第12話 従兄弟/運命の出会い


  (18)従兄弟いとこ


 二日後の朝、早々にヒューバードに呼ばれて執務室へ向かった。


『ダグ、待ってたよ。パットしばらく二人にして』

『かしこまりました。では、終わりましたらお声がけを』


 静かに補佐官と警護の騎士二人が出ていく。扉が閉まり、部屋にヒューバードとダグラスの二人きりになる。


 ヒューバードは昔から時々ダグラスを呼び出しては、近況報告をさせていた。軍幹部になってからは話す内容が軍議に変わって行ったが、呼ばれる回数こそ減ったものの、それは今も続いており既に見慣れた光景だ。二人きりの場では、その態度も親しい相手に対するそれに変わる。



『さ、父親との感動のご対面はどうだった?』

『言うと思った…。ヒュー様は知ってたんですね』


『もちろん。生まれたての君を抱いたこともあるよ? おしめだって変えてあげたことあるし、すごく可愛がっていたのに、再会した時はまるで覚えてないんだもん。さみしかったよ』

『城を出たのは二歳になってなかったって。普通は覚えてませんって。……知っていたなら、別に教えてくれても…』


 不機嫌そうに眉をしかめるダグラスを、物ともせずヒューバードは言葉を連ねる。目の前の人物は、それなりに長い付き合いだが、実に食えない人物だ。何食わぬ顔をして、とんでもない秘密を隠している。


『だって、どこから漏れるかわかんないからね。ダグが自分の身を守れるようになるまでは名を明かさないと決めた。もちろん決めたのは、オーエン叔父上だよ』

『俺は当事者ですよ。……もしかしたらヒュー様と義兄弟かも? と悩んだ事もあったのに。まぁ、従兄弟? だったけど』


『兄さんって呼んでもいいんだよ? 僕だって君を弟だと思ってるしさ。なのに死んだって聞かされた僕の気持ちわかるかい? 僕もほんっとに長い間、君ら親子の生存すら知らされてなかったんだ』

『ほんとに?』


『うん、うちの母が独断でアイーシャ様と君を円を使って逃がしたんだって。当時それを知ってたのは、叔父上と母と侍従長だけ。教えてくれたのは君をここへ連れて来る前の年、僕が上級学校に入った後だ。だから、生きてるってわかって本当に嬉しかった。……だけど、アイーシャ様のことは、本当に申し訳なかったと思ってる』


 この話題はこれまで何度も繰り返している。小さい頃はダグラスの精神面に配慮して触れなかった話題も、しっかり地に足がついてからは、ダグラスの方からヒューバードに詰め寄った事も幾度かあった。


 だが、出生の秘密を告げられない以上、彼ら親子が狙われた理由も答えられない。表立って板挟みにあっていたのは、ヒューバードだと言える。



『別に、ヒュー様が謝る必要はない。……謝ってほしいわけでもない』


 ようやく腹を割って話せる事にヒューバードは苦笑を返す。きっと彼ならそう言うだろうともわかっていたのだが。



『アイーシャ様があんなことになって、それから叔父上も自分を消すって言いだして。後追いするのかと思ったら、死人に成り済ます事だった。だからあの宮はそれ以来、封鎖されている。少なくとも表向きは。中はともかく、外観はいい感じに寂れてただろ?』


『問題は外観じゃない。多少なりとも、人の出入りはあったはずだ』

『ダグ、君なら知ってるよね。皇宮には隠し通路がある。人目につかず中に入るのは簡単だ』

『ああ…なるほど』

 朝の光であふれる執務室に、刹那せつな沈黙が下りる。



『突然父親だと名乗られても、素直になれない?』

『………困惑している、が一番当てはまるかな。しかもただの人じゃない。まぁ…何も思わないか、って言われたらそりゃ思うところはあるに決まっている。だが、なぜそれが「今」なのかわからない』


 ダグラスが皇城に来たのは今から十五年も前の話だ。何を今さらと思うのは当然である。


『うーん、それは叔父上に聞いてみないと、何とも』


 これはヒューバードもまだ知らない事だが、ダグラスがまだ少年だった頃、オーエンの手の者が密かに警護の任についていた。彼に執拗に繰り返された暴力や蔑みはその数の多さの割に、大怪我を負うような場面は一度もなかった。さらに同じ者からの二度目の暴力もなかった。むしろ相手から避けられていたように思う。


 それは単なる幸運などではなく、いわゆる隠密部隊の暗躍によってもたらされた必然たる結果だった。


〈 警護対象に気取られず、襲撃者にも気づかれない様、守り抜け 〉


 オーエンが育てた部隊に下された厳命である。ダグラスが彼らの気配に気づく直前まで、それは確実に遂行されていた。そしてダグラスが国一番の実力を身に着けたと同時に彼らは姿を消した。他者の気配に鋭くなった彼に、容易に近づけなくなったのが理由だ。


 その日から約三年。案外、妥当な期間ともいえる。




  (19)運命の出会い


『わからないのが、母は異国出身で職業も踊り子だ。どうやっても身分違いだし、そもそも接点はあったのか?』


『あれ、それは聞いてないの? 彼女の所属する楽団の噂を聞きつけて、うちの皇城の狸じじい共が楽団を城に招致したんだ。その頃はまだ行事に一応顔を出してた叔父上と、運命的に出会ったって訳。お互いに一目ぼれだったらしいよ。目があった瞬間、お互いしか目に入らなくなったんだ、って飽きるほど聞かされたよ』

『はぁ、…そうですか』


 両親の馴れ初めは聞いた所で、恋愛ごとに関心のない男としては反応に困る。年若い娘ならいざ知らず、いい大人なので何とも言えない。


『叔父上は実の兄、前帝ね。あの人の性格をよく知っていたから、早くから生涯独身主義を公言していた。下手に混乱を招く種をまきたくなかったって言ってた』

 いつの世もお家騒動の発端は、兄弟や子息の骨肉の争いだ。



『結局、父本人が災いの種を作ってくれたから、叔父上の思いは意味をなさなくなったけど、そのうちに研究に没頭するのも悪くない、って楽しくやってたみたい。実際三十歳過ぎても一人身だったし、表立っては浮いた噂もなかった。とはいえ、うまくやってたみたいだけど。そこはほら。男ならわかるだろ』


『あー、まぁそれは、はい』

 理解はできるが親の下事情など、できれば知りたくはない。



『それを覆してもいいと思える相手と、出会ったってことだよ。叔父上に結婚を決意させる程のね。でも今更、政治的なリスクを背負わせたくなかったから、侍従長だけを立ち合いに、誰にも知られず密かに夫婦になった。その後も隠れるように宮で暮らしたんだ』

 

 アイーシャはその時、十七歳。彼女の父が団長を務める楽団で、オーエンと出会った公演が彼女の踊り子デビューの日であり、そのたった一度の出会いでオーエンの心を見事に打ちぬいた。


 身分の高い相手に気に入られた踊り子らは、一夜限りの伽の相手に指名されることも多い。彼女の楽団はそれを許していなかったが、それでも我を押し通す権力者がいるのもまた事実だ。


 だが、オーエンは権力を行使せず、団長であるアイーシャの父をお忍びで訪ねていき、潔く頭を下げた。自身の置かれた立場をきちんと説明した上で、まずは団長であり家長である父親を、次に気になってはいたが踏み出す勇気のなかったアイーシャを口説き落としたのだ。



『僕はよく叔父上の宮に遊びに行っていた。その宮に、ある日綺麗な女の人が居た。それがアイーシャ様だった。彼女はほんとに気さくで明るくて、こんなに綺麗な人がいるんだって子ども心に思ったよ』


 ヒューバードの亡き母は、国内の有力貴族の出身だ。いわゆる政略結婚で皇帝に嫁いできた。それでも惜しみない愛情を子どもたちに注いでいたが、父親はそうではない。


 夫婦間に義務はあっても、そこに信頼や愛情は感じられなかった。そういう意味では、ヒューバードはオーエン達に理想の家族像を重ねてみていたのかもしれない。



『……幸せそうでしたか?』

『うん、とっても。彼女は家族も国も捨てることになったし、年も離れていたけど、いつも笑って二人より添っていた。使用人も置いてなかったから、たまに侍従長が確認に行くくらいで、警護の人間もうまく姿を隠していたって。アイーシャ様が気を使わないように』


 アイーシャの兄弟はおらず、母を早くに亡くした父と二人きりの家族だったと聞いている。大事な一人娘を譲り受けたオーエンが、どれだけ母を大事にしていたのかそれだけでもわかる気がする。


 当然だが、ダグラスはアイーシャの母親としての顔しか知らない。母親が恋に落ちる姿は想像できない。それでも笑っていたという話を聞くと、素直に良かったと思う。



『直接は聞いていないけど、たぶん叔父上は近い内に身分を捨てて、城を出るつもりだったんじゃないかな。でも身重になったアイーシャ様を気遣って、君がもう少し大きくなるのを待っていたんだと思う』

 静かに語られる内容に、ダグラスは目を見張った。


『よく二人で世界の地図を広げて見ていたから、外国へでも行くつもりだったのかな。アイーシャ様の母国はもうないって言ってたから、この国じゃないどこか別の所へ。……情けないけど、叔父上にそう思わせるほどこの国は未来がなかった』


 自分の治める国に未来がなかったのだと語る、ヒューバードの表情は何の色もなくじっと机を見つめていた。


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