第三章

第17話

第3章です。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


 お父様、お母様、お元気でしょうか?

 あなたの大事なミレニアは、いつも元気です。


 先日お伝えした通り、魔術師師団に飛び級で入団することになりました。

 なので、昨日お手紙でいただいた通り、学費の振り込みは必要ありません。


 さて入団して2日目。

 特にまだ軍人らしいことはしていません。

 毎日、ヴェルとルースと一緒に講堂で魔術師師団の規律や法律の勉強。あるいは敬礼や行進の時の動きの確認などを教わっています。


 本来、魔術学校で覚えることらしいのですが、私たちは学校に行ってないので。補講? ……みたいなものなのかしら。


 今のところ、3人だけで勉強していますが、明日同じく入団する新人団員と初顔合わせの予定です。しかも魔術師師団の官舎近くにある厩舎に行って、自分にあった使い魔と契約もできるとか。可愛い使い魔だったらいいなあ。楽しみです。


 温かくなってきましたが、お身体には気を付けて。

 あまりグシアス兄さんの好き勝手にさせたらダメだよ。


 あなたたちの愛娘より



 追記  お給金が出たら何かプレゼントを贈るね。



 ◆◇◆◇◆



「うわ~」


 私は思わず声を上げた。

 泊まってる官舎から歩いて10分ほど。

 ルースとヴェルと一緒に、大きな厩舎が並ぶ場所へと私はやってきた。


 魔術師師団の団員には、新人・ベテラン問わず、使い魔が与えられる。

 使い魔は戦力として、また魔術師自身の身を守る盾として期待されるが、一番の役割は伝令を伝えるためである。


 使い魔といわれる生物のほとんどが、精霊と言われている存在だ。

 彼らは私たちの世界とは別の世界に住んでいる。そのため、私たちの世界における時間的な制約を受けないと考えられている。


 つまり、こちらの世界での精霊同士の物理的な距離や時間はほぼゼロに等しく、精霊を通しての同時刻遠距離での通話が可能になるのだ。

 これは私の前世でも同じシステムだ。

 私にも愛する使い魔がいて、よく助けてもらった。


「厩舎にいる使い魔ならば、どれを選んでもいい。だが、使い魔は非常に気位が高い。自分を使役する器ではないと判断すれば、容赦なくお前たちを打ち据えるから、契約する時は覚悟を持って挑むように。軽々に契約しようと思うな」


 偉そうに言ったのは、ゼクレア教――――じゃなかった、ゼクレア師団長だ。

 初めて会った時、教官だったからつい癖で呼んでしまいそうになる。

 今さらだけど、まさか初めて出会った教官が、自分の師団長になるとは思わなかった。


 私としては、アラン師団長の方が良かったわ。

 あっちの方が優しく丁寧に教えてくれそうだし。


「ミレニア、師団長じょうしがわざわざ説明してやってるのに、よそ見するとは良い度胸だな」


 ゴゴゴゴ……、と空気を震わせながら、ゼクレア師団長は私の背後に立つ。


 し、しまったぁ。


「し、失礼しました。教官――――じゃなかった、ゼクレア師団長」


 私は慌てて敬礼する。

 ゼクレア師団長は少しだけ怒りのゲージを下げたが、私の前から立ち去ることはない。

 口から湯気を吐きながら、ブラウンの三白眼で私を睨んでいる。

 師団長が蛇なら、もう私は蛙に徹するしかなかった。


「ふん。どうせ他の師団長の方が良かったなんて思ってたんだろう」


 何故、バレたの。この人、人の心でも読める魔術を保有しているのだろうか。

 何それ? 今すぐ私に教えて欲しいんだけど。


「そ、そんなことはありません。ゼクレア師団長で本当に良かったなと思って、げほんげほん!」


 ダメだ! 喋り慣れていない言葉を言ったら咳が……。


「全くお前はもういい。とっとと自分にふさわしい使い魔を見つけてこい」


 ゼクレア師団長は背中を押す。

 相変わらず女性の扱いがなってない。そう言えば、ゼクレア師団長って恋人とか彼女とかいるのかしら。顔はまあいいし、スタイルも悪くない。性格は難ありだけど。


 でも、真面目な性格だから、意外と家庭とかに入ると、家事とか育児とか手伝ってくれるタイプっぽそう。

 やばい。ほ乳瓶持ってるゼクレア師団長を想像したら、意外と様になってるんだけど。


 私はしばらく厩舎を歩いて回る。

 時々、使い魔とふれあいながら、楽しんでいると急に歓声が聞こえた。


『おおおおおおおおお!!』


 騒いでる野次馬の向こうで炎が立ち上るのが見えた。

 気になって近寄ってみると、ヴェルが立っている。

 さらに炎を纏った鳥が、ヴェルのか弱い腕を宿り木のようにして止まっていた。


「ヴェル! ちょっと! 大丈夫? 熱くないの?」


 炎の鳥に腕を貸したヴェルは何食わぬ顔で、私の方を見た。


「熱いわけないでしょ。この子はあたしの契約精霊なんだから」


「え? もう契約したの?」


 私が驚く横で、ヴェルは嬉しそうに笑いながら、炎の鳥とじゃれ合っていた。

 ちょ、ちょっと羨ましいかも。


「ヘブンズバードだ。精霊の中でもかなり上位に位置する精霊だぞ」

「まさか、同じ年代の中にいるなんて」

「あの子……。飛び級組だってよ」

「くそ! あいつらと才能が違うのかよ」


 ヴェルとヘブンズバードがじゃれついているのを見て、周囲はざわついていた。

 私も精霊と契約したことがあるから知っているけど、精霊との契約に才能は関係ない。

 言葉で説明するのは難しいのだけど、一目見た時の感じの良さが重要だったりする。

 私の時代では、精霊を見て一目惚れするのが一番相性のいい精霊の探し方だ、なんて言ってた。


 それにヘブンズバードは上位の精霊だけど、使役する精霊の強さはそのまま格の強さと比例するかと思ったら、大間違いだ。


 持ち主が如何に精霊の力を引き出すか。

 さらにお互いの信頼関係なんかも関わってくる。

 精霊との結び付きが強ければ強いほど、精霊は強くなれるのだ。


 でも、さすがヴェルねぇ。

 まさかヘブンズバードを引き当てるなんて。

 火の魔術とも相性バッチしだし。ここからもっと強くなるかもね。


「ヘブンズバードか……。さすがヴェルだね」


 優しげな声が聞こえる。

 私の横から現れたのは、ルースだった。


「ルースは使い魔を決め――――」


 たの? と聞こうとした時、私の目に角を生やした馬が映る。

 真っ白な見事な毛並みに、堂々とした貫禄ある鬣。

 綺麗なユニコーンだった。


「る、ルース、それ……」


「ああ。これ? ユニコーンだよ。かわいいでしょ」


 ルースはユニコーンの鼻を撫でてやる。

 すっかり懐いているらしく、大きな目を細めると、さらに尻尾を振った。

 すごい。もうすでに信頼関係ができてる。

 ユニコーンって、とても気位が高いって聞くのに。


 その分契約できた時のメリットも大きいけど、すでに深い部分で繋がってる感じだ。

 それはヴェルとヘブンズバードにも言えるだろう。


(それにしても、ルースとユニコーンのツーショットは絵になるわねぇ)


 そのまま絵画展にでも出したら入賞しそう。

 王子様とユニコーン……なんてね。


「ミレニアは使い魔を決めたの?」


「それが、まだピンと来る子がいなくて……。あはははは」


「違うでしょ、ミレニア。あんたさっきあっちで、キラーボアに近づいたらめちゃめちゃ怖がられてたじゃない」


「ええええ!? あの厳つい顔をしたキラーボアに!!」


 私の方にやって来たヴェルがからかうと、ルースはちょっと大げさに驚いていた。


 うう……。ヴェルに見られていたのか。恥ずかしい。


 キラーボアって有名な英雄譚に出てくるぐらい名の通った猪の精霊なのだけど、ともかく怖くて厳つい顔をしている。子どもを近づけるだけで、ギャン泣きするほどの目力を持っていて、人気もない。

 私は好きなんだけどなあ。ちゃんと信頼関係を結ぶと、笑った顔とか結構かわいいし、お腹が柔らかくて枕代わりにはちょうどいいのよね。

 でも、ここにいるのはキラーボアの子どもだったらしく、私が近づくと一目散に逃げてしまった。


 それはキラーボアだけじゃなく、ここにいる厩舎のほとんどの使い魔がそんな感じだったのだ。精霊は非常に頭がいい。多分、本能的に私が上位の存在と気付いている可能性がある。


 神様とも繋がっていたりするし、私のことを恐れ多いとか思ってそう。。


「大方、あんたの出鱈目さに本能的に気付いているのかもね」


 ヴェルの指摘は、割と当たっているから反論ができない。


「落ち着いて、ミレニア。厩舎はまだあるんだ。ゆっくり落ち着いて、回ればいいと思うよ」


「ありがとう、ルース。私の味方はあなただけだわ」


 ふと顔を上げると、人が集まってきていた。

 多分ヘブンズバード、ユニコーンと契約したヴェルとルースが珍しいのだろう。

 称賛の声もあったけど、遠巻きに窺う瞳にはどこか羨むような感情を感じた。


 一旦私は離れた方が良さそうね。


「私、もう1回厩舎を回ってくるわ。また後でね」


「あ。ミレニア」


「放っておきなさいよ、ルース。どうせミレニアのことなんだから、あたしたちの斜め上を行くような使い魔を連れてくるわよ」


「ふふ……」


「何よ。気持ち悪いわね」


「ヴェルはミレニアを信頼してるんだね」


「べ、別に!! み、ミレニアはあたしより成績が良かったのよ。ヘブンズバードより凄い使い魔を連れてきて当然って言ってるの」


「ふふ……。そういうことにしておくよ」


 またルースは微笑むのだった。


 ◆◇◆◇◆


 2人がそんなやりとりをしているとは知らず、私は厩舎を見回る。

 どうやら半分ぐらいの団員が決め兼ねているようだ。

 まだ焦る必要はないみたいだけど、2人を見てると早くしなきゃって思ってしまう。


 ただ1つ気がかりがある。


 10年前、私はムルンと獣魔契約することを約束している。

 獣魔契約は使い魔契約の古い言い方で、根本は変わらない。

 別に使い魔は何匹いたところで変わらないけど、ムルンみたいな神鳥は最初の1匹にこだわったりするのかもしれない。


 臍を曲げることはないけど、最初に契約したのはムルンなのだから、できれば報いてやりたい気持ちは私の中にはある。

 でも、如何せん本人がどこにいるのかわからないのよね。

 1度神界に帰るって言ったきり、戻ってきた気配もないし。

 たまに声に出して呼んだりしたけど、結局現れなかった。


「全く……。どこで道草を食ってるのかしら。早くしないと浮気するわよ」


 不平不満を口にしながら厩舎を歩いていると、檻の前で蹲るようにして座っている女性団員を見かけた。

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