないよ?」



 

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