呪いの名はヤンデレ
青い夕焼け
男は想う
一面に広がる草原。
森を抜けてからあまり変わり映えのしない景色。
ちらと見る限りでは危なそうなモンスターの姿も見えず、吹き抜ける風がただ穏やかに地の草を揺らす。
ほんの気持ち程度に整えられた道を行くのは背中に剣を背負う男。
胸に付けたプレートや身体のあちこちに取り付けた防具が歩く度にカチャカチャと音を立てる。
隣にはやや不愛想に顔を顰めた女が風にはためくローブを鬱陶しそうに抑えながら歩いていた。
「そろそろ街が見えてくる頃だな」
「……」
男の呟きに女は何も答えない。
藍色の髪を風に揺らし、顔を顰めたまま黙々と歩き続ける。
「なんだよ、黙っちまって。そんなに疲れるほど歩いたか?」
「別に。疲れてなんかないわ。強いて言えば……」
「言えば?」
「一晩くらいぐっすり眠りたいってことくらいかしら。思いきり足を伸ばして、二日三日何もしないでただただ眠っていたい、それだけ」
「それ疲れてるって言わね? そんな表情も変えずにお前……」
「ぶつくさ言っても目の前に高級宿屋がでないことくらいわかってるから言わないだけよ」
素っ気ない態度。
だが初めて会った頃に比べればいくらか、ほんの砂粒一つほどは話すようになった方か。
「言いたいことあるなら普通に言ってくれよ? 後で爆発されるの怖えーし……。無表情じゃ何言いたいのかわからん」
言ったものの、この女が本気で怒っているところなどまだ見た事がない。
不機嫌そうにしているところはしょっちゅう見るものの、何かの琴線に振れてしまったことはない。
その分、知らぬ間に溜め込んでいた不満が爆発する瞬間はそれは恐ろしいことになるのではないか。
うっすらと想像してみる。
頬を膨らませ、じっとりとした目でこちらを睨めつけてくる姿……。
あまりしっくりとこない。
胸ぐらを掴まれて、ぐっと顔を近づけて凄まれるとか?
どんな怒り方もあり得そうだが、そのどれもが違うような気もする。
小さく鼻を鳴らし、つまらなそうにしているこいつの姿を見ていると今後そんな場面に遭うのが想像できない。
「まぁここのところ空振り続きだし、次はでっけぇ街だといいなぁ」
「……」
「なんだよ」
「……いいえ」
「なんかあるなら言えってさっき言ったろ」
「……空振り続きというか、進展があったことがまずないでしょ。この前いた所は何の情報も得られなかったし」
「……うるせぇな」
実際に口にされると少しイラッと来る。
言えと言ったのは自分だが。
「この調子で、本当に見つかるのかしらね」
言葉少なく、いかにも皮肉げに言う女に男は食ってかかろうとしたが、その苛立ちをグッと堪え噛み殺した。
ここで言い争いになっても何もならない。
下手に突っかかっても疲れるだけ、そう。
疲れるだけ……。
「ろくに聞き込みもせず、果物ばっかり口に詰め込んでる女は言うことが違うなぁ。食い過ぎて自分にまで甘くなっちまって……」
「ーーっ!!」
女の表情がぴくりと動いた。
表情はまだつんとしているが顔が少し赤い。
不愛想なこいつも、さすがに少し恥ずかしいらしい。
「おやおや、そんなに顔を真っ赤にして。風邪か? 調子悪いならもう少しゆっくり歩こーー痛っ、脛を蹴ってくるのはやめろよっ」
しかし脛の部分には硬い防具をつけている。
「ーーっ」
蹴った方も痛かったらしく、少し涙目になってこちらを睨んできていた。
果たして今彼女が怒っているのはからかった事に対してか、それとも足に仕込んだ硬い防具への恨みか。
そんなくだらないことを考えながら、じんじんと痛む脛をさすっているうちに藍色の髪の女ーーリザは男を置いてすたすたと先に行ってしまう。
「いてて、なんと暴力的な……」
男ーーフェイがリザと行動を共にするようになって約半年がたっただろうか。
この世に復活を遂げた魔王を倒すべき勇者として、とある国に使命を託された。
「……はぁ」
国、街、村をいくつも訪れ、魔王に関しての情報を集める旅……なのだが、復活した魔王に関する情報は未だ一つもない。
この半年にやったことと言えば街道に出没する小規模の盗賊達を壊滅させたくらい。
「やってることは一応勇者っぽいけど、なんだかなぁ……」
物語の勇者とはもっと輝かしい存在だった気がする。
「こうも何も起きてないと勇者としてのやりがいがないなぁ」
とは言ったものの勇者として何をすれば良いのかなんて、まだいまいちわかっていない。
魔王を倒す。
勇者としてやることははっきりしているようで、魔王についての情報がなければただの旅人と同じだ。
「勇者……勇者ねぇ」
こんな調子で本当にいいのやら。
思わず口から愚痴ばかり溢れる。
「せめて何か情報があれば……」
手がかりもなく、いつ終わると知れない旅は勇者としての使命を果たす決意をじんわりと揺らがせる。
「あーダメダメ。どこの物語に魔王に会えなくて萎える勇者がいるんだよ」
良くない考えを頭を振って吹き飛ばす。
ふと前を見る。
フェイのことなど知らないとずんずん一人で進んでしまうリザの背中が見えた。
「はぁ」
共に旅をして半年。
未だどうにも上手く打ち解けられずにいる彼女の背を見つめながら、フェイは一層深いため息を吐き出して。
ノロノロとその跡を追った。
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