第110話 黒い飛空艇

 翌日、出発した。

 飛空艇なら羅刹侯爵領までひとっ飛びだ。


 ゲートの辺りを通過したら、露骨に空気が変わった。


「なんか重い空気だな」


『羅刹公爵領ですからなー。それに今は迷宮を踏破して、力をつけてるんでしょう。タマル様に比肩するくらい強くなってるかも知れませんぞ』


『オー! ハンディカムにコールしてもノーリプライでーす!』


「そりゃあフランクリン、まだハイドラの仕事の時間じゃないから、異世界から出勤してきてないんだよ」


『オー、ホワイトなワークでーす』


 ハイドラは朝九時から昼休憩を挟み、夕方五時まで仕事して異世界に帰っていく。

 朝出勤してくると、本日の朝の放送があるから分かるのだ。


 ピンポンパンポーン。

 ラジカセから音声が流れてくる。


「ハイドラが出勤してきたぞ」


『タマル村の皆さん、おはようございます。本日は羅刹侯爵領突入の日です。ヘルズテーブル最後の魔人侯ですね。頑張って行きましょう。ところで私事なんですが、戻ってきたタコさんがタマルさんの事をとっても良く言うんです。数千年の付き合いの中で、あんなタコさんを見るのは初めて。珍しいなーって思ったのでした。では、今日も一日、元気に暮らしましょう!』


 朝の放送が終わった。

 タコさんが向こうの世界でも、変わりなく暮らしているようで良かった。


 本当の名前は他にあるそうなのだが、ハイドラはこちらに敬意を払って、俺の決めた呼び名を使ってくれているのだ。

 向こうの世界の神々は礼儀正しいなあ。


 感心しながら、羅刹侯爵領上空をまったり飛行していた。

 邪魔するものなど他にいない。

 それはそうだろう。ドラゴンくらいしか邪魔者はいないからな。


 ……と思ったらだ。


「タマル! なんか来るよ!!」


 ポタルが大騒ぎした。


「なんだなんだ」


 ドタドタと舳先まで走っていったら、『カタカタ』骨次郎に、飛空艇の上であまり走らないで、と注意されてしまった。

 すまんな。


「どうしたんだポタル」


「向こうから大きい空を飛ぶものが来るよ!」


「なんだって」


 ポタルは鳥系のモンスターというか魔人みたいなものなので、目がいいのだ。

 俺は目を凝らす……。

 そう言えば、適当なタイミングで閃いていたレシピがあったな。


 何を隠そう、双眼鏡だ。

 なんとなく作るタイミングが無かったので作っていなかったのだが、やるなら今でしょ。


 トンカントンカンやったら、完成だ。

 双眼鏡!


 これを使って覗いてみると……。


「えっ!? あっちにも飛空艇がある!?」


 向こうから、真っ黒な飛空艇が近づいてくるではないか!

 こっちの飛空艇が白いので、つまり敵キャラの飛空艇に他ならない。


『わっ、あれは羅刹侯爵ですぞ』


「なんだって」


 ラムザーがびっくりしているので、つまりあれは間違いなく羅刹侯爵の船なのであろう。


『あっちも飛ぶなんて反則じゃない! タマルって一方的にやるから強かったんでしょ?』


「さすがはキャロル、俺のやり方をよく理解してらっしゃる」


 相手も同じような事をできるというのは初めてだ。

 羅刹侯爵がそういうやつなんだろう。


 おっ、近づいたら矢を射掛けて来たぞ。

 だが、俺の船には対衝ブロック塀が装備されているのだ。

 矢は通用しない。


 ボインボイーンと跳ね返しているのだ。

 おお、向こうが慌てている雰囲気がある。

 だが既存のアイテムで相手を驚かせても楽しくないぞ。


 俺はスタンドマイクを設置した。


「テステス……本日は晴天なり、晴天なり」


『ヘルズテーブル恒例の曇天ですぞ』


「そりゃそうだけどさ」


 俺とラムザーの掛け合いがマイクで拡声されてしまった。

 黒い飛空艇が、わあわあと騒いでいる。

 この声はラムザーだぞ! と気付いたのだな。


「えー、こちらスローライフの王タマルです。羅刹侯爵ですかー」


 返答代わりに、めちゃくちゃ矢が飛んできた。

 通用しないと言うのに。


「やる気満々だな。おいラムザー」


『リサイタルですな?』


「よく分かってるじゃないか。一発かましてやれ!」


 そんなわけで、矢の雨が降り注ぐ中、ドクトルロックが大空に鳴り響く。

 おうおう、黒い飛空艇が動揺してる。

 反応が新鮮だなあ。


 そしてラムザーがロックスター衣装で歌いだした。

 また飛空艇が動揺している。


 どんなに攻撃してきても、対衝ブロック塀で防いでしまうから飛び道具は無効だぞ。

 黙ってラムザーの美声に聞き惚れるがいい。


「黒い飛空艇加速したよー!」


「煽りすぎたか」


 びゅーんと飛び込んでくる黒い飛空艇。


 ついにうちの飛空艇と交差する辺りまでやって来た。

 船上に、黒いマントに甲冑を身に着けた多腕の魔人がいる。


「羅刹侯爵ー?」


 声を掛けてみたら、返答代わりに猛烈な勢いで矢が降り注いだ。

 いい加減めんどうくさいな!


『イエアーッ! ポップコーンレインでカウンターでーす!!』


 フランクリンがポップコーンマシンを起動し、平和的なカウンターを放つ!

 真っ白なポップコーンが、矢の雨の数倍の量で降り注いだ。

 慌てる黒い飛空艇。


 だが、すぐにこれがポップコーンであることに気付いたな。

 次は紙吹雪マシンだ!!

 降り注ぐ紙吹雪! 慌てる黒い飛空艇! すぐにただの紙吹雪であることに気付いた。


 対応が早い。

 やるなあ、羅刹侯爵。

 だが、めちゃくちゃ怒ってるぞ。


『そりゃあ、こちらからの反撃が全部ポップコーンと紙吹雪だったら、煽られてると思うでしょうなあ』


「あ、そっか! じゃあ次は花火上げちゃう?」


『いいですな! ハチャメチャに煽ってやりましょうぞー!!』


 ラムザーが凄く悪い笑顔である。


「タマルも悪い顔になってるよー!」


「そう?」

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