虫愛(め)ずる JK(女子高生)

西尾 諒

第1話 プロローグ

フェニキア人が大海原に乗り出したのはまさにKOCHAB《コカブ》が北極星として君臨し始めた時代と一致するのです。極を指す星が「コカブ」より暗い星のままだったら、彼らは方位にしばしば迷う事になり、その後の航海術の発展もなかったのかもしれません。

 (帝都大学 高梨総一郎氏による講演記録「フェニキア人の航海術」より抜粋)


黄帝を憎々しげに睨む蚩尤しゆうの両手足にはかせめられ、各々おのおのの枷には太い綱が結ばれていた。四本の綱は百尋ひゃくひろほどの長さがあり、とぐろに重ねて巻かれている。そしてその先は・・・四頭の白馬に繋がれている。

 顔を背け、ぎょろりと黄色く濁った眼でその景色を眺めると蚩尤は歯噛みをしたが、やがて最早これまでと観念したのか、突然、咆哮するかのような笑い声をあげ、黄帝に向かって言い放った。

「お主が何を言おうと人間の本性は変わらぬ。我らこそ人の本性そのものよ。そもそもお前の今、為さんとしている事が正義なのか。このようなことが人間のやりようなのか?お主のやっているのは我らの為す事と少しも変わりあるまい。例え我を殺しても我の息子たちは生き残っておる。いや、お主こそ我の息子よ。我には見えるわ。我が子孫が再び世に満ちる事がな」

その言葉に顔色を変える事もなく黄帝は静かに手にしたしゃくを振った。白馬に跨った騎手が一斉に鞭を入れ四頭の馬は東西南北へと勢い良く駆けだした。綱がきんと引かれ、四頭の馬が棒立ちになった時、蚩尤の体は裂け、残った首だけが宙に舞った。

 しかしその首は落ちることなく、宙に浮いたまま暫し黄帝を睨みつけ、いきなり口から火を吐くと、蒼天へと駆け上って行った。

                 (吉田永一著:「黄帝」)


「夫レ龍ヲイテ得シ至極ノ座ヲ二ノ宝珠ヲ以ッテ飾リ、此ヲ古王ノ末ニ譲ルコトなかレ 然ランズバ吾ガ七七ノ末必ズ時ヲさかのぼリテ以ッテ此ヲただサン」

         ( 何某県 さわ神社に伝わる式盤のはこの裏書)



窓越しの街路灯に「私」の寝顔がぼんやりと照らし出されていた。あどけなくさえ見えるその寝顔を暫く眺めてから一つ小さなため息をついて手にした厚い封筒をベッド脇の机に乗せた。がさりという音に「私」がうーんと唸り声をあげ、私ははっと息を殺した。

 だが「私」は寝返りを打っただけで、再び静かに寝息を立て始めた。

 机の天板の真ん中辺にある小さな傷は小学校の時に私が手を滑らせてカッターで付けた傷だ。人差し指で撫でるとざらっとした懐かしい感触が指の腹に走った。

 「私」は封筒の中味を読んだらどう思うのだろうか。

 「私」を襲った出来事の訳を少しは理解するかもしれない。でも・・・。私は首を振った。散々考えた上で決めた事だ。そのために私たちはここに辿り着いた。外で彼が待っている。急がなくては・・・。


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