第32話
ちょっと女の子には衝撃的な光景をバックにして、アーベルさんが現れる。
戦場にあって、その微笑みは天使やあるいは救世主を思い起こさせた。
「アーベルさん、どうして?」
勇者アーベルは、試験での責任を取って無期限の謹慎を言い渡されている。
軟禁状態にある私室から本来1歩も出てはいけないはずなのに。
「聖女様がピンチの時に、勇者がのんびり読書してるわけにはいきません」
「でも、許可は……」
私が言いかけると、アーベルさんは微笑みだけで黙らせる。
でも、私は心配だ。
これがバレれば、アーベルさんはまた咎めを受けることになるかもしれない。
「僕は使い魔の契約主として、勇者という立場として過ちを犯した。それを正してくれたのは君だ。そして勇者という重圧から僕を解放してくれたのは君だ、ミレニア」
そしてアーベルさんは前を向く。
「僕もあなたのようになりたい。国が決めた
「アーベルさん……」
勇者の顔に迷いはなくなっていた。
最初に出会った時の胡乱げな雰囲気はなく、2度目に出会った時の後ろめたさも感じない。私が前世で出会った勇者のような使命感という重圧に焦っているようにも見えなかった。
私の前に立っていたのは、勇者として完成したアーベル・フェ・ブラージュだ。
良かった。私は1つ息を吐く。
私室の中にいたアーベルさんは、まだどこかで迷いが見えた。
表情こそ穏やかだけど、やはり総帥の任務をゼクレア師団長に任せていることに対して負い目を感じているように思えた。
でも、アーベルさんは多分自分の1人の力で克服したのだ。
ふっと私の力も抜けたが、それはほんの一瞬のことだった。
バラバラに飛び散った
まるで血や肉を飲み干すみたいに元の場所に戻っていくと、一瞬にして巨竜は回復してしまった。
「そんな……」
「なるほど。不死というのは本当だったようだね」
アーベルさんはまた風の魔術を放つ。
鋼すら弾き返しそうな
だが、これでは焼き増しだ。
「ならば、もう1度……」
『やめろ、この世界の勇者!』
ピシャリとアーベルさんを制止したのは、ムルンだった。
真っ白な翼の神鳥を見た時、アーベルさんは息を呑む。
「これは神鳥……。もしかして、これがミレニアの使い魔かい?」
「えへへへ……」
「すごい。本当に神鳥と獣魔契約を果たすなんて。さすが、聖女様」
勇者として完全復活したアーベルさんは感心する。
『挨拶は後だ、勇者。周りをよく見ろ』
ムルンが指差したのは、
どうやら
飛び散るだけで、周囲の草木を枯らす。
倒れている人の肌を焼いた。
『あれは存在自体が
『神鳥の言う通りだ』
口を開けて、慌てふためく私たちを嘲笑った。
『もはや人間が我を打倒することなど不可能!!』
私はアーベルさんとともに、ムルンの背に乗って回避した。
「ならば、これでどうだ!」
アーベルさんは魔術で風の壁を作る。
向かってきた炎の勢いを防ぐのではなく、無理矢理ねじ曲げた。
さすが、勇者!
いくら再生するといっても、炎で消し炭になればいくらなんでも再生は……。
『ぐふふふ……』
暗い笑い声が聞こえてくる。
消し炭となり、塵となった
5秒と立たずに、また同じ形に戻る。
『やはりダメか……』
ムルンは項垂れながら上空を滑空する。
「ムルン、言ってた弱点は? アーベルさんとなら」
『勇者の力は認めるよ。
そんな……。
勇者の力を以てしても足りないなんて。
私は自然と両手を組む。
震え始めた私の手に、手を重ねたのは同じくムルンの背に乗ったアーベルさんだった。
「大丈夫ですよ、聖女様」
『はっ! この後に及んでまだ何か手があるのか、今世の勇者よ』
「甘いよ、厄災を振りまく者よ。……僕がただ闇雲に魔術を放っていたとでも」
『ふん。ここに来て強がりか?』
「僕は攻撃していたわけじゃない。時間稼ぎをしていただけだ」
今だよ。アラン……。
アーベルさんは風の魔術を空に放つ。
黒煙は払われ、さらに月を覆っていた雲すら払いのけられる。
ポッカリと穴が空いたように夜空が現れ、月光が差し込んだ。
「いや、違うわ。あれは――――」
魔術の光だ。
それも超強大な。
「――――引く手に矢となって顕現せよ。其は逢魔が刻に横臥する者。我はその目覚めを邪魔する者を、破邪する使い手なり。救世を請い、目の前の呪いを討ち払え!!」
【
第二師団師団長アランさんの激しい呪唱の声が、空に光った。
光の一射が放たれると、白く濁った衝撃波を吐き出しながら、巨竜を穿つ。
『アガガガガガガガガガガガガガ!!』
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