膨張
小石原淳
膨張
中学から高校にかけての頃、私は傲慢で高慢で自己満の塊だった。
自制の利かない人を見下していた。ちょっと勉強すれば理解できることを放棄して遊びにかまけたり、平気でゴミのポイ捨てをしたり、身だしなみに気を遣わなかったり、食べ過ぎで太ったり。そういう人達に、あからさまに批判を垂れていた。
特に許せないでいたのは、ニキビができたといっては大騒ぎする女子や、学生服の肩にフケが降り積もっても一向に気にする様子のない男子。どちらも日頃のケアをちゃんとすれば簡単に収まる――と、当時の私は疑いもしなかった。自分自身、ニキビやフケで悩まされたことがなかったから。体質や病気ということもあるなんて、想像できなかった。
ある年の四月、連休前の平日のことだった。
突風が吹いて開け放した窓から教室に、強い風が流れ込んだ。先ほど触れたフケの多い男子の風下にいた私は、鼻の頭に何か付いた感覚があったので払う仕種をした、すると、私の取り巻きの女子が気付いてくだんの男子に口撃を始めた。「なにぼーっと突っ立ってんの」「謝りなさいよ」と怒りの原因を言わずにいきなり責め立てる。
男子の方は戸惑いが露わだったけれども、それまでにもフケのことを言われてきたからかすぐに察したようで、「ごめん」とぼそぼそ声で謝罪した。その態度が気に食わなかった取り巻き女子は攻勢を強め、「もっとちゃんと謝れ」「あんたのフケから病気がうつったら責任取れんの?」なんてことまで言い出した。その内彼女らは私の手を取り、「行きましょ。ちゃんと洗って消毒しなきゃ」と促してきた。私は取り巻きから見て理想の女子生徒を演じなければいけなかった。いや、実際そのときの私は女王様扱いされて気分がよかったんだ、きっと。
ポーズだけと思っていたら、教室を出たあと実際に洗面できるところまで行って、顔を洗うことになった。取り巻きの中には保健室に行って消毒してもらおうよとまで言い出す子がいたけれども、さすがにそこまではしなかった。
その日の夜。家の自室、ベッドの上で私は寝付けないでいた。眠ってもすぐに目覚めてしまう。起き出して洗面所まで行き、水を飲んでふと鏡を見ると。
「やだ。何これ。ニキビ?」
鼻のてっぺんに、ぽつっと丸くて小さな膨らみができていた。中央部が黄色っぽい白で、他の子達のニキビに似ていた。
「――まさか、あのとき本当にフケが着いて、本当に悪い影響が出たとか?」
思わずそんなことを口走って、洗顔クリームを使って鼻をよく洗った。少しましになったように見えたので、このまま消えてなくなれと願いつつ寝直した。
朝起きるとできものはちょっぴり大きくなっていた。母が気付き、「とうとうあなたにもできたか」と軽い口調で言われた。私が嫌だって話すと、「触りすぎたんでしょ。ニキビ専用クリームを買ってくるからそれ付けてあとは放っておきなさい」とたしなめられた。私は母をせかせて店が開く朝九時には買いに行ってもらった。こんな鼻、見られたくないという意識が働いて、自分で買いに行くなんて考えもしなかった。
帰って来た母はクリームを手渡すとき、呆れ顔ながら「連休に入ったところでちょうどよかったじゃないの。みんなに見られないで済む」と慰めてくれた。確かにそうだ、休みの間に完璧に治そう。幸か不幸か、連休中に出掛ける予定はなかった。
ところが、次の日になるとニキビは大きくなっていた。一つだけだがはっきりと分かるまでに育っている。
「お母さん、このクリーム効かない」
「昨日の今日で判断しないの。少し様子を見て」
仕方なくもう一日待った。すると翌朝、ニキビはいい方向に変化していた。乾き始めたらしく、かさぶたみたいになりつつあるようだ。これで安心だわ。そう思ったのも束の間。さらに日を経て、症状は急速に悪化した。
夜中、ひどい違和感を覚えてベッドから抜け出て、洗面台へ急いだ。明かりを点けて鏡に映った自分を見て、悲鳴すら上げずに失神した。
顔全体が一つのニキビになったみたいに膨らんでいた。
私は病院へ行くのを拒んだ。不特定多数にこの姿を見られるなんて。
お父さんとお母さんが手を尽くし、お医者さんに家まで来てもらえることになった。でも連休中だからすぐには無理で、二日後になるという。
私はベッドに横たわり、その日を待った。ニキビは徐々に、だが確実に大きくなっている。最早、私は動くのが怖くなっていた。
二日経って、お医者さんが来た。玄関でのやり取りから分かる。私は早くしてと願った。両親との話がなかなか終わらない。やっと足音が向かってくる。母が先頭らしく、ノックの音のあと、母の声で「開けていい? お医者様が来てくださったわよ」と聞いてきた。
「いいよ早くしてもう遅いんだから」
私は早口で抗議気味に言った。
そのとき。
ぷしゅ、という音がして私の視界は歪む。
たまりにたまっていた膿が、とろりと流れ出ていく。
音が聞こえる。
とろり、とろり。
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