大晦日に大波乱を!
なめなめ
第1話
大晦日の夜。オレは台所でお節料理を世話しなく作り続けていた。
まぁ、“お節”といっても我が家では数の子や昆布巻きみたいに調理が面倒な物を用意したりはしない。何故なら……
「お父さ~ん、お節まだぁ~?」
十歳になる一人娘の
「まだだ。それに出来たとしても、食べるのは明日の元旦だぞ?」
「ちぇ~、ケチ~」
ぶつくさと文句を言ってリビングに戻っていく雫。
「まったく、まだまだ子供だな……」
そう、この子はまだ十歳の子供なのだ。
だから、我が家のお節には常に雫の好きな物しか入れない。つまりわかりやすく言ってしまえば、運動会やハイキングの時に使う弁当箱が重箱へ変わるだけ。
人様から見たら『そんなものは、お節じゃない!』と言われそうだが、オレは娘が「美味しい!」と満足してくれたらそれでいい。
「……最後にこのエビフライをここに詰めて……ヨシ、完成だ!」
多少反則気味だが、それでもこれだけのオカズが並べば、それなりに見えるのが不思議だ。
「さぁ~て、オレもゆっくりするかな……」
お節作りから解放されたオレは、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出してリビングへ向う。
「お疲れ~」
「おう!」
コタツに入って背中を向けたままで言葉を交わす雫。どうやら、テレビのバラエティー番組に夢中らしい。
オレも冷えた足をコタツに入れると、早速ビールを開けた。
プシュ!
少し飛び散った泡を気にせず、一気にいく!
「ゴクゴク……ぷふぁ~! 一仕事終えた後のビールは、また格別だな!」
そんな
「ねぇ、お父さん?」
「ん? ゴクゴク……何だ、愛しい娘よ?」
背中越しだが、声のトーンはどこか真剣そうだ。もしや、お年玉の増額を要求する気か?
「再婚とかしないの?」
「ぶはぁ! ごほっ!ごほっ! な、何を言って……お前……ごほっ!」
思わぬ一言に驚き、口に含んだビールを全て吹き出してしまった。
「もう汚いなぁ。そんなんだから、出世出来ないんだよ?」
「ほ、ほっとけ!」
大惨事を起こしているにも関わらず、雫は冷静にティッシュを箱ごと渡してくれる。
「あ、サンキュー……って、何でまたそんな話を?」
不思議に思い訊いた。
「だって、お母さんが亡くなって、もう四年でしょ?『そろそろ、そんな話とかないのかなぁ~』って思って」
娘なりに気を使って言っているつもりか?
悪いが、オレにはそんな気さらさらない! いや、そもそも妻以外の女性を一度として、そんな目で見たことが……ない……はずだよ?
「あのなぁ言っておくが、父さんは今でも母さんを愛してるんだ。だから、その……再婚なんてものは……」
そこまで言いかけると、雫はオレの方に向き直し、ジっと見つめてくる。
何だ、この展開は? まさか変なテレビでも見て妙な影響でも受けたか?
「そういえば今日、A町のコンビニの前を通ったでしょ?」
「A町のコンビニ? ああ、蕎麦の材料を買った帰りで通ったが……それがどうした?」
ビールを再び口にしながら返事をする。
「その時、一緒に歩いていた髪の短い眼鏡の
「ぶはぁ! な、ななな何を言ってるんだお前は!?」
まさか、
「とぼけても無駄よ! 私、あのコンビニで買い物してた時にバッチリ見たんだから!」
「うっ!」
こ、これは……反抗期ってヤツなのか!?
いや違うな。これはただの尋問だ……うん。
などと考える間も与えず、雫は畳みかける!
「で、どうなの?」
「ど……どうとは?」
どう言えばいいんだ?
「あの人とはどういう関係なの?」
「あ、そのぉ……」
刑事ドラマ顔負け迫力に押され、目の前のビールに一切口をつける気にならない。
「ねぇ、お父さん?」
「…………」
「聞いてるの! お父さん!?」
「うぉ、あ、聞いてる! 雫の言うことは、父さんよぉ~く聞いてるぞぉ!」
嘘だ。本当は上の空でぜんぜん聞いてなかった。
「あの人との関係は!?」
いつの間にか仁王立ちで見下してる雫に、オレは言い返す言葉を見つけられない。
「いい加減、白状しなさいよ!」
白状しなさい……って、三十数年生きた人生で初めて言われたよ。
だがこうなったらいっそ、全てを
腹を決めたオレは、全てを打ち明ける決心を固める。
「わかった。お前の言う通り、全てを話す」
「ええ……お願いするわ」
雫はそう答えた後、ちょこんとオレの前に正座した。彼女なりに『真面目に聞こう』とする態度なんだろう。
「それじゃ、オレも……」
コタツから足を引き抜き、娘と向き合って正座する。
「あ~コホン! では、お話しを始めさせてもらいます」
「はい、よろしくお願いします!」
ここで、なぜか互いにお辞儀をする親子……シュールだ。
まぁ、とにかくそうした流れでオレは、事情を包み隠さずに告白する。
一緒に歩いていた女性が同じ部署の部下であること。
一年前のひょんなことから何となく話す機会が増えたこと、あと他には……
「ストップ、お父さん!」
「え?」
急に話を止められ、オレは戸惑う。
「ハッキリ聞かせて……お父さんはその人と、どうなりたいの?」
「ど、どどどうって、お前何を!?」
ド直球の質問に、大いに慌てる!
「再婚……するつもりなの?」
「さささ再婚!?」
またしてもド直球! 今度は内角高めにビシッと決められた!!
「い、いや……それは……」
同時に、自分の気持ちを考えることも忘れなかった。
『オレはどうしたい?』
雫に言われたからじゃないが、彼女には好意を持って……いる。
正直、『この
っが、それはあくまでも想像の中で、実際に何らかの行動へ移そうとは考えてない。
何故なら、その行為が娘である雫への……ひいては亡き妻への裏切りに繋がるからだ!
「ねぇ、お父さん? もしかして、私とお母さんに気を使ってるの?」
「うぐっ!」
ド真ん中に決められた百マイル!
どうやらオレの本心は、完全に十歳の
「お父さん、いいかな?」
雫は尚もビシッとした表情で尋ねる。
「な、何だ、そんな顔で……?」
雫は大きく深呼吸をして……
「お父さん。お願いだから、私とお母さんをお父さんが幸せになれない言い訳にしないで!」
「え、お前……!?」
泣いている……? 雫はいつの間にか、両目から大粒の涙を流していた。
そうか、雫は自分達がオレの幸せを邪魔してると考えて……ハハハ、娘にこんな心配をさせて父親としては最低だな。
わかったよ……」
「え?」
雫の頬には、未だ涙が流れている。
「オレは……父さんは前に進んでみるよ」
「お父さん!」
誰かを言い訳に使うのはやめよう。
これからは、オレの幸せ……ひいては雫を悲しませない……そんな選択をするのもアリなのかも知れない。
オレは自分にそう言い聞かせる……しかし!
「雫、じつは父さんの幸せのことで一つ重大な問題があるんだけど……いいかな?」
「重大な問題?」
そう、まったくもって重大な問題。それは……
「彼女がお父さんをどう思っているか、わからないんだ」
当たり前の話だ。彼女がオレのことを何とも思っていなかったら、今まで娘と交わした会話は、ただの茶番として終わる。
「じゃあさ、本人に聞いてみればいいじゃない?」
「本人って……って、何やってんの雫?」
「え、電話してるんだけど?」
そう言って、雫は誕生日に買ってやったスマホで誰かへ電話をかけ始める。
「あ、もしもし……うん、大丈夫。うん、だから今から……」
今から? 今から何かあるのか?
「じゃ、お願いしますね♪」
ピッ!
「お、おい、誰と電話して……」
「あっ、もうこんな時間だ~! そろそろお蕎麦の準備をして来るから、お父さんはコタツでごゆっくり!」
雫は一方的にそう告げて、台所へ向かう。
「なんだかなぁ……」
不可解な行動に首を傾げながらも、妻の仏壇に視線を移す。
「なぁ、お前? 雫が何を考えているかわかるか?」
飾ってある妻の写真に語りかけるが、彼女は満面の笑みを浮かべているだけ……
ピンポーン!
その時、突然我が家のチャイムが鳴った。
「何だ? 年の瀬のこんな時間に……」
オレは
「一体誰が……」
時間も時間なので、用心してドアスコープで覗くと、そこには……
凍えている髪の短い眼鏡の女性……まさか!?
「ま、待て! 今開けるから!!」
急いでロックを外してドアを開くと、そこには……
「ど、どどどうも……か、課長……」
案の定、震えていたのは今日一緒に歩いた例の彼女だった。
「ど、どうしてキミがここに!?」
「あ、は、ははは……」
突然の事態に一瞬混乱したが、とりあえず震える彼女を家に上げることにした。
「ま、まぁ、入ってくれ」
「し、ししし失礼しままます!」
よっぽど寒かったんだな。見るからに震えている。
「さぁ、まずは暖まってくれ」
「すすすいません……」
言われた通り、彼女は腰を下ろして急いでコタツに足を突っ込む。
「お茶を入れるから……いや、コーヒーがいいかな?」
「お、おおおかまいなく、ガチガチ……」
本当に寒かったんだな。気の毒なくらいに震えている。
それに今気づいたが、頭の天辺には白いものが……どうやら雪も降っていたらしい。
「二人共お待たせ~! 特製年越し蕎麦が完成ですよ~!」
「お、タイミングがいいな!」
飲み物よりもこっちの方が彼女も暖まるはずだ。
オレはお盆に乗った四杯の蕎麦を配る……まず最初は妻の分だ。
「今年もオレ達を見守ってくれてありがとな」
汁を溢さないよう、慎重に仏壇へ蕎麦を供える。
次に娘と客である彼女……そして最後はオレの分だ。
「うわぁ~! これ雫ちゃんが作ったの?」
「フフン、まあね♪ 天ぷらも私が揚げたんだよ」
言った通り、確かにこの蕎麦には見事な
ちなみに天ぷらが竹輪なのは娘の好みだ。
「じゃあ、いただきま~す! ズルズル……ふぁ~美味しい! モグモグ……天ぷらサイコーですよ雫ちゃん!」
「へへ~ん、どんなもんだい!」
はてこの二人、妙に親しい様な……? それに、どうして彼女は雫の名前を知ってる?
雫は雫で、なぜ都合良く四人分の蕎麦を用意してた?
……まぁいいか。
「ところでキミ? どうして
オレはまず、それとなく彼女へ尋ねた。
「あ、それは……ズルズル……雫ちゃんから……ズルズル……」
本当にうまそうに食るな、この
「私が呼んだのよ……ズルズル」
「え、二人は知り合いなのか? 一体いつから?」
質問すると、雫からの説明が入る。
「コンビニの前で、お父さんがこの人と一緒に歩いていた話はしたよね?」
「あ、ああ……」
確かにしたな。
「じつは私、あの時二人の後をつけていたの」
「何!?」
それって、十歳の女の子がすることか?
「あ、私はズルズル……気づいてズルズル……ましたよ?」
「マジで!?」
「ハイ。後ろで小さな女の子が『こそこそしてるなぁ~』っては思ってましたから」
オレ……ぜんぜん気づいてなかった。
「それでね、ズルズル……二人が別れた後、私はそのまま、そのお姉さんの尾行を続けたわ」
娘よ……食べながら喋るのはまだ許すが、箸で人を指すのやめろ。
「……っで、適当な場所で声をかけたの」
「ハイ、あれはビックリしましたよ。新手の勧誘かなと思ったらズルズル……課長の娘さんと言われて……ズルズル」
うん。キミは社会人なんだから、食べながら喋るのはやめた方が良いと思うぞ?
「じゃ何か? 娘とキミは既に知り合いということなんだな?」
「「そうそう……ズルズル」」
二人とも仲いいな。
「なるほど。出会いの経緯はだいたい理解した。
ではどうして、こんな年も押し迫って彼女がウチへ?」
今となっては手遅れ感ある質問だが、こちらの経緯も聞いておきたい。
「それは……」
「待って、お姉さん。私が話すから!」
「お、おまかせしますです……」
ほう、自ら進んで動くとは、我が娘ながらしっかりしてるな。これは将来が楽しみになる……いや、ならないのか?
「私がお姉さんに声をかけたのは、お姉さんがお父さんをどう思っているかを知りたかったからなの」
「どう……って、娘は本当にキミへそんなことを聞いたの?」
確認しようと彼女に視線を向けると……
「ふぁぐ、ふぁぐ」
竹輪の天ぷらを口一杯に頬張ってるらしく、首だけを頷かせて返事をしている。
「それでね、お姉さんとちゃんとお話しようってなって、近くの喫茶店へ入ったの」
「喫茶店?」
「うん。ケーキ奢ってもらったよ!」
「ケーキって、お前……」
舌で口元を舐め回す娘、どうやら味を思い出しているようだ。
「雫ちゃん、三つも食べてましたもんね♪」
「エヘヘヘ……」
娘よ……お前まさか、彼女にたかった訳じゃあるまいな?
「まぁそんな話はさて置いて、私はお姉さんにもう一度聞いたわ。『お父さんをどう思っているか』って」
「
戸惑いながら彼女に視線を向けると、なぜか顔を赤くして目を合わせてくれない。
「ひゅーひゅー」
しかも、口笛を吹いて何かを誤魔化している……のか? まるで吹けてないが……
「で、私は言ったの!」
「言った? 何を?」
悪い予感がしてきた……
「『どう思っているかは、お父さんに直接言おう!』って!」
「はぁ!?」
突拍子しもない発想に、思わず頭を抱えた。
「お、おまえなぁ~」
「お父さん前に言ったでしょ?『自分の思っている気持ちは、キチンと相手に言わないと伝わらない!』って」
言ったの……オレが?
「じゃあ何か? お前は彼女にオレへその“何か”を言わせるために、本人を呼んだということなのか?」
「うん、そういうこと。だから……」
バンッ!!!
オレは怒りに任せに思い切りテーブルを叩いた!!
「いい加減にしろ!!」
「ひっ!」
本気で怒ったせいか、雫は肩をビクつかせて一瞬で涙目になる!
「一体何を考えてるんだ!!」
………場の雰囲気が一気に静まり、聞こえるものはテレビからの知らない芸人の笑い声だけだ。
「いいか? 人が誰かに自分の気持ちを伝えることは、そんな適当なことじゃないんだ!」
「え……だって私は、お父さんのためと思って……」
「オレが何だというんだ! オレがいつ、何をお前に頼んだ!!」
「だ、だって……だっで、
雫は泣いている……でもだからといって、今回のことは簡単に
現に、他人である彼女まで巻き込んでいるのだから!
「キミ!」
「ハ、ハイ!」
彼女に声をかけると、緊張した面持ちで姿勢を正す。
「悪いが、今日は帰ってくれ……」
「え、でも……」
「いいから!」
オレは煩わしくなり声を荒げる!
「まっ、待って! お姉さんは……」
「大人にこれ以上、迷惑をかけるな!!」
「う、ううう……うわあああ~ん!」
とうとう、雫は大泣きする。だが親として、その涙を見ても今回の件は受け流すしかない。
「あ、あの、課長……」
「何? ああ……そうだ、もう遅いから……」
オレは彼女に帰りのタクシー代を渡そうと、持っていた財布から一万円札を取り出した。
彼女の家まではここからワンメーターあるかないかの距離だから充分に足りるはずだ。
釣りは取り敢えずの今日の迷惑料として受け取ってもらうようにして、正式な詫びは年明けにすればいいだろう。
「キミ、すまないが今日はこれで……」
タクシー代を渡そうとした時だった……
「う、うう……
雫のヤツ、まだ何か言ってる……何が弟か妹が出来ただ。まったく、我が子の想像力ながら呆れてものも言えな……え?
今なんて言った?
「ちょ、雫! お前今、何て……」
「『弟か妹が出来たのに』って言ったんですよ。雫ちゃんは……」
「え……え!?」
たぶん、オレの頭は今年一番……いや、人生で一番に混乱しているはず!
「もしかして、キミ……『弟か妹が出来た』と言った?」
恐る恐る確かめると、彼女は複雑な表情で頷く……っと同時に血の気が引いた。
「うわああ~ん! いなくなっちゃうよ~! 私の弟がぁ~!妹がぁ~!」
泣き叫ぶ雫に、優しく寄り添う彼女……
そんな光景を見ても、オレはなかなか状況が飲み込めないでいた。
「課長……いいですか?」
「は、え、ハイ!」
彼女の呼びかけに、オレはそんな気の抜けた返事をする。
「課長、覚えてますか? 三ヶ月前にあった飲み会の帰り……」
三ヶ月前? たしか……我が社が長年関わったプロジェクトが成功したことを社員一同で祝った飲み会のことを言ってるのか?
え~と、たしかあの時は死ぬ程に飲んで……それで彼女に介抱されながらそのままフラフラと……!?
ヤバイ! その先の記憶がないぞ!!
いや、待て! 思い出せオレ!
確かにあの夜は完全に酔い潰れていたが………………ダメだ! どうしても思い出せない!
「あの課長……本当のことを言うと、私、今日あなたの顔を一目見て永遠に姿を消すつもりでした……」
「な、それは……どういう……?」
混乱しながらも、彼女にどうにか尋ねた。
「だってそうでしょ? 私が近くにいたら課長はおろか、雫ちゃんにまで迷惑がかかってしまう……」
彼女の思いつめたあの表情……本気だ! やり方は想像出来んが、少なくとも彼女は本気でオレの前から消える気だ! 間違いなく
「ま、待ってくれ! オレは……」
「大丈夫ですよ課長。本当に二度と現れませんから……では」
そう言って彼女は雫からそっと離れ、自分が入って来た玄関のドアへ向かう。
「ちょ、待ってくれ!」
オレは彼女の手を掴む。しかし……
「同情はやめて下さい!」
彼女は強い口調でそれを拒む! そしてこの時、オレの心は溢れんばかりの罪悪感で一杯になっていた。
「……サヨナラです」
オレの手は軽く振り払われ、彼女は再びドアへ向かう。瞬間、彼女の目には大粒の涙が見えた。
オレは……オレは何てヤツだ! こんなか弱い娘と彼女を泣かして……
「本当にオレは……オレってヤツは……」
不意に仏壇にある妻の写真を見てしまった。
「なぁ、妻よ……どうすればいいと思う?」
最早、自分がどんな行動を取るべきかもわからなくなって……いや!
「待ってくれ!!」
オレはもう一度彼女に駆け寄り、その手を強く握る!
「か、課長? 私は……」
「いいから!」
オレは強引に彼女をリビングへ連れ戻すと、泣いてる娘の横に並ぶ形でコタツに座らせた。
「あの、私は……」
「すまんが、そのまま聞いてくれ。雫、お前もだ」
「う、うん……ひっく」
取るべき行動は決まっている。そう……決まっているんだ最初から。だから……
「色々すまん!!」
何が色々すまないのか知らんが、とにかく二人に土下座して全力で謝った。
「え、え、課長?」
「お、お父さん?」
二人共に頭に「?」が浮かんでいる。
そりゃそうだ。こうして頭下げてるオレでさえ、謝る理由がごちゃごちゃし過ぎて、よくわかってないのだから……
だが、それでも二人にはちゃんと謝ろうと思った。そう……まずは彼女にだ!
「飲み会のことは申し訳なかった!」
「ひ、ひどい……『申し訳ない』って、そんな……」
いかん! 初手を誤ったか? こういう切羽詰まった状況は初めてだから、話の持って行き方がとんとわからん!
「う、ううう……」
「お姉さん、泣かないで。私はお姉さんの味方だから……ね?」
「う、うん。ありがとうね雫ちゃん……」
大人が子供にガチで慰められる光景を見て、少々滑稽にも思えるが、その原因を作ったのはオレなので何も言う権利はない!
座ったままの雫が少し背伸びをして彼女の頭を撫でてると……
「お父さん。お姉さんに……ちゃんと言って!」
「あ、ああ……その、ゴメンなさい」
子に
「お父さん、」
「お、おう……」
ぐっ、雫の目が怖い! まるで亡くなった妻が怒った時と瓜二つだ。
「違うでしょ!」
「へっ?」
何が違うんだ? オレにはわからない?
「な、何が違うんと言うんだ?」
謝り方が違うのか? それとも何か作法的な問題でもあるのか?
必死に脳ミソをフル活動させるが、何も思い浮かばないでいると、とうとう痺れを切らした雫の口から……
「お父さん、本当にわからないの?」
呆れたとも苛立ちとも取れる声でオレに訊いてきた。
「スマン、わからない……オレはどうすればいいんだ?」
本当にわからないから、こう言うしかなかった。
「まったく、これだから男は……」
吐き捨てる様な言い方をする我が娘に、親として些か将来が不安になりそうだ。
「いいわ、教えてあげる! こう言う時はね……」
「フンフン……こう言う時は?」
何度も頷きながら娘の出す答えにすがる父親のオレ。
「『責任とります!』って言うのよ!!」
娘に人差し指を突きつけられて言われるオレ。
「お、おおお前……その言葉の意味をわかって言ってるのか?」
いや、あの顔……わかっては言っているな……うん、絶対に。
「課長!」
今度は彼女からだ。
「お、おう、何だキミまで……?」
「……キミまで?」
「あ、いや、その……」
そうだった、元々は彼女の問題だったんだ……
「責任……とってくれますか?」
「せせせ責任!?」
あれ? さっき、オレの前から消える的なことを言ってなかった?
「どうなんです!!」
「あぐっ!」
あ、いや、たしかに責任は取るべきなんだろうけど……何だろう?
なんか、流されるままに言いくるめられ様としてる雰囲気があるみたいな……?
「課長、どうなんです!!」
「ど、どうとは……?」
もう、本当にどうなんだろうか?
「課長は私をどう思ってるんですか!!」
それこそ、どうなんだろう?
「課長!」
「お父さん!」
雫まで参加して来た!?
「課長!!」
「お父さん!!」
「ううう……わかった……」
『わかった』というより観念したと言う方が正解だ。
「せ、責任は……取る。慰謝料や子供の養育費もちゃんと払う……」
「慰謝料?」
「養育費?」
二人はキョトンと首を捻った。
「そう言う訳でキミとは……」
「あ、あの、課長?」
「不服とあれば、裁判を起こしてくれてもかまわない。全てはオレの不徳が致したことで……」
「ちょ、ちょちょちょっと課長! 何か勘違いしてませんか!?」
「勘違い? オレが……?」
「あ、いやそのぉ~」
どこか奥歯にものがひっかかった表情の彼女。この際言いたいことがあるなら、はっきりと言ってもらった方がありがたいのだが……
そんなことを考えていると、今度は雫から……
「ねぇ、お父さん? 『責任の取り方』ってそんなんじゃないと思うよ?」
「何? でも、大人の責任の取り方といえば、だいたいがこんな感じで……」
「わ、私、そんな責任の取られ方をされるのは嫌です!」
取り乱しながら言ったのは彼女だ。
「そうなのか? まぁキミが言うのなら別の方法で……」
「いや、だから……」
「お父さん!!」
彼女が何かを口にしようとした時、雫が割り込む。
「お父さん! 普通、女の人への責任の取り方って決まってるよね?」
「決まってる? だから今言った通り、彼女には慰謝料と養育費を……」
バンッ!!
「そうじゃないでしよ!!」
思い切り怒ってテーブルを叩く雫。はっきり言って怖い! すごく怖い!!
「もう面倒臭い! お姉さん、あなたの口からキチンと言ってやってよ!!」
「ハ、ハイ! おおお任せ下さい!!」
そう言って彼女は、胸を思い切り叩く。てか、えらくテンパってるが一体何を言うつもりだ?
「か、課長! 私と結婚して下さい!」
「…………え?」
思考がフリーズする。
「え、あ……『結婚して下さい!』と聞こえた気がしたんだが……」
「ハイ! そう言いました!」
再びフリーズ。
「お父さん、何か言うことは?」
「えっ? あ、え~と『よろしくお願いします』……で、いいのかな?」
訳がわからないままにそう答えると、彼女と雫はガッシリと抱き合った!
「やったー!!」
「おめでとうー! お姉さん!!」
ふぅ、その……何だかか知らんが、二人共喜んでくれて何よりだ。
オレはただ、彼女が『結婚して下さい』と言ったから、それに答えただけなのに…………え?
「オレ……今、何を言った……?」
ことの重大性に気づき始めて焦り出すオレ! しかし、そんなオレの焦りを他所に二人は……
「ありがとうー! 雫ちゃん!」
「こちらこそありがとう。お姉さん! 私のお母さんになってくれて!!」
ま、まぁ……何だ……良くは知らないが、二人が喜んでくれたらどうでもいいかな?
ふと仏壇に飾る妻の写真を見ると、その顔がいつもより明るく笑って見えたのはオレの気のせいだろうか?
ゴーン! ゴーン! ゴーン……!
おや? ようやく除夜の鐘かぁ。ああ……来年はどうなるんだろうな?
「「やったー♪ やったー♪」」
手を取り合って小踊りする娘と彼女。そんな二人を見てると……
「来年も色々とありそうだな」
なんて気楽なことを、オレは考えるのであった。
大晦日に大波乱を! なめなめ @sasanosuke
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