葉次とまりか 初対面

 まりかは初めて警視庁の捜査本部を訪れる。会議室の一室が臨時の本部となっていた。

 捜査員は部長、課長、カルトともう一人先輩でIT担当の城下がいた。4人しか、ここにはいない。極秘捜査ということもあり、大々的な捜査本部ではなかった。呪いのアプリは信憑性がない。でも、やはり警察としては何かしら動きを取りたいという所らしい。部長や課長は他部署と兼任なので、実質の調査員は二人だ。


 静まり返る空虚で無機質な部屋に秋沢がいた。


「こんにちは。秋沢葉次です。東王大の学生です」

 手をまりかたちに向けて振る男。物々しい会議室の空気にそぐわない人物というのがまりかの第一印象。かれこそが、天才と噂される秋沢葉次だ。明るい茶髪と揺れる大きな揺れるシルバーリングのピアスが不似合いで場違いだ。果てしなく挨拶は明るく、終始笑顔だった。とても、天才という感じには見えない。見た目はごく普通の明るいお兄さんといったところだ。


「今回、呪いのアプリをヨージ同様に入れられてしまった芳賀瀬まりかさんだ。芳賀瀬志郎という同級生の妹さんだ」

 カルトはまりかを紹介する。


「はじめまして。あなたに会えるのをとっても楽しみにしていました。芳賀瀬まりかと申します。高校生です」

「その制服、東王女子高校の制服じゃん。めっちゃかわいいよね」


 呪われている当事者とは思えない軽いノリの秋沢。


「あなた、本当に呪われているんですか? 悲壮感が全く感じられません」

 まりかは獲物に食いつくようにつめ寄る。


「俺、呪い主特定できちゃってるから、捜査に協力したら呪いから解放される予定なんで」

 目にかかる長めの前髪を払いながら、ヨージのひょうひょうとした軽いノリは相変わらずだ。


「へぇ。もし、呪い主が思っていた人と違ったらどうするんですか? あなたは回避策をわかっているように思えます」

 まりかは重箱の隅をつつくかのように近づく。


「ネットで色々と回避策は調べているよ。譲渡するっていう方法も検討はしているよ。だいたい、君こそ呪われているのに、そんな平然としているなんて、怖くないの?」


「呪いを解くために、私は捜査に協力しています。おかしいと思いませんか。そんなにたくさんの人に呪いのアプリは人々にインストールされるわけじゃない。でも、岡野カルトさんの周囲にだけ、3人もアプリの被害者がいるんです。きっと意図的な仕業だと思います」

「あぁ、結さんでしょ。あとは君と俺だね」

「呪いのアプリの法則は私なりに調べました」


 まりかがプレゼンを始めた。

「呪いを回避する方法は、誰かに譲渡すること。呪い主を当てること、呪い主の記憶を消す、または意識を消すこと。そして、延長もできることが幻人の投稿小説サイトやネットの書き込みに書いてありました。全て本当かを立証することはできませんが、私たちのスマホには呪いの子どもがいます。聞いてみることはできます。まず、延長するには2人以上に呪いをかけること。2人に呪いをかければ、14日の倍、28日生きる権利が生まれます。しかし、リスクが高まります。二人いれば、呪い主を特定される可能性が高まる。3人に呪いをかければ3倍の42日生きる権利が生まれる。4人だと4倍の日にちとなるでしょう」


「芳賀瀬まりかさん、それは警察の方でも調べました。その検証は正しいと思われます」

 真面目な雰囲気のIT担当の先輩刑事の城下が静かに発言する。課長と部長もうなずきながら様子を見守る。


「調べたところ、呪いのアプリの入手方法は、幻人のサイト経由で入手すること。または、夜中の12時14分にアクセスして書き込むこと。誰かに譲ってもらうことです」


 ヨージは細く長い足を組みながら、けだるげに説明を聞いていた。


「私は、誰かが、岡野カルト、真崎壮人、兄の芳賀瀬志郎を苦しめようとしているように思いました。だから周辺の大切な人を呪ったのだと推理します」


「君は想像力が豊かだな。まぁ、カルト兄さんにとって俺は大切な存在だからな。呪われて死んだら、絶対泣いちゃうよな。でもさぁ、カルト兄さんは呪われていない。そんなことってある? 偶然じゃない?」

 ヨージがため息をつきながら突っ込む。


「立花結、秋沢葉次、私、芳賀瀬まりかが死ぬと悲しむ人がいる。だから、呪いをかけたという考えはどうですか? 推測ですが、秋沢さんが死んで悲しむ人というのは岡野カルト、真崎壮人でしょうか。その他に悲しむ身内はいますか?」


「誰が死んでも悲しむ人がいるだろ。例えば、家族とか友人とか恋人かもしれない。ヨージは、真崎壮人と知り合いなのか?」

 カルトがヨージを擁護しつつ、確認する。


「真崎さんのことはソート兄さんと呼んでるよ。たまたま高校受験の時に卒業生のOB訪問で出会ったんだ。それ以来の付き合い。あれ、言ってなかったっけ?」


「真崎壮人とは付き合いは長いが、知らなかったぞ」

 少しふて腐れた様子のカルト。


「俺には慕っている兄さんが二人いる。一人は、カルト兄さん、もう一人はソート兄さん。たしかに二人とも同じ高校と大学だけど、俺は学年が違うからみんなで遊ぶっていう機会もなかったしね。個々に会ってはいたけれど、そんなこといちいち話す必要ないだろ?」


「実は、捜査協力にあたって、秋沢葉次さんのアプリに住まう呪いの子を検証させてもらいました」

 城下が真面目な顔で説明をする。基本見た目も中身も生真面目な男だ。


「先ほど芳賀瀬まりかさんが言った通り、延長ルールは存在しました。呪いの子が嘘を言っていないならば、2人呪えば2倍、3人呪えば3倍に死ぬ時期が伸びるルールは同じです。しかし、それは呪い主にはリスクが高いのです。複数人いれば、誰かしらが当てるかもしれない。そして、彼らが生きる長さが長くなってしまう。だから、それを使う人はごく稀と聞きました」


「呪いの子どもって、意外とかわいげがあるよねぇ。俺はあーいう子どもって好きだよ。純粋無垢だし、嘘をつかないからね」

 秋沢葉次の発言に部長と課長は眉をしかめる。不謹慎にも程があるし、場の空気を全く読んでいない。というより、煽っているのだろうかとも思えた。


「創造主はネットで名乗っている幻人だということも、呪いの子どもは認めていました」

 城下が報告する。


 まりかの言葉が少しばかり引っかかる。今呪われている3人が死んだら悲しむ人。その中で呪われていない人は誰だろう? 真崎壮人? でも、友人の域だ。恋人とか家族のほうが悲しみは深いだろう。


 誰かが意図的に殺すならば、徹底的に苦しませたいと願うのが普通だろう。芳賀瀬ならば妹が死ねば、きっと悲しむだろう。芳賀瀬に恨みがあるのだろうか? でも、ヨージと芳賀瀬は接点はない。この3人を呪って悲しむ人、それを見て喜ぶ人がいたとしたら、計画的なインストールに違いない。


 威海壮人という名前はまりかのスマホにも入っていた。岡野カルトを苦しめるため? 婚約者の恋人と友人の妹が死んだら悲しむだろう。でも、まりかと知り合ったのは最近だ。解けない難問を目の前にカルトは思案する。


「呪いの子どもと複雑な話をするとき、契約の時以外は基本はAI自動応答機能が使われていると思います。でも、時々アプリを作ったであろう創造主、つまり呪いの子どもの中の人が直接話しているのではないかと思うんです」


 まりかは真剣に話し始めた。周囲の警察関係者もうなずく。検証したところ、そういった点を感じていたようだった。


「それは面白い考えだね。でも、普通の人間じゃあ仕事とか学校があって忙しい。こんなにアプリで呪われた人がいたら、相手にするのは厳しいと思うよ」


「だから、限られた時と限られた人とは直接話せるようにしているように思えるのです。盗聴機能もついていますよね。呪いの子どもは基本消えない。つまり、スマホを持っている人の話を聞くことが可能です。ある意味盗聴器を拡散しているようなもの」

 まりかは眉毛を釣り上げてヨージに向かって話しかける。


「かわいい顔が台無しだよ。そんな怒った顔をするなんて」

 ヨージは軽くあしらう。


「私は、真犯人を突き止めます。警察の方はもちろんですが、秋沢さんも協力してください。自首させたいと思っています」


 重々しい空気の中、ヨージは開口する。

「たしかに、俺たちは被害者だ。現に君たちは呪われている。だから、呪った相手を絶対に捕まえるぞ」


「捕まえます」

 まりかの一言に、本部の大人たちも賛同する。心がひとつになったかのような感じがする。


 一通りの打ち合わせを終え、二人のスマホを警察に預けることにした。


「秋沢さん、あなたは好きな人はいないんですか?」

「かわいい女の子のことは好きだけどね」

 茶目っ気たっぷりにヨージは返す。でも、ヨージが女性に惚れたとか恋愛をしている様子を見たことはなかった。


「あなたが死んだら悲しむ人はいないんですか?」

 まりかは重ねて質問する。


「悲しむ人なんていないよ」

 軽い口調と笑顔でヨージは答える。


「俺が悲しむ。だから、ヨージには絶対死んでほしくない」

 カルトがヨージを睨みつける。更に、語調を強める。


「そんなこと言うな。おまえの家族も悲しむだろ、悲しむ人がいないなんていうな。ヨージには、お母さんがいたよな?」

 さびしそうな顔をするカルト。


「存在はしているけど、今はほとんど疎遠だよ。学費は払ってくれているけれど、留年したら払わないって言われてるから。卒業は一応するつもりだよ」


「あなたが死んだら、お母さんは悲しまないんですか?」

 まりかは険しい顔だ。


「親だから、子どもが死んだら悲しむってのは思い込みだよ。悲しまない親もいるんだ」


 笑顔で語るヨージは多分、愛に飢えている、もしくは愛を知らないのかもしれない。父親の話を聞いたことはない。


「失礼ですが、お父さんはいないのでしょうか?」

 まりかは、ずかずか心の内に入り込む。


「いない」

 ただ一言、諦めた顔で、ヨージは答える。これ以上彼の心の内に踏み込むのはダメなような気がする。それは、結界のように入ってはいけないような何かを直感で感じたというのが本音かもしれない。

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