廃病院の呪いの子ども
「そういえば、廃病院に高校時代に遊びに行ったことがあったよな。あの時、呪いの子どもによく似た血まみれの人形が落ちていた。はらわたは引き裂かれ、無残な状態だったけれど、あの時、既に呪いの子どもの構想はあったのかもしれない。構想していた者が俺たちよりも前に、あの廃病院に行ったのだろうか?」
「あぁ、懐かしいな。あの時、そういえば呪いの子どもに似た人形はあったような気がする。廃墟に行くこと自体が初めてで、高揚感が抑えられなかった記憶でほとんど覚えていぬというのが本当の所だがな。怖い人形なんてほとんど同じみたいなものだから、偶然似ていただけかもしれないがな」
芳賀瀬は思い出す。しかし、だいぶ前の記憶で脳裏に浮かぶのは、恐怖感と高揚感という曖昧な感情ばかりだった。
「あの時、撮影したデータのコピー、芳賀瀬にも渡したはずだ。どこかにないか?」
「お兄ちゃんのデータボックスは大量にあるんだけど、基本的にあの押入れを探せばあると思うよ」
まりかは率先して探してくれる。
芳賀瀬の神経質な性格が幸いして、探すのは容易だった。というのも年代別に箱を作っており、基本的にデータはそこに入れていたからだ。
「これだな」
データの入ったカードが出てきた。廃病院と書いて、カルトがコピーしていたので、カルトと芳賀瀬は見たことがあるものだった。
3人で注意深く見る。素人が撮っているので手元はブレており、音声も悪い。しかも、だいぶ前のものなので、画質も悪い。しかし、呪いの子どものような人形のシーンが映る。
「この人形、狙ってるのか? マジで不気味を醸し出そうとしてるだろ」
カルトの面白おかしく実況する様子が映る。かなり声が若い。まだ高校生という感じがする。
注意深く観察するまりかは、初めてこの映像を見た。
「この人形、やっぱり呪いの子どもだね」
まりかは怖がることなく確信する。
「見た目が似てるだけだろ」
芳賀瀬は似てるだけだと言う。
「洋服を見てよ。デザインが全く同じって普通あるわけじゃない。赤いTシャツに半ズボン。そして、よく見て。Tシャツのワンポイントが同じだよ」
注意してみると、ワンポイントがある。薄暗いが、スマホにいる子どものTシャツの右胸に不思議なマークがついていた。無限をあらわすマークだ。限界を持たないとかそういう意味がある。意図的につけている可能性は高い。
「このキャラクターはオリジナルだよね? 何かのアニメの真似じゃないよね?」
まりかは真剣に問い詰める。
「警察で調べた情報では既存のキャラクターを模写したものではないと言われている」
カルトは凝視する。
「多分、あなたたちの知り合いがあえてここに置いたんじゃない? 事前に知り合いの中であなたたちが廃病院に来ることを知っている人物はいなかった?」
「俺たち4人の誰かが知人に廃墟に行くことを伝えた可能性はあると思うんだ。意図的じゃなくても、なにかの流れで話をしたとか。絶対に話していないという確証はない。正直だいぶ前だし……わからないな」
「そもそも、廃病院に行くきっかけは?」
まりかはメモを取り出し、聞き取り調査を始める。まるで刑事だ。
「たしか、真崎壮人が行こうって言い出したような気がする。夏休みに高校最後の想い出を作りたいとかそういった話だったよな」
カルトが古い記憶をたどる。あの頃はよかったなぁと一瞬だが、しみじみ感傷に浸る。
「そういえば、壮人が受験生にも関わらず、提案してきたのは意外だったがな。あいつは元々合格確実だったし、単純にアオハルを求めているのはあいつらしくなかったがな」
芳賀瀬も顎を触りながら記憶をひねり出す。
「高校時代の写真を見せてくれませんか?」
まりかはアルバムを探す。芳賀瀬は整頓上手ゆえ、見つけやすい。
「真崎壮人と立花結さん。二人はどんな感じでしたか?」
「たしか、幼稚園からの腐れ縁だとかで、知り合いだったから、結をオカルト研究会に誘ったと思う」
カルトは知っている情報を提供する。
「二人は親密な感じはあったのですか?」
まりかは女性ならではの視点で写真を分析する。
「おいおい、立花結はカルトの彼女だ。壮人と結はあまりしゃべっている印象はないがな」
芳賀瀬が突っ込む。
「この映像はお兄ちゃんとカルトさんの声しかないじゃない? 二人はどこなのですか?」
「あの時、チョキとグーで二人組を決めたんだ。たまたま芳賀瀬と俺が一緒にまわることになったんだよ」
「4人一緒じゃなかったんだ。その提案は誰がしたの?」
「たしか……真崎壮人だよ」
珍しく率先して提案していた壮人を思い出す。いつも、あまり自己主張をしない性格だったからだ。
「真崎壮人は誰と仲が良かったか覚えてる?」
「学校では俺たち以外とはあまりしゃべっていなかったな。学校外ではわからないけど」
「今、真崎と仲がいい人物を調べてちょうだい。きっと何かがわかると思える」
まりかが指示を出す。
「たしかに、大学に入ってから、あいつは別な人間になったかのように俺たちとは関わらなくなったな。結も別な大学に入ったし、接点は薄くなった」
カルトは壮人について改めて思い返す。
「なんであいつはあんなに変わってしまったのかな?」
カルトはずっと心の内に秘めていた思いを声に出した。
「真崎はどういう意味で変わったのですか?」
まりかは顔をカルトに近づけて聞いてきた。意外と至近距離だ。
「壮人は、首席で東王大に入学したんだけど、その後、ほとんど大学に来なくなったんだ。だから、留年してる。見た目も高校の頃とは別人のようにおしゃれというか、妙に派手になったんだ」
「今の真崎の写真はありますか?」
「SNSに本人の写真があるかもしれないな」
検索すると、それらしき画像が出てきた。よく行くダーツバーでお酒について書き込んでいた。フォロワーは女性が多く、見たこともない大学以外の友達が多いようだった。金髪の髪はほどよく長めで、ピアスが光る。金色の髪の毛はカラー剤を色々使ったせいなのか若干傷んでいた。まるで心の中が痛んでいるかのように、彼の傷み具合を髪の毛は表していた。
高校の時の写真を見せる。まりかは、じっと見つめ真崎壮人の変貌ぶりにコメントする。
「たしかに見た目は変わっていますね。真崎に彼女とか親しい人はいないのでしょうか?」
「彼女はできても続かないという話は聞いた事がある。親しい人か。今はもう縁が切れたに近い状態だ。少し調べてみるか……。そういえば、不思議な感じがしたのを思い出した。あのとき、俺たちが後に廃病院に入ったにも関わらず、結と壮人は後から出てきた。そんなに広い病院じゃないし、通り道もたくさんあったわけじゃない。先に入った二人が先に出てこなかったのは違和感があった」
「それは俺も同感だな。どこに二人がいたのか全然気づかなかったのだ」
芳賀瀬もうなずく。
「そうですか。きっと真崎は立花結を好きだったのかもしれませんね」
「はぁ? 何言ってんだよ。俺と付き合っていたんだぞ」
カルトは半ばキレる。周囲が遠慮して言わないような個人的事情をこの娘はずばずば当ててくるのが、悔しくもあった。
「どうせ岡野さんから結さんに告白したんでしょ? しかも何回も告白した末に付き合ったとかじゃないですか?」
「おまえ、占い師か? その通りだよ。結はモテたし、奥手な女子だったから、俺がかなりアプローチしたからこそ交際が成立したんだ」
堂々と言う台詞じゃないとカルトは自分の発言を少々後悔する。
「高校時代の写真を時系列で見ればわかります。結さんは初期、多分、付き合う前は、岡野さんを全く意識していない。徐々に好き好きと言われて、好きなのかもしれないと思い始めたってところでしょ」
「高校生が大人をからかうな」
ムキになるカルト。
「実際、交際歴が長くても、そんなにまめに会っていたわけでもなさそうですよね。カルトさんの性格だと、釣った魚に餌はやらないという印象です」
ずばりなことを言われて、何も言い返せないカルト。
「結さんは、構ってもらわないと寂しくなってしまうタイプ。孤独に弱そうですよね。今、一人にしていたらまずいと思いますよ」
「俺は、結を信じているし、俺たちには絆がある!!」
「精神論は結構です。人には相性があります。ほどよい距離がいいと感じられる二人ならば、あなたみたいな男性がちょうどいいかと思いますがね。真崎は、カルトさんと違って正統派のイケメンですよね」
「それ、本人の前で言うか?」
「ずばり、はっきり言いますと、あなたと付き合う前に、結さんは真崎壮人が好きだったのだと思います。そして、真崎は相当結さんのことが好きだったのではないかと推測します」
「おいおい、俺は間近で見ていたが、そんな素振りは感じなかったぞ」
芳賀瀬も同意する。
「お兄ちゃんと岡野さんが鈍感なだけです」
何も言えない、芳賀瀬とカルト。たしかに、二人は恋愛に疎いし、女性の心をわかっているほうじゃない。故に、女性受けはいいほうではない。
「もしかして、廃病院で二人は誰にも見えない場所で愛しあっていた可能性も否定できません」
「おい、そんなはずはないだろ」
カルトは全力否定する。
「愛し合うと言っても、結さんが怖がりならば、吊り橋効果を狙って真崎が仕組んだのかもしれませんね。奥手な真崎に二人きりになる方法を誰かが提案したとしたら? あの人形を提案者が置いていたとしたら? 多分それは呪いのアプリの創造主でしょうね」
「まりか、すごい推理力だな。まぁ俺と結の愛の深さを知らないお前の話は想像の域だ。わりと上手な作り話だけどな」
「岡野さんは馬鹿ですか?」
まりかの口調はキツイ。女子高生に馬鹿と正面切って言われることはそうそうない。
「とにかく、真崎壮人を調べるべきです。この中で一番きっと岡野カルトさんに恨みがあって、今は疎遠。そして、随分と変化してしまった人物はとても怪しいです。真崎の身辺に怪しい人物がいないか、バーで聞き込みしたほうがいいかもしれませんよ。創造主が呪いの子どもを通して、聞いている可能性もありますね。アプリは多分、盗聴器の役割があります。今後重要な話はスマホがない場所で行いましょう」
まりかは呪いの子どもを睨みつけた。もちろん、呪いの子どもの表情が変わるわけではないが、その日、呪いの子どもから話しかけてくることはなかった。
カルトはたしかに、盗聴器の役割があるということに確信はなかった。基本はAI機能で会話しているけれど、契約の時や重要な場面ではだれか人間が話しているのではないかという気はしていた。
そのことをいち早く気づき、的確に指示ができるまりかは高校生ながら卓越した能力を持っていると尊敬すると同時に、生意気なガキだという気持ちも湧き上がる。というのも、写真の様子だけで、結とカルトの長年の関係を否定していたからだ。たしかに、最初はカルトが結に言い寄った。しかし、恋人としてカルトを愛してくれていると信じていた。ずっと付き合っていたが、結が壮人を好きだという素振りを見たことはなかった。
「結との気持ちの推測は間違いだ。ぜってーに違うからな。それ以外の所は参考にしよう、明日聞き込みする」
そういいながらも、カルトはSNSに載っていたバーを探すつもりだった。夜に行かなければ客はいない。多分この辺りだという目星をつける。
「バーのことは私と兄が調べます。今晩、岡野さんは兄の部屋で寝てください。だいぶ疲れていますよ。お風呂も沸いています。泊っていってください。どうせこれから聞き込みしようとか考えているの見え見えです。過労で倒れたら元も子もありませんよ」
厳しいまりかのまなざしと疲労感を隠しきれなくなっていたカルト。今晩はとりあえず眠って明日に備えることにした。丸2日以上寝ていなかったカルトは風呂に入る前に布団に倒れ込むと爆睡していた。
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