第20話そういうところ

「みどり」


「ちょっと。私はもうあなたの嫁でも彼女でもなんでもないのよ。気安く名前で呼ばないでくれる」


「あ、ごめん。山崎さんでいいかな」


「ええ」


 孝介と約一年前に離婚した山崎みどり。北北堂の取引先である岩島企画で六年前に出会った。付き合う仲になるまで時間はかからなかった。そして五年前に結婚、出産。女の子が一人。名前は知美。五歳になる。


「知美は。一人みたいだけど」


「離婚の時の条件を忘れた訳じゃないわよね。あなたに会わせるわけないでしょ」


「ああ。だから知美はどこに誰に預けてきたかを聞いてるんだよ」


「そんなことあなたにいちいち報告する義務はないでしょ」


 ウエイトレスが孝介にオーダーを聞きに来る。みどりはすでにコーヒーを飲んでいる。


「あ、すいません。僕『も』おんなじコーヒーをお願いします」


「かしこまりました」


 そう言って氷の入ったお冷やのグラスをテーブルに置いてその場から離れるウエイトレスの女性。


「『おんなじ』ってなによ。気持ち悪い」


「連絡してきたのは『小言』をぶつけるためじゃないだろ。結論を先に言えよ」


「『小言』って何よ。そういうところは全然変わってないし。そういうところが最悪だったし。今更そういうところって変えようと思っても変えられないわよね」


「ああ。そうだね」


 すぐにコーヒーが運んでこられる。


「あ、すいません」


「ごゆっくりどうぞ」


 そう言って新しい伝票をテーブルの上の伝票ホルダーに差し込みその場を離れるウエイトレス。


「で。今日の要件はなんだい」


「お金のこと」


「お金のことって。協議離婚でお互いが合意した養育費は毎月きっちりと遅れることなく払ってるだろ」


「そうね。そこは認めるわ。ネットで見たけど払わないでバックレるバカ男がこの世には溢れかえってるそうね」


「そうなの?」


「さあ。ネットの情報だから。本当のところは分からないけど」


「それでお金って言われても意味が分からないよ。払うべきものはちゃんと払ってるだろ。それともなんだ。もっと払えってことか」


「そう」


「そうって。一年前にしっかりと話し合って決めた金額だろ。それを覆すのは『脅迫』と言われてもおかしくないと思うよ」


「そうね。だからこれは『お願い』。あくまでも」


「お願いって…」


「私だってやれることはやってるわよ。でも五歳の子供を育てながらシングルマザーってのは経済的にも肉体的にも想像以上にキツイのよ」


「だからって。それを承知の上で知美の親権を譲らなかったのはみど、山崎さんじゃないのかい」


「そんなの言われなくても分かってるわよ」


 そして二人の間に沈黙が流れる。


(『コマンド』


 『話す』


 →『気☆ガァ―ル』ちゃん)


「どしたどした?孝介が黙ってろって言ってたから黙って見てたけど」


(『気☆ガァ―ル』ちゃんさあ…。今、俺の前に座ってる女がいるでしょ)


「おるなあ。美しいおなごじゃなあ。孝介はモテモテじゃなあ」


(いや…さ、俺の『気☆ガァ―ルアイ』にはこの人の色は『透明』なのね。これって…、俺に『無関心』の『透明』なのかな。それとも『気☆ガァ―ルアイ』って『本当に自分が気になる相手の色は見えない』の『透明』なのかな。それって分かるものなの?)


「孝介…。それは自分が一番よく分かってることじゃないのかねえ」


(…だよね…)


 みどりと孝介は六年前から暫くとても幸せな時間を二人で過ごした。お互いの宝である知美も授かった。浮気だとかDVだとか明確な理由があったわけではない。それでも二人は離婚という選択をした。『気☆ガァ―ルアイ』で目の前に座る元妻。『無関心』を意味する『透明』しか『色』は見えない。そして孝介自身もハッキリと自覚している。『俺はみどりを今でも愛しているかと聞かれれば否定するだろう』。孝介は分かっていながらとても寂しい気持ちになった。

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