第5話 受け継がれる意志 ③
伊藤が靴の手入れをしていると、部屋のノックがした。
「麻美先輩、ちょっといいですか」
「こら。ここは職場。その名前で呼ぶなっての」
「失礼しました。伊藤二曹」
浅見が舌を出して敬礼する。伊藤は悪ガキを叱る目で敬礼に応じる。
「実は問題が」
「またあいつら? ゴミが臭いのは片づけたでしょ」
伊藤が、溜め息をつく。避難者の大半は常識ある人たちだが、一部のやつらは権利ばかり主張してうんざりする。こんな世界になっても、施しを受けるのが当たり前と考える奴ら。できることとできないことの区別ができない、言ってみれば厄介者だった。
「えーと、メシがまずいことに」
「ふざけんな! 私らはもっとまずいメシを食ってるわ! ほっとけ!」
「そのメシですが、そろそろなくなるんです」
「それで? もっとまずくなるわけ」
伊藤はげんなりとする。食事というものはかなり大切なものだと、つくづく実感する。一時的には活動に必要な栄養が取れることでいいのだが、味がしない、ただ生きるために食べるというのは、なかなかきつい。食の楽しみが失われたことは、士気の低下、ひいては生きる意志にも直結するものだった。
「いや、まずいメシすらなくなります」
伊藤の思考が一瞬停止した。
「え、マジ? それってまずいんじゃないの」
「ええ、だからメシがまずいって言っているんです」
「最初にちゃんと言いなさい! 紛らわしいのよ!」
「話しを聞かないのはどっちですか」
浅見が冷たい目で見る。くっ。紛らわしい説明をしたくせに、さも正論っぽく言ってくる。
「それで、あとどれだけ保つの?」
「あと一か月ほどかと」
「はあ? あと一年半はもつ計算だったんじゃなかった?」
「それは、倉庫の中の食糧を当てにしてしていたんですよ」
「……ってことは、倉庫の中に食糧はなかったわけ? 後方支援隊が確認した時にあったって言ってたんじゃなかった?」
そう。倉庫を開けるためにゴミが邪魔になっていたことも、ゴミ捨て大作戦を後押しすることになったのだった。
「あるにはあったんですけどね。食糧は手前にあっただけでした」
伊藤は今度こそ頭を抱える。まじかよ。こんな大事なものはちゃんと確認してくれよ。
「俺も見ましたよ。何箱か積みあがっていて、手前が食糧だったんで、あとは箱の数を数えたんですけど。まさか手前にしかないなんて考えてもいませんでした」
「それで、後ろの箱は何だったの」
「……弾薬でした」
「弾薬って、食べれない、よね」
「当たり前です」
「ああああ!」
やり場のない憤りに悶絶したくなる。よりによって弾薬って。今一番いらないものでしょ。せめてカラスに喰らわせてやれたら足しになるのに。
「浅見ぃ。何とかしてぇ」
「さっき、ここは職場って言ったのは誰だっけ」
「うるさい」
「あ、横暴」
素で返す浅見の反応は、正直ありがたい。重い気分がいくらか軽くなる。
「はあ。いよいよアレしかないよね」
「この状況なら、仕方ないっしょ」
はあ。またあいつらに説明しないといけないのか。いっそ投げ出せたなら、どれだけ楽になるだろう。
その時、緊迫した無線が鳴った。
「外に人が! カラスに襲われています」
伊藤と浅見は瞬時に気持ちを切り替え、司令室に向かった。
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