第5話 受け継がれる意志 ②
カラスに空を奪われてから一年半。自衛隊にとって苦難の連続となった。
自衛隊にカラス掃討作戦への参加が命ぜられたことにより、隊員たちはカラスの矢面に立たされることとなった。カラスを「外敵」と見做した、拡大解釈もいい防衛出動命令に、疑問を感じる隊員も少なくなかったが、どれだけ凶暴でも、所詮はカラス。数か月のうちに収まるだろうと、誰しもが思っていた。
しかし、カラスの執拗な襲撃は、徐々に隊員たちを疲弊させていった。カラスは、駆除、掃討にあたった自衛隊員や猟友会員を優先ターゲットとし、迷彩柄の服やオレンジ色のジャケットを着た者には、執拗な攻撃を加えてきた。さらに、カラスの記憶力は恐るべきものであり、私服を着た隊員であっても攻撃の手を緩めなかった。
そこにとどめを刺したのが、殺人ウイルス「クロウ」だった。
クロウの発生とともに、カラスの駆除にあたった現場は凄惨なものとなった。カラスの死骸から発生するウイルスは、原因不明の死の呪いとして隊員たちに恐慌をきたした。
さらに、傷ついた者は次々と倒れ、二日も経たないうちに息を引き取ることとなる。
見えない脅威に打つ手を失う中、一人の隊員が命を賭して原因を突き止めたことで、ようやく殉職者の増加に歯止めがかかった。
ウイルスは二種類。カラスの死骸から発生するクロウ-アルファと、傷口から感染するクロウ-ベータ。アルファは空気中に漂い、吸い込んだ者を即座に呼吸困難に陥らせる致死性の極めて高いもの。ベータは、傷口から感染し、約十二時間の潜伏期間の後、高熱をもたらし、二十四時間以内に高い確率で死をもたらすものだった。
この感染経路が特定されたことで、ようやく対策を打つことが出来るようになった。
しかしその間、失った犠牲は大きかった。知能の高いカラスたちは、指揮官を的確に見極めて優先的に攻撃し、幹部たちは外に出た瞬間に餌食となっていた。また、実戦部隊の多くは現場で駆除にあたっていたことにより、クロウ-アルファの被害を最も受けることとなった。
それによって、多くの基地、駐屯地は壊滅状態となり、後方支援業務の多い駐屯地が、辛うじてその被害を免れていた。
佐伯駐屯地では、他の基地、駐屯地の例に漏れず、司令をはじめ幹部が早期にやられたが、在駐部隊のめざましい活躍もあり、被害は比較的軽微に済んでいた。
在駐していた部隊は、施設隊、後方支援隊、通信隊など、主に後方支援業務にあたるもので、実動部隊ではなかったが、災害時にはその能力が最大限に生かされた。中でも駐屯地の中で最大規模の施設隊は、工兵としての能力を遺憾なく発揮し、早期に安全な通路等を構築したことで、隊員の消耗を最小限に食い止めることができていた。むしろ、限定的な戦闘能力しか持たない部隊であったことが、結果的には戦闘によるウイルス拡散を防ぐこととなった。クロウの脅威を考えると、攻めるよりも守る能力が命を守ることに繋がった。
また、少ないながらも後方支援隊がいたことで、食糧や住環境の整備ができたことも大きい。
一方、その整った環境のため、駐屯地周辺から避難者が集まることとなり、そこをカラスに襲撃されるという悲劇も起こった。
隊員たちは、文字通り必死の避難誘導にあたったが、カラスを殺傷せずに襲われる人を守る術はなく、体を張って傷つき倒れた者も少なくなかった。隊員たちにはカラスを殺せる力はあったものの、殺したカラスからクロウ-アルファが発生することだけは絶対に避けなければならなかった。比較的被害の少ない手段を選んだ結果は、自分たちが盾となること。傷を負うだけなら即死は免れる。傷を負った者がカラスの攻撃を一手に引き受けることで、多くの命を救うことができるという、捨て身の手段だった。
そんな中、生き残った隊員の中で最上位だった原田三等陸尉が、緊急の措置として駐屯地司令となった。原田は、断固として隊員の殉職を許さず、盾になることを禁じた。隊員ひとりが生きることで、助けられる人が増える。それが理由だったが、それでも目の前で避難者が襲われていく様を指を咥えて見ているしかない悔しさは、忘れることはできないものだった。
結果、駐屯地には二千人の避難者が集まったが、避難者たちの反応は様々なものとなった。体を張った自衛隊員に感謝するものもいれば、家族を救えなかったことに罵声を浴びせる者。心ない声に、隊員たちの心も疲弊していった。
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